← Library‹ 蠅 九

馬うまは馬車ばしゃの車体しゃたいに結むすばれた。農婦のうふは真先まっさきに車体しゃたいの中なかへ乗のり込こむと街まちの方ほうを見み続つづけた。

「乗のっとくれやア。」と猫背ねこぜはいった。

五ご人にんの乗客じょうきゃくは、傾かたむく踏ふみ段だんに気きをつけて農婦のうふの傍かたわらへ乗のり始はじめた。

猫背ねこぜの馭者ぎょしゃは、饅頭まんじゅう屋やの簀すの子この上うえで、綿めんのように脹ふくらんでいる饅頭まんじゅうを腹掛はらがけの中なかへ押おし込こむと馭者ぎょしゃ台だいの上うえにその背せを曲まげた。喇叭らっぱが鳴なった。鞭むちが鳴なった。

眼めの大おおきなかの一いち疋ひきの蠅はえは馬うまの腰こしの余肉あまじしの匂においの中なかから飛とび立たった。そうして、車体しゃたいの屋根やねの上うえにとまり直なおると、今いまさきに、漸ようやく蜘蛛くもの網あみからその生命いのちをとり戻もどした身体からだを休やすめて、馬車ばしゃと一緒いっしょに揺ゆれていった。

馬車ばしゃは炎天えんてんの下したを走はしり通とおした。そうして並木なみきをぬけ、長ながく続つづいた小豆畑あずきばたけの横よこを通とおり、亜麻畑あまばたけと桑畑くわばたけの間あいだを揺ゆれつつ森もりの中なかへ割わり込こむと、緑色みどりいろの森もりは、漸ようやく溜たまった馬うまの額がくの汗あせに映うつって逆さかさまに揺ゆらめいた。

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