← Library‹ 黒死館殺人事件 第二篇 ファウストの呪文 一、Undinus sich winden(水精よ蜿くれ)

久我鎮子くがしずこが提示ていじした六ろく齣こまの黙示もくし図ずは、凄惨せいさん冷酷れいこくな内容ないようを蔵ぞうしながらも、外観がいかんはきわめて古拙こせつな線せんで、しごく飄逸ユーモラスな形かたちに描かかれていた。が、確たしかにこの事件じけんにおいて、それがあらゆる要素ようその根柢こんていをなすものに相違そういなかった。おそらくこの時機じきに剔抉てきけつを誤あやまったなら、この厚あつい壁かべは、数千すうせん度どの訊問じんもん検討けんとうの後あとにも現あらわれるであろう。そして、その場ばで進行しんこうを阻はばんでしまうことは明あきらかだった。それなので、鎮子ちんしが驚おどろくべき解釈かいしゃくをくわえているうちにも、法水のりみずは顎あごを胸むねにつけ、眠ねむったような形かたちで黙考もっこうを凝こらしていたが、おそらく内心ないしんの苦吟くぎんは、彼かれの経験けいけんを超絶ちょうぜつしたものだったろうとおもわれた。事実じじつまったく犯人はんにんのいない殺人さつじん事件じけん――埃及艀エジプトぶねと屍様図しようずを相関そうかんさせたところの図ず読よみ法ほうは、とうてい否定ひていし得えべくもなかったのである。ところが意外いがいなことに、やがて正視せいしに復ふくした彼かれの顔かおには、みるみる生気せいきが漲みなぎりゆき酷烈こくれつな表情ひょうじょうが泛うかび上のぼった。

「判わかりましたが……しかし久我こがのさん、この図ずの原理げんりには、けっしてそんなスウェーデンボルグ神学しんがく(「黙示もくし録ろく解釈かいしゃく」および「アルカナ・コイレスチア」において、スウェーデンボルグは出で埃及えじぷと記きおよびヨハネ黙示もくし録ろくの字義じぎ解釈かいしゃくに、牽強けんきょう附会ふかいもはなはだしい数かず読よみ法ほうを用もちいて、その二ふたつの経典きょうてんが、後世こうせいにおける歴史れきし的てき大だい事変じへんの数々かずかずを預言よげんせるものとなせり。)はないのですよ。狂くるったようなところが、むしろ整然せいぜんたる論理ろんり形式けいしきなんです。また、あらゆる現象げんしょうに通つうずるという空間くうかん構造こうぞうの幾何きか学がく理論りろんが、やはりこの中なかでも、絶対ぜったい不変ふへんの単位たんいとなっているのです。ですから、この図ずを宇宙うちゅう自然しぜん界かいの法則ほうそくと対称たいしょうすることが出来できるとすれば、当然とうぜん、そこに抽象ちゅうしょうされるものがなけりゃならん訳わけでしょう」と法水のりみずが、突如とつじょ前人ぜんじん未踏みとうとでも云いいたいところの、超ちょう経験けいけん的てきな推理すいり領域りょういきに踏ふみ込こんでしまったのには、さすがの検事けんじも唖然あぜんとなってしまった。数学すうがく的てき論理ろんりはあらゆる法則ほうそくの指導しどう原理げんりであると云いうけれども、かの「僧正殺人事件ビショップ・マーダーケース」においてさえ、リーマン・クリストフェルのテンソルは、単たんなる犯罪はんざい概念がいねんを表あらわすものにすぎなかったではないか。それだのに法水のりみずは、それを犯罪はんざい分析ぶんせきの実際じっさいに応用おうようして、空漠くうばくたる思惟しい抽象ちゅうしょうの世界せかいに踏ふみ入いって行いこうとする……。

「ああ私わたくしは……」と鎮子ちんしは露むき出だして嘲わらった。「それで、ロレンツ収縮しゅうしゅくの講義こうぎを聴きいて直線ちょくせんを歪ゆがめて書かいたと云いう、莫迦ばかな理学りがく生せいの話はなしを憶おもい出だしましたわ。それでは、ミンコフスキーの四よん次元じげん世界せかいに第四容積フォースディメンション(立りっ体積たいせきの中なかで、霊れい質しつのみが滲透しんとう的てきに存在そんざいし得えるという空隙くうげき。)を加くわえたものを、一ひとつ解析かいせき的てきに表あらわして頂いただきましょうか」

その嗤わらいを法水のりみずは眦めじりで弾ひき、まず鎮子ちんしを嗜たしなめてから、「ところで、宇宙うちゅう構造こうぞう推論すいろん史しの中なかで一番いちばん華はなやかな頁ページと云いえば、さしずめあの仮説決闘セオリー・デュエル――空間くうかん曲率きょくりつに関かんして、アインシュタインとド・ジッターとの間あいだに交かわされた論争ろんそうでしょうかな。その時ときジッターは、空間くうかん固有こゆうの幾何きか学がく的てき性質せいしつによると主張しゅちょうしたのでしたが、同時どうじに、アインシュタインの反はん太陽たいよう説せつも反駁はんばくしているのです。ところが久我こがのさん、その二ふたつを対比たいひしてみると、そこへ、黙示もくし図ずの本流ほんりゅうが現あらわれてくるのですよ」とさながら狂くるったのではないかと思おもわれるような言葉ことばを吐はきながら、次図じずを描えがいて説明せつめいを始はじめた。

「では、最初さいしょ反はん太陽たいよう説せつの方ほうから云いうと、アインシュタインは、太陽たいようから出でた光線こうせんが球形きゅうけい宇宙うちゅうの縁へりを廻まわって、再ふたたび旧もとの点てんに帰かえって来くると云いうのです。そして、そのために、最初さいしょ宇宙うちゅうの極限きょくげんに達たっした時とき、そこで第だい一いちの像ぞうを作つくり、それから、数百すうひゃく万まん年ねんの旅たびを続つづけて球たまの外そと圏けんを廻まわってから、今度こんどは背後はいごに当あたる対向たいこう点てんまで来くると、そこで第だい二にの像ぞうを作つくると云いうのです。しかしその時ときには、すでに太陽たいようは死滅しめつしていて一いち個この暗黒あんこく星せいにすぎないでしょう。つまり、その映像えいぞうと対称たいしょうする実体じったいが、天体てんたいとしての生存せいぞんの世界せかいにはないのです。どうでしょう久我こがのさん、実体じったいは死滅しめつしているにもかかわらず過去かこの映像えいぞうが現あらわれる――その因果いんが関係かんけいが、ちょうどこの場合ばあい算哲さんてつ博士はかせと六ろく人にんの死者ししゃとの関係かんけいに相似そうじしてやしませんか。なるほど、一方いっぽうはÅ(一いち耗の一千いっせん万まん分ぶんの一いち)であり、片方かたほうは百万兆哩トリリオン・マイルでしょうが、しかしその対照たいしょうも、世界せかい空間くうかんにおいては、たかが一いち微小びしょう線分せんぶんの問題もんだいにすぎないのです。それからジッターは、その説せつをこう訂正ていせいしているのですよ。遠とおくなるほど、螺旋らせん状じょう星雲せいうんのスペクトル線せんが赤あかの方ほうへ移動いどうして行いくので、それにつれて、光線こうせんの振動しんどう週しゅう期きが遅おそくなると推断すいだんしています。それがために、宇宙うちゅうの極限きょくげんに達たっする頃ころには光速こうそくが零ゼロとなり、そこで進行しんこうがピタリと止とまってしまうというのですよ。ですから、宇宙うちゅうの縁へりに映うつる像ぞうはただ一ひとつで、恐おそらく実体じったいとは異ことならないはずです。そこで僕ぼく等とうは、その二ふたつの理論りろんの中なかから、黙示もくし図ずの原理げんりを択えらばなければならなくなりました」

「ああ、まるで狂人きちがいになるような話はなしじゃないか」熊城くましろはボリボリふけを落おとしながら呟つぶやいた。「サア、そろそろ、天国てんごくの蓮台れんだいから降おりてもらおうか」

法水ほうすいは熊くま城じょうの好こう謔にたまらなく苦笑くしょうしたが、続つづいて結論けつろんを云いった。

「勿論もちろん太陽たいようの心霊しんれい学がくから離はなれて、ジッターの説せつを人体じんたい生理せいりの上うえに移うつしてみるのです。すると、宇宙うちゅうの半径はんけいを横切よこぎって長年ながねん月つきを経過けいかしていても、実体じったいと映像えいぞうが異ことならない――その理法りほうが、人間にんげん生理せいりのうちで何事なにごとを意味いみしているでしょうか。たとえば、ここに病理びょうり的てきな潜在せんざい物ぶつがあって、それが、発生はっせいから生命せいめいの終焉しゅうえんに至いたるまで、生育せいいくもしなければ減衰げんすいもせず、常つねに不変ふへんな形かたちを保たもっているものと云いえば……」

「と云いうと」

「それが特異とくい体質たいしつなんです」と法水ほうすいは昂然こうぜんと云いい放はなった。「恐おそらくその中なかには、心筋しんきん質しつ肥大ひだいのようなものや、あるいは、硬こう脳膜のうまく矢状しじょう縫合ほうごう癒合ゆごうがないとも限かぎりません。けれども、それが対称たいしょう的てきに抽象ちゅうしょう出来できるというのは、つまり人体じんたい生理せいりの中なかにも、自然しぜん界かいの法則ほうそくが循環じゅんかんしているからなんです。現げんに体質液ハーネマン学派がくはは、生理せいり現象げんしょうを熱力ねつりょく学がくの範囲はんいに導入どうにゅうしようとしています。ですから、無機むき物ぶつにすぎない算哲さんてつ博士はかせに不思議ふしぎな力ちからを与あたえたり、人形にんぎょうに遠感的テレパシックな性能せいのうを想像そうぞうさせるようなものは、つまるところ、犯人はんにんの狡猾こうかつな擾乱策じょうらんさくにすぎんのですよ。たぶんこの図ずの死者ししゃの船ふねなどにも、時間じかんの進行しんこうという以外いがいの意味いみはないでしょう」

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