← Library‹ オツベルと象 第五日曜

オツベルかね、そのオツベルは、おれも云いおうとしてたんだが、居いなくなったよ。

まあ落おちついてききたまえ。前まえにはなしたあの象ぞうを、オツベルはすこしひどくし過すぎた。しかたがだんだんひどくなったから、象ぞうがなかなか笑わらわなくなった。時ときには赤あかい竜りゅうの眼めをして、じっとこんなにオツベルを見みおろすようになってきた。

ある晩ばん象ぞうは象ぞう小屋こやで、三さん把わの藁わらをたべながら、十とお日かの月つきを仰あおぎ見みて、

「苦くるしいです。サンタマリア。」と云いったということだ。

こいつを聞きいたオツベルは、ことごと象ぞうにつらくした。

ある晩ばん、象ぞうは象ぞう小屋こやで、ふらふら倒たおれて地じべたに座すわり、藁わらもたべずに、十じゅう一いち日にちの月つきを見みて、

「もう、さようなら、サンタマリア。」と斯こう言いった。

「おや、何なんだって? さよならだ?」月つきが俄にわかに象ぞうに訊きく。

「ええ、さよならです。サンタマリア。」

「何なんだい、なりばかり大おおきくて、からっきし意気地いくじのないやつだなあ。仲間なかまへ手紙てがみを書かいたらいいや。」月つきがわらって斯こう云いった。

「お筆ふでも紙かみもありませんよう。」象ぞうは細ほそういきれいな声こえで、しくしくしくしく泣なき出だした。

「そら、これでしょう。」すぐ眼めの前まえで、可愛かあいい子こどもの声こえがした。象ぞうが頭あたまを上あげて見みると、赤あかい着物きものの童子どうじが立たって、硯すずりと紙かみを捧ささげていた。象ぞうは早速さっそく手紙てがみを書かいた。

「ぼくはずいぶん眼めにあっている。みんなで出でて来きて助たすけてくれ。」

童子どうじはすぐに手紙てがみをもって、林はやしの方ほうへあるいて行いった。

赤衣せきいの童子どうじが、そうして山やまに着ついたのは、ちょうどひるめしごろだった。このとき山やまの象ぞうどもは、沙羅樹さらじゅの下したのくらがりで、碁ごなどをやっていたのだが、額がくをあつめてこれを見みた。

「ぼくはずいぶん眼めにあっている。みんなで出でてきて助たすけてくれ。」

象ぞうは一いっせいに立たちあがり、まっ黒くろになって吠ほえだした。

「オツベルをやっつけよう」議長ぎちょうの象ぞうが高たかく叫さけぶと、

「おう、でかけよう。グララアガア、グララアガア。」みんながいちどに呼応こおうする。

さあ、もうみんな、嵐あらしのように林はやしの中なかをなきぬけて、グララアガア、グララアガア、野原のはらの方ほうへとんで行いく。どいつもみんなきちがいだ。小ちいさな木きなどは根ねこぎになり、藪やぶや何なんかもめちゃめちゃだ。グワア グワア グワア グワア、花火はなびみたいに野原のはらの中なかへ飛とび出だした。それから、何なんの、走はしって、走はしって、とうとう向むこうの青あおくかすんだ野原のはらのはてに、オツベルの邸やしきの黄きいろな屋根やねを見附みつけると、象ぞうはいちどに噴火ふんかした。

グララアガア、グララアガア。その時ときはちょうど一時いちじ半はん、オツベルは皮かわの寝台しんだいの上うえでひるねのさかりで、烏からすの夢ゆめを見みていたもんだ。あまり大おおきな音おとなので、オツベルの家いえの百姓ひゃくしょうどもが、門もんから少すこし外そとへ出でて、小手こてをかざして向むこうを見みた。林はやしのような象ぞうだろう。汽車きしゃより早はやくやってくる。さあ、まるっきり、血ちの気けも失うせてかけ込こんで、

「旦那だんなあ、象ぞうです。押おし寄よせやした。旦那だんなあ、象ぞうです。」と声こえをかぎりに叫さけんだもんだ。

ところがオツベルはやっぱりえらい。眼めをぱっちりとあいたときは、もう何なんもかもわかっていた。

「おい、象ぞうのやつは小屋こやにいるのか。居いる? 居いる? 居いるのか。よし、戸とをしめろ。戸とをしめるんだよ。早はやく象ぞう小屋こやの戸とをしめるんだ。ようし、早はやく丸太まるたを持もって来こい。とじこめちまえ、畜生ちくしょうめじたばたしやがるな、丸太まるたをそこへしばりつけろ。何なんができるもんか。わざと力ちからを減へらしてあるんだ。ようし、もう五六ごろく本ほん持もって来こい。さあ、大丈夫だいじょうぶだ。大丈夫だいじょうぶだとも。あわてるなったら。おい、みんな、こんどは門もんだ。門もんをしめろ。かんぬきをかえ。つっぱり。つっぱり。そうだ。おい、みんな心配しんぱいするなったら。しっかりしろよ。」オツベルはもう支度したくができて、ラッパみたいないい声こえで、百姓ひゃくしょうどもをはげました。ところがどうして、百姓ひゃくしょうどもは気きが気きじゃない。こんな主人しゅじんに巻まき添ぞいなんぞ食くいたくないから、みんなタオルやはんけちや、よごれたような白しろいようなものを、ぐるぐる腕うでに巻まきつける。降参こうさんをするしるしなのだ。

オツベルはいよいよやっきとなって、そこらあたりをかけまわる。オツベルの犬いぬも気きが立たって、火ひのつくように吠ほえながら、やしきの中なかをはせまわる。

間まもなく地面じめんはぐらぐらとゆられ、そこらはばしゃばしゃくらくなり、象ぞうはやしきをとりまいた。グララアガア、グララアガア、その恐おそろしいさわぎの中なかから、

「今いま助たすけるから安心あんしんしろよ。」やさしい声こえもきこえてくる。

「ありがとう。よく来きてくれて、ほんとに僕ぼくはうれしいよ。」象ぞう小屋こやからも声こえがする。さあ、そうすると、まわりの象ぞうは、一いっそうひどく、グララアガア、グララアガア、塀へいのまわりをぐるぐる走はしっているらしく、度々たびたび中なかから、怒おこってふりまわす鼻はなも見みえる。けれども塀へいはセメントで、中なかには鉄てつも入はいっているから、なかなか象ぞうもこわせない。塀へいの中なかにはオツベルが、たった一人ひとりで叫さけんでいる。百姓ひゃくしょうどもは眼めもくらみ、そこらをうろうろするだけだ。そのうち外そとの象ぞうどもは、仲間なかまのからだを台だいにして、いよいよ塀へいを越こしかかる。だんだんにゅうと顔かおを出だす。その皺しわくちゃで灰はいいろの、大おおきな顔かおを見みあげたとき、オツベルの犬いぬは気絶きぜつした。さあ、オツベルは射うちだした。六ろく連発れんぱつのピストルさ。ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ところが弾丸たまは通とおらない。牙きばにあたればはねかえる。一いち疋ぴきなぞは斯こう言いった。

「なかなかこいつはうるさいねえ。ぱちぱち顔かおへあたるんだ。」

オツベルはいつかどこかで、こんな文句もんくをきいたようだと思おもいながら、ケースを帯おびからつめかえた。そのうち、象ぞうの片脚かたあしが、塀へいからこっちへはみ出だした。それからも一ひとつはみ出だした。五ご匹ひきの象ぞうが一いちぺんに、塀へいからどっと落おちて来きた。オツベルはケースを握にぎったまま、もうくしゃくしゃに潰つぶれていた。早はやくも門もんがあいていて、グララアガア、グララアガア、象ぞうがどしどしなだれ込こむ。

「牢ろうはどこだ。」みんなは小屋こやに押おし寄よせる。丸太まるたなんぞは、マッチのようにへし折おられ、あの白象はくぞうは大たいへん瘠やせて小屋こやを出でた。

「まあ、よかったねやせたねえ。」みんなはしずかにそばにより、鎖くさりと銅どうをはずしてやった。

「ああ、ありがとう。ほんとにぼくは助たすかったよ。」白象はくぞうはさびしくわらってそう云いった。

おや〔一いち字じ不明ふめい〕、川かわへはいっちゃいけないったら。

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