彼らは言ふのみにて行はぬなり。また重き荷を括りて人の肩にのせ、己は指にて之を動かさんともせず。凡てその所作は人に見られん為にするなり、即ちその経札を幅ひろくし、衣の総を大きくし、饗宴の上席、会堂の上座、市場にての敬礼、また人にラビと呼ばるることを好む。されど汝らはラビの称を受くな。また、導師の称を受くな。
禍害なるかな、偽善なる学者、なんぢらは人の前に天国を閉して、自ら入らず、入らんとする人の入るをも許さぬなり。盲目なる手引よ、汝らは蚋を漉し出して駱駝を呑むなり。禍害なるかな、偽善なる学者、外は人に正しく見ゆれども、内は偽善と不法とにて満つるなり。禍害なるかな、偽善なる学者、汝らは預言者の墓をたて、義人の碑を飾りて言ふ、「我らもし先祖の時にありしならば、預言者の血を流すことに与せざりしものを」と。かく汝らは預言者を殺しし者の子たるを自ら証す。なんぢら己が先祖の桝目を充せ。蛇よ、蝮の裔よ、なんぢら争でゲヘナの刑罰を避け得んや。
L君、わるいけれども、今月は、君にむかってものを言うようになりそうだ。君は、いま、学者なんだってね。ずいぶん勉強したんだろう。大学時代は、あまり「でき」なかったようだが、やはり、「努力」が、ものを言ったんだろうね。ところで、私は、こないだ君のエッセイみたいなものを、偶然の機会に拝見し、その勿体ぶりに、甚だおどろくと共に、君は外国文学者(この言葉も頗る奇妙なもので、外国人のライターかとも聞えるね)のくせに、バイブルというものを、まるでいい加減に読んでいるらしいのに、本当に、ひやりとした。古来、紅毛人の文学者で、バイブルに苦しめられなかったひとは、一人でもあったろうか。バイブルを主軸として回転している数万の星ではなかったのか。
しかし、それは私の所謂あまい感じ方で、君たちは、それに気づいていながらも、君たちの自己破産をおそれて、それに目をつぶっているのかも知れない。学者の本質。それは、私にも幽かにわかるところもあるような気がする。君たちの、所謂「神」は、「美貌」である。真白な手袋である。
自分は、かつて聖書の研究の必要から、ギリシャ語を習いかけ、その異様なよろこびと、麻痺剤をもちいて得たような不自然な自負心を感じて、決して私の怠惰からではなく、その習得を抛棄した覚えがある。あの不健康な、と言っていいくらいの奇妙に空転したプライドの中に君たちが平気でいつも住んでいるものとしたら、それは或いは、あのイエスに、「汝らは白く塗りたる墓に似たり、外は美しく見ゆれども、云々」と言われても仕方がないのではないかと思われる。
勉強がわるくないのだ。勉強の自負がわるいのだ。
私は、君たちの所謂「勉強」の精華の翻訳を読ませてもらうことによって、実に非常なたのしみを得た。そのことに就いては、いつも私は君たちにアリガトウの気持を抱き続けて来たつもりである。しかし、君たちのこの頃のエッセイほど、みじめな貧しいものはないとも思っている。
君たちは、(覚えておくがよい)ただの語学の教師なのだ。家庭円満、妻子と共に、おしるこ万才を叫んで、ボオドレエルの紹介文をしたためる滅茶もさることながら、また、原文で読まなければ味がわからぬと言って自身の名訳を誇って売るという矛盾も、さることながら、どだい、君たちには「詩」が、まるでわかっていないようだ。
イエスから逃げ、詩から逃げ、ただの語学の教師と言われるのも口惜しく、ジャアナリズムの注文に応じて、何やら「ラビ」を装っている様子だが、君たちが、世の中に多少でも信頼を得ている最後の一つのものは何か。知りつつ、それを我が身の「地位」の保全のために、それとなく利用しているのならば、みっともないぞ。
教養? それにも自信がないだろう。どだい、どれがおいしくて、どれがまずいのか、香気も、臭気も、区別が出来やしないんだから。ひとがいいと言う外国の「文豪」或いは「天才」を、百年もたってから、ただ、いいというだけなんだから。
優雅? それにも、自信がないだろう。いじらしいくらいに、それに憧れていながら、君たちに出来るのは、赤瓦の屋根の文化生活くらいのものだろう。
語学には、もちろん自信無し。
しかし、君たちは何やら「啓蒙家」みたいな口調で、すまして民衆に説いている。
洋行。
案外、そんなところに、君たちと民衆とのだまし合いが成立しているのではないか。まさか、と言うこと勿れ。民衆は奇態に、その洋行というものに、おびえるくらい関心を持つ。
田舎者の上京ということに就いて考えて見よう。二十年前に、上野の何とか博覧会を見て、広小路の牛のすき焼きを食べたと言うだけでも、田舎に帰れば、その身に相当の箔がついているものである。民衆は、これに一目をおくのだから、こたえられまい。況んや、東京で三年、苦学して法律をおさめた(しかし、それは、通信講義録でも、おさめることが出来るようだが)そのような経歴を持ったとあれば、村の顔役の一人に、いやでも押されるのである。田舎者の出世の早道は、上京にある。しかも、その田舎者は、いい加減なところで必ず帰郷するのである。そこが秘訣だ。その家族と喧嘩をして、追われるように田舎から出て来て、博覧会も、二重橋も、四十七士の墓も見たことがない(或いは見る気も起らぬ)そのような上京者は、私たちの味方だが、いったい日本の所謂「洋行者」の中で、日本から逃げて行く気で船に乗った者は、幾人あったろうか。
外国へ行くのは、おっくうだが、こらえて三年おれば、大学の教授になり、母をよろこばすことが出来るのだと、周囲には祝福せられ、鹿島立ちとか言うものをなさるのが、君たち洋行者の大半ではなかろうか。それが日本の洋行者の伝統なのであるから、碌な学者の出ないのも無理はないネ。