← Library‹ ラハイナまで来た理由 ラハイナまで来た理由

カアナパリまでの飛行ひこう機きはどれも満席まんせきだった。いったんどこかほかの島しまへいき、そこからカアナパリへの飛行ひこう機きを見みつけるというアイディアを、僕ぼくはこれまで何なん度ども試こころみた。一いち度ども失敗しっぱいしたことがない。しかし今日きょうはカフルイまで飛とぶことにした。すでに搭乗とうじょうの始はじまっている便びんに空席くうせきがあった。

マウイに向むけて海うみの上うえを飛とびながら、カアナパリの近ちかくの砂糖さとうきび畑はたけにセスナで不時ふじ着きしたときのことを、僕ぼくは久ひさしぶりに思おもい出だした。思おもいっきり重おもい曇天どんてんに抑おさえ込こまれたようなホノルル空港くうこうの端はしっこから離陸りりくし、セスナにふさわしい高度こうどで海うみを越こえていった。二十にじゅう五ご歳さいの誕生たんじょう日ひだった。

パイロットのほかに乗客じょうきゃくは僕ぼくを含ふくめて三さん人にんだった。日本にっぽんから赴任ふにんして五ご年ねんになるという、本願ほんがん寺じの僧侶そうりょ。口数くちかずの少すくない黒人こくじんのビジネスマン。そしていまより十じゅう歳さいだけ若わかい僕ぼく。マウイの西側にしがわはすさまじい雨あめだった。風かぜがその雨あめと競きそい合あっていた。視界しかいを得えることが出来できる低空ていくうを飛とぶのはきわめて危険きけんだなどと言いいながら、パイロットはその低空ていくうを飛とんだ。

雨あめは水平すいへいに飛とんで来きて機体きたいを叩たたく、分厚ぶあつい水みずの層そうだった。機体きたいにぶつかれば音おとがするし、窓まどガラスの外そとで炸裂さくれつするように散ちっていく様子ようすは、具体ぐたい的てきに観察かんさつすることが出来できた。しかし風かぜは見みえない。深ふかい灰色はいいろでふさがれて遠近えんきん感かんを失うしなった空そらは、そのまま海うみとひとつに溶とけ合あっていた。

空そらにくらべると、海うみはくすんだ青あおい色いろへの傾かたむきを持もっていた。空そらと海うみにはさまれた空間くうかんに、目的もくてきなしにただ強靭きょうじんに吹ふきまくる数百すうひゃく種類しゅるいの風かぜが、複雑ふくざつにからみ合あっていた。風かぜと風かぜとのあいだのわずかな隙間すきまを、セスナは飛とぶというよりも飛とばされていった。

パイロットは果敢かかんにも空港くうこうへの着陸ちゃくりくを試こころみた。しかし、試こころみは一いち度どだけで放棄ほうきした。セスナはハイウエイのすぐ上うえを、横飛よことびに流ながされた。黄色きいろいピックアップ・トラックが一いち台だい、いっさいなにごともないかのように、地表ちひょうの雨あめと風かぜのなかを走はしっていた。運転うんてん席せきのドライヴァーが聞きいているはずのラジオの番組ばんぐみが、ほんの一瞬いっしゅん僕ぼくたちの耳みみにも届とどいた、と錯覚さっかくしても許ゆるされるほどの至近しきん距離きょりだった。

「山裾やますそにぶつかる前まえに、ケインに引ひきとめてもらうからね」

パイロットが大声おおごえで僕ぼくたちに行いった。ケインとはシュガー・ケインのことだ、と思おもうまもなく、セスナは砂糖さとうきび畑はたけに林立りんりつするケインに機体きたいの腹はらをこすり始はじめた。機体きたいはケインのなかに埋うまった。ケインの長ながい緑色みどりいろの葉はが、何なん重じゅうにも重かさなって窓まどの外そとを走はしった。何なん本ほんもの砂糖さとうきびに支ささえられて、セスナは滑走かっそうした。右前うぜんに向むけて大おおきく傾かたむきつつ、セスナは停止ていしした。

「レスキューが来くるまでこのまま機体きたいのなかにいてもいいのだけど、ケインが四、五しご本ほんも折おれると機体きたいは頭あたまからひっくり返かえるかもしれない。だからみんな外そとへ出でよう」

バーベキューでも提案ていあんするかのような気楽きらくな口調くちょうで、パイロットは僕ぼくたちを振ふり返かえって言いった。ドアを開ひらくのが大変たいへんだった。人ひとの背丈せたけの二に倍ばいほどにのびた砂糖さとうきびが、ドアを外そとから押おしふさいでいた。機体きたいは揺ゆれ動うごいた。そのなかの僕ぼくたちは、風かぜの音おとの底そこにいた。

「ケインの葉はで動脈どうみゃくのあるところを切きらないように。首くびや脇わきの下しただ」

ほかの三さん人にんにそう言いった僕ぼくは、東京とうきょうから着きたきりの、もはやしわくちゃの麻あさのジャケットの裾すそを両手りょうてでつかみ、上うえに向むけて反転はんてんさせた。ジャケットの内部ないぶに顔かおをくるみ込こむようにし、僕ぼくは砂糖さとうきび畑はたけの赤土あかつちに向むけて、セスナのドアから飛とび降おりた。三さん人にんが順番じゅんばんに飛とび降おりた。最後さいごにパイロットが飛とび降おりたあと、セスナは大おおきく右みぎへ傾かたむいた。主翼しゅよくの先端せんたんがケインを斜ななめに押おしのけ、畑はたけにめり込こんだ。

「ハイウエイは向むこうだよ」

僕ぼくが思おもっていたのとは完全かんぜんに反対はんたいの方向ほうこうを、パイロットは示しめした。彼かれが先頭せんとうを歩あるき、そのあとに僕ぼくたちが一いち列れつになって続つづいた。しばらく歩あるくと砂糖さとうきび畑はたけは終おわった。目めの前まえにハイウエイが見みえた。道路どうろの黒くろい路面ろめんに雨あめの層そうが次々つぎつぎに衝突しょうとつしては、風かぜの方向ほうこうに向むけて滑空かっくうしていった。畑はたけの縁えんには水路すいろが掘ほってあった。それを越こえることの出来できる場所ばしょまで歩あるいた。

ハイウエイから土つちと草くさの地面じめんが畑はたけまで広ひろくあった。畑はたけの近ちかくに溶岩ようがんの岩いわがいくつか転ころがっていた。風かぜと雨あめを避さけて、僕ぼくたちはその岩いわに体からだを寄よせ、地面じめんにすわった。砂糖さとうきび畑はたけのなかをいま自分じぶんは初はじめて歩あるいたことについて、僕ぼくは思おもった。そしてとなりにすわっている本願ほんがん寺じの僧侶そうりょに、僕ぼくは祖父そふについて語かたった。僕ぼくの祖父そふは山口やまぐち県けんから働はたらきに来きたラハイナで、砂糖さとうきび畑はたけの水みずを管理かんりする仕事しごとをしていた。砂糖さとうきび畑はたけは水みずを大量たいりょうに必要ひつようとする。貯水ちょすい池ちに溜ためておく山やまからの水みずを水路すいろに配分はいぶんして流ながし、畑はたけぜんたいにいきわたらせなければならない。

古ふるくからの地元じもとの人ひとたちにラハイナ・パンプと呼よばれている、もっとも重要じゅうような水門すいもんが祖父そふの仕事しごとの中心ちゅうしんだった。消防しょうぼう署しょのまっ赤かなシェヴィー・ブレイザーが、やがて雨あめの向むこうから走はしって来きた。パイロットが風かぜのなかに出でて腕うでを振ふった。ブレイザーはハイウエイを離はなれ、岩いわに向むけて徐行じょこうし、停止ていしした。僕ぼくたちのこのときの不時ふじ着ぎは、翌日よくじつの新聞しんぶんに六ろく行ぎょうの記事きじとなった。

翌日よくじつ、なにごともなくきわめて平凡へいぼんに、僕ぼくはカフルイ空港くうこうに降おり立たつ人ひとのひとりとなった。こうも平凡へいぼんだと、降おり立たつ、とも言いいがたい。いつものバスをいつもの停留ていりゅう所しょで降おりただけだ。しかしそのバスはなぜか空中くうちゅうを飛とんで来きた。ワイルクまでシャトル・バスに乗のった。ワイルクに入はいるあたりから町まちなかまで、いくつか点々てんてんと停留ていりゅう所しょがある。いちばん最初さいしょの停留ていりゅう所しょで僕ぼくは降おりた。次つぎの停留ていりゅう所しょとのちょうど中間ちゅうかんに、ハリー・オーのガレージがあった。

ガレージとは自動じどう車しゃ修理しゅうり業ぎょうの店みせと作業さぎょう場じょうだ。店みせを始はじめたときの名称めいしょうが、ハリー・オーズ・ガレージだった。いまもその名なで続つづいていた。ガレージではなく、グラージと書かかないと、ハリーは満足まんぞくしないかもしれない。修理しゅうりに加くわえて、中古ちゅうこ車しゃ販売はんばい、新車しんしゃのディーラー、旅行りょこう代理だいり店てん、アパートメントやコンドミニアムの部屋へやの斡旋あっせんなど、いまでは領域りょういきは広ひろい。「家いえの裏うらに竹林ちくりんがあると、いろんなところに竹たけの子こが生はえて来くるよね。それを竹たけに育そだてるのとおなじだよ」とハリーは言いい、事業じぎょうの拡張かくちょうを成なりゆきにまかせてここまで来きた。

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