表には何も出さない。気付かれないように手をゆるめて行く。監督がどんなに思いッ切り怒鳴り散らしても、タタキつけて歩いても、口答えもせず「おとなしく」している。それを一日置きに繰りかえす。(初めは、おっかなびっくり、おっかなびっくりでしていたが)――そういうようにして、「サボ」を続けた。水葬のことがあってから、モットその足並が揃ってきた
仕事の高は眼の前で減って行った。
中年過ぎた漁夫は、働かされると、一番それが身にこたえるのに、「サボ」にはイヤな顔を見せた。然し内心(!)心配していたことが起らずに、不思議でならなかったが、かえって「サボ」が効いてゆくのを見ると、若い漁夫達の云うように、動きかけてきた。
困ったのは、川崎の船頭だった。彼等は川崎のことでは全責任があり、監督と平漁夫の間に居り、「漁獲高」のことでは、すぐに監督に当って来られた。それで何よりつらかった。結局三分の一だけ「仕方なしに」漁夫の味方をして、後の三分の二は監督の小さい「出店」――その小さい「○」だった。
「それア疲れるさ。工場のようにキチン、キチンと仕事がきまってるわけには行かないんだ。相手は生き物だ。蟹が人間様に都合よく、時間々々に出てきてはくれないしな。仕方がないんだ」――そっくり監督の蓄音機だった。
こんなことがあった。――糞壺で、寝る前に、何かの話が思いがけなく色々の方へ移って行った。その時ひょいと、船頭が威張ったことを云ってしまった。それは別に威張ったことではないが、「平」漁夫にはムッときた。相手の平漁夫が、そして、少し酔っていた。
「何んだって?」いきなり怒鳴った。「手前え、何んだ。あまり威張ったことを云わねえ方がええんだで。漁に出たとき、俺達四、五人でお前えを海の中さタタキ落す位朝飯前だんだ。――それッ切りだべよ。カムサツカだど。お前えがどうやって死んだって、誰が分るッて!」
そうは云ったものはいない。それをガラガラな大声でどなり立ててしまった。誰も何も云わない。今まで話していた外のことも、そこでプッつり切れてしまった。
然し、こういうようなことは、調子よく跳ね上った空元気だけの言葉ではなかった。それは今まで「屈従」しか知らなかった漁夫を、全く思いがけずに背から、とてつもない力で突きのめした。突きのめされて、漁夫は初め戸惑いしたようにウロウロした。それが知られずにいた自分の力だ、ということを知らずに。
――そんなことが「俺達に」出来るんだろうか? 然し成る程出来るんだ。
そう分ると、今度は不思議な魅力になって、反抗的な気持が皆の心に喰い込んで行った。今まで、残酷極まる労働で搾り抜かれていた事が、かえってその為にはこの上ない良い地盤だった。――こうなれば、監督も糞もあったものでない! 皆愉快がった。一旦この気持をつかむと、不意に、懐中電燈を差しつけられたように、自分達の蛆虫そのままの生活がアリアリと見えてきた。
「威張んな、この野郎」この言葉が皆の間で流行り出した。何かすると「威張んな、この野郎」と云った。別なことにでも、すぐそれを使った。――威張る野郎は、然し漁夫には一人もいなかった。
それと似たことが一度、二度となくある。その度毎に漁夫達は「分って」行った。そして、それが重なってゆくうちに、そんな事で漁夫達の中から何時でも表の方へ押し出されてくる、きまった三、四人が出来てきた。それは誰かが決めたのでなく、本当は又、きまったのでもなかった。ただ、何か起ったり又しなければならなくなったりすると、その三、四人の意見が皆のと一致したし、それで皆もその通り動くようになった。――学生上りが二人程、吃りの漁夫、「威張んな」の漁夫などがそれだった。
学生が鉛筆をなめ、なめ、一晩中腹這いになって、紙に何か書いていた。――それは学生の「発案」だった。
発案(責任者の図)
A B C
二人の学生 ┐ ┌雑夫の方一人 国別にして、各々そのうちの餓鬼大将を一人ずつ
│ │川崎船の方二人 各川崎船に二人ずつ
吃りの漁夫 │ │水夫の方一人┐
│ │ │ 水、火夫の諸君
「威張んな」┘ └火夫の方一人┘
A――――→B――――→C→┌全部の┐
←―――― ←―――― ←└諸君 ┘
学生はどんなもんだいと云った。どんな事がAから起ろうが、Cから起ろうが、電気より早く、ぬかりなく「全体の問題」にすることが出来る、と威張った。それが、そして一通り決められた。――実際は、それはそう容易くは行われなかったが。
「殺されたくないものは来れ!」 ――その学生上りの得意の宣伝語だった。毛利元就の弓矢を折る話や、内務省かのポスターで見たことのある「綱引き」の例をもってきた。「俺達四、五人いれば、船頭の一人位海の中へタタキ落すなんか朝飯前だ。元気を出すんだ」
「一人と一人じゃ駄目だ。危い。だが、あっちは船長から何からを皆んな入れて十人にならない。ところがこっちは四百人に近い。四百人が一緒になれば、もうこっちのものだ。十人に四百人! 相撲になるなら、やってみろ、だ」そして最後に「殺されたくないものは来れ!」だった。――どんな「ボンクラ」でも「飲んだくれ」でも、自分達が半殺しにされるような生活をさせられていることは分っていたし、(現に、眼の前で殺されてしまった仲間のいることも分っている)それに、苦しまぎれにやったチョコチョコした「サボ」が案外効き目があったので学生上りや吃りのいうことも、よく聞き入れられた。