← Library‹ 葉桜と魔笛

桜さくらが散ちって、このように葉桜はざくらのころになれば、私わたくしは、きっと思おもい出だします。――と、その老夫ろうふ人にんは物語ものがたる。――いまから三十さんじゅう五ご年ねんまえ、父ちちはその頃ころまだ存命ぞんめい中ちゅうでございまして、私わたくしの一家いっか、と言いいましても、母はははその七なな年ねんまえ私わたくしが十じゅう三さんのときに、もう他界たかいなされて、あとは、父ちちと、私わたくしと妹いもうとと三さん人にんきりの家庭かていでございましたが、父ちちは、私わたくし十じゅう八はち、妹いもうと十じゅう六ろくのときに島根しまね県けんの日本にっぽん海かいに沿そった人口じんこう二に万まん余あまりの或あるお城下じょうかまちに、中ちゅう学校がっこう長ちょうとして赴任ふにんして来きて、恰好かっこうの借家しゃくやもなかったので、町まちはずれの、もうすぐ山やまに近ちかいところに一ひとつ離はなれてぽつんと建たって在あるお寺てらの、離はなれ座敷ざしき、二に部屋へや拝借はいしゃくして、そこに、ずっと、六ろく年ねん目めに松江まつえの中ちゅう学校がっこうに転任てんにんになるまで、住すんでいました。私わたくしが結婚けっこん致いたしましたのは、松江まつえに来きてからのことで、二十にじゅう四よんの秋あきでございますから、当時とうじとしてはずいぶん遅おそい結婚けっこんでございました。早はやくから母ははに死しなれ、父ちちは頑固がんこ一徹いってつの学者がくしゃ気質きしつで、世俗せぞくのことには、とんと、うとく、私わたくしがいなくなれば、一家いっかの切きりまわしが、まるで駄目だめになることが、わかっていましたので、私わたくしも、それまでにいくらも話はなしがあったのでございますが、家いえを捨すててまで、よそへお嫁よめに行いく気きが起おこらなかったのでございます。せめて、妹いもうとさえ丈夫じょうぶでございましたならば、私わたくしも、少すこし気楽きらくだったのですけれども、妹いもうとは、私わたくしに似にないで、たいへん美うつくしく、髪かみも長ながく、とてもよくできる、可愛かわいい子こでございましたが、からだが弱よわく、その城下じょうかまちへ赴任ふにんして、二に年ねん目めの春はる、私わたくし二十にじゅう、妹いもうと十じゅう八はちで、妹いもうとは、死しにました。そのころの、これは、お話はなしでございます。妹いもうとは、もう、よほどまえから、いけなかったのでございます。腎臓じんぞう結核けっかくという、わるい病気びょうきでございまして、気きのついたときには、両方りょうほうの腎臓じんぞうが、もう虫食むしくわれてしまっていたのだそうで、医者いしゃも、百ひゃく日にち以内いない、とはっきり父ちちに言いいました。どうにも、手てのほどこし様さまが無ないのだそうでございます。ひとつき経たち、ふたつき経たって、そろそろ百ひゃく日にち目めがちかくなって来きても、私わたくしたちはだまって見みていなければいけません。妹いもうとは、何なんも知しらず、割わりに元気げんきで、終日しゅうじつ寝床ねどこに寝ねたきりなのでございますが、それでも、陽気ようきに歌うたをうたったり、冗談じょうだん言いったり、私わたくしに甘あまえたり、これがもう三、四十さんよんじゅう日にち経たつと、死しんでゆくのだ、はっきり、それにきまっているのだ、と思おもうと、胸むねが一いっぱいになり、総身そうしんを縫針ぬいはりで突つき刺さされるように苦くるしく、私わたくしは、気きが狂くるうようになってしまいます。三さん月がつ、四よん月がつ、五ご月がつ、そうです。五ご月がつのなかば、私わたくしは、あの日ひを忘わすれません。

野のも山やまも新緑しんりょくで、はだかになってしまいたいほど温ぬくく、私わたくしには、新緑しんりょくがまぶしく、眼めにちかちか痛いたくって、ひとり、いろいろ考かんがえごとをしながら帯おびの間あいだに片手かたてをそっと差さしいれ、うなだれて野道のみちを歩あるき、考かんがえること、考かんがえること、みんな苦くるしいことばかりで息いきができなくなるくらい、私わたくしは、身悶みもだえしながら歩あるきました。どおん、どおん、と春はるの土つちの底そこの底そこから、まるで十じゅう万まん億おく土どから響ひびいて来くるように、幽かすかな、けれども、おそろしく幅はばのひろい、まるで地獄じごくの底そこで大おおきな大おおきな太鼓たいこでも打うち鳴ならしているような、おどろおどろした物音ものおとが、絶たえ間まなく響ひびいて来きて、私わたくしには、その恐おそろしい物音ものおとが、なんであるか、わからず、ほんとうにもう自分じぶんが狂くるってしまったのではないか、と思おもい、そのまま、からだが凝結ぎょうけつして立たちすくみ、突然とつぜんわあっ! と大声おおごえが出でて、立たって居いられずぺたんと草原そうげんに坐すわって、思おもい切きって泣ないてしまいました。

あとで知しったことでございますが、あの恐おそろしい不思議ふしぎな物音ものおとは、日本にっぽん海かい大海たいかい戦せん、軍艦ぐんかんの大砲たいほうの音おとだったのでございます。東郷とうごう提督ていとくの命令めいれい一下いっかで、露国ろこくのバルチック艦隊かんたいを一挙いっきょに撃滅げきめつなさるための、大だい激戦げきせんの最中さいちゅうだったのでございます。ちょうど、そのころでございますものね。海軍かいぐん記念きねん日ひは、ことしも、また、そろそろやってまいります。あの海岸かいがんの城下じょうかまちにも、大砲たいほうの音おとが、おどろおどろ聞きこえて来きて、まちの人ひとたちも、生いきたそらが無なかったのでございましょうが、私わたくしは、そんなこととは知しらず、ただもう妹いもうとのことで一いっぱいで、半はん気違きちがいの有様ありさまだったので、何なんか不吉ふきつな地獄じごくの太鼓たいこのような気きがして、ながいこと草原そうげんで、顔かおもあげずに泣なきつづけて居おりました。日ひが暮くれかけて来きたころ、私わたくしはやっと立たちあがって、死しんだように、ぼんやりなってお寺てらへ帰かえってまいりました。

「ねえさん。」と妹いもうとが呼よんでおります。妹いもうとも、そのころは、痩やせ衰おとろえて、ちから無なく、自分じぶんでも、うすうす、もうそんなに永ながくないことを知しって来きている様子ようすで、以前いぜんのように、あまり何なんかと私わたくしに無理むり難題なんだいいいつけて甘あまったれるようなことが、なくなってしまって、私わたくしには、それがまた一いっそうつらいのでございます。

「ねえさん、この手紙てがみ、いつ来きたの?」

私わたくしは、はっと、むねを突つかれ、顔かおの血ちの気けが無なくなったのを自分じぶんではっきり意識いしきいたしました。

「いつ来きたの?」妹いもうとは、無心むしんのようでございます。私わたくしは、気きを取とり直なおして、

「ついさっき。あなたが眠ねむっていらっしゃる間あいだに。あなた、笑わらいながら眠ねむっていたわ。あたし、こっそりあなたの枕まくらもとに置おいといたの。知しらなかったでしょう?」

「ああ、知しらなかった。」妹いもうとは、夕闇ゆうやみの迫せまった薄暗うすぐらい部屋へやの中なかで、白しろく美うつくしく笑わらって、「ねえさん、あたし、この手紙てがみ読よんだの。おかしいわ。あたしの知しらないひとなのよ。」

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