← Library‹ ラハイナまで来た理由 エルヴィスで四ページ

ヒロにいるときいつも朝食ちょうしょくを食たべる食堂しょくどうで、ある雨あめの日ひ、僕ぼくはカウンターの席せきで初老しょろうの日系にっけい男性だんせいの隣となりにすわった。僕ぼくは彼かれを知しらないのだが、彼かれは僕ぼくを知しっていると言いった。

「きみのお父ちちさんにね、中波ちゅうはの受信じゅしん機きを作つくってもらったことがあるんだよ。もうずいぶん以前いぜんのことになるけれど。彼かれはアメリカ陸軍りくぐんでずっと無線むせん関係かんけいの仕事しごとをしたんだよ。その専門せんもん知識ちしきを駆使くしするまでもないんだけど、なにしろただの中波ちゅうはだからね、でも機材きざいは軍用ぐんようのを使つかって、それはそれは性能せいのうの高たかい、目めの覚さめるような受信じゅしん機きを作つくってくれた。僕ぼくは野球やきゅうが好すきでね。メインランドのラジオで野球やきゅう中継ちゅうけいをしてるだろう。それを聴きくための受信じゅしん機きさ。彼かれに場所ばしょまで選えらんでもらったよ。ここに本格ほんかく的てきなエーリアルを立たてるといいという、その場所ばしょさ。そこはたまたま僕ぼくがしばらく働はたらいていたことのある砂糖さとう会社かいしゃの土地とちでね。海うみに面めんしたなんにもない土地とちで、なににも使つかってないのさ。多少たしょうともでこぼこした赤土あかつちの土地とちで、ところどころに草くさが生はえていて、ずっと向むこうに、赤錆あかさびの塊かたまりのようなトラックが一いち台だい、捨すててあるというような。許可きょかをもらって僕ぼくはそこにエーリアルを立たてたよ。それもきみのお父ちちさんが設計せっけいしてくれて、そのとおりに僕ぼくが材料ざいりょうを集あつめて作つくったんだ。エーリアルだからね、専門せんもんの知識ちしきは必要ひつようないんだ。設計せっけい図ずのとおりに作つくればそれでいい。自動じどう車しゃに受信じゅしん機きを積つんでね、人ひとの頭あたまがすっぽり入はいるほどの大おおきさの、直方ちょくほう体たいの黒くろい箱はこのようなスピーカーをミラーから下さげてさ。エーリアルから引ひいたワイアーを受信じゅしん機きにつないでダイアルをまわしていくと、すごいんだよ。メインランドのどこのラジオ放送ほうそうでも受信じゅしん出来できそうな、素晴すばらしい性能せいのうでね。中継ちゅうけいするアナウンサーの声こえや球場きゅうじょうを満みたしている観客かんきゃくの声こえや物音ものおとなど、すべてがものすごく鮮明せんめいに、スピーカーから出でて来くるんだ。いつもそこへいっては、僕ぼくはメインランドの野球やきゅう中継ちゅうけいを聴きいたよ。野球やきゅうと受信じゅしん機きの両方りょうほうに、うっとりとなってね。ロジャー・マリスがベーブ・ルースを抜ぬいたときの中継ちゅうけいも、僕ぼくはそうやって聴きいたんだ。その受信じゅしん機きはいまでも大事だいじに持もってるよ」

彼かれが語かたったそのような話はなしを聞きいて、僕ぼくの頭あたまのなかにアイディアがひとつ生うまれた。写真しゃしんと文章ぶんしょうで構成こうせいされる小ちいさな一いち冊さつの本ほんを作つくるアイディアだ。たとえば彼かれが語かたった話はなしを、彼かれの言葉ことばどおりに簡潔かんけつにまとめ、一いちページの下もと半分はんぶんに収おさめる。上うえ半分はんぶんには写真しゃしんを入いれる。彼かれがまだ持もっているという受信じゅしん機きを、ほどよく雰囲気ふんいきを出だして、僕ぼくが写真しゃしんに撮とる。

一いちページごとに、ひとつの話はなしと一いち枚まいの写真しゃしんがある。本ほんぜんたいが、そのようなページで構成こうせいされている。大おおきなサイズにしたくない。縦たて六ろくインチに横よこが四よんインチというような、手てのなかに入はいる標準ひょうじゅん的てきなサイズがいい。

カウンターをへだてて僕ぼくたちの前まえに立たち、店主てんしゅが話はなしを聞きいていた。彼かれも僕ぼくにとって初はじめて聞きく話はなしをしてくれた。

「きみはリトル・リーグでキャッチャーをやってたんだよ。最初さいしょの試合しあいを僕ぼくは見みたなあ。みんな応援おうえんに来きてた。きみのお父ちちさん、そしてお姉あねさんも来きてたな。きみが最初さいしょの打席だせきに立たったときのことは、いまでもはっきり覚おぼえてるよ。相手あいての投手とうしゅはボールを三みつ続つづけてね。きみは三さん球きゅうとも静しずかに見送みおくった。グッド・アイ!、と僕ぼくは大声おおごえをあげて声援せいえんした。そして四球しきゅうめも、見逃みのがせばボールだったかな。まんなかから入はいって来きて、外そとへはずれつつ落おちていく球たまさ。きみはその球たまをうまく打うったんだよ。でも、ちょっとだけ、芯しんをはずしたね。打球だきゅうはグラウンダーになって、セカンドとファーストのあいだを抜ぬけていった。走はしれ、走はしれ!、ときみのお父ちちさんは夢中むちゅうで叫さけんでたよ。きみは二塁にるいに到達とうたつした」

僕ぼくにとってのリトル・リーグでの初はつ試合しあいに関かんして、記憶きおくがまったくないわけではない。ボールが三みつ続つづいたというような細こまかいことは覚おぼえていないけれど、打うったあとバットをほうり投なげて必死ひっしで走はしりながら、速はやい速度そくどで転ころがっていくボールを二塁にるい手しゅと一塁いちるい手しゅが同時どうじに追おいかけていく姿すがたを均等きんとうに見みていたことに関かんしては、記憶きおくがあった。

二塁にるい手しゅと一塁いちるい手しゅの走はしりが、僕ぼくの体からだの感覚かんかくのなかで、僕ぼく自身じしんの走はしりに重かさなった。ボールを追おって彼かれらが走はしれば走はしるほど、拾ひろったボールを投なげるべき一塁いちるいは遠とおくなる。彼かれらが走はしれば走はしるほど僕ぼくも走はしる。そして僕ぼくは、走はしれば走はしるほど、一塁いちるいに近ちかくなる。そのスリルを確認かくにんしながら、一塁いちるいをまわって二塁にるいに向むかった記憶きおくが残のこっている。一塁いちるいをまわったとたん、二塁にるいはとてつもなく遠とおく思おもえた。

店主てんしゅが語かたってくれたこの話はなしも、僕ぼくの頭あたまのなかに生うまれた一いち冊さつの小ちいさな本ほんの、一いちページを作つくることが出来できる。写真しゃしんはあるだろうか。僕ぼくの父親ちちおやのことだから、写真しゃしんあるいは八はちミリのどちらかは、撮とったはずだ。自宅じたくの納戸なんどの棚たなを探さがしてみればいい。走はしれ、走はしれ!、と父親ちちおやは夢中むちゅうで叫さけんでいたというから、撮影さつえいしたのは冷静れいせいな姉あねだったかもしれない。

本ほんの一いちページを構成こうせいする話はなしと写真しゃしんは、いまの僕ぼくを中心ちゅうしんとした身辺しんぺんから、こうして見みつけていくといい。無理むりすることなく、ごく自然しぜんななりゆきのなかで。身辺しんぺんにもっとも近ちかいのは父親ちちおやと姉あねだ。このふたりを経路けいろにするだけでも、一いちページを作つくることの出来できる話はなしと写真しゃしんは、かなり集あつめることが出来できるのではないか。ほかの誰だれでもなく、この僕ぼくでなければ集あつめることの出来できない話はなし。僕ぼくとは関係かんけいがないように思おもえても、最終さいしゅう的てきにはなんらかのかたちで、僕ぼくによってその本ほんのなかにつなぎ留とめられていく話はなし、そしてそれらの話はなしに添そう写真しゃしん。

姉あねからの連想れんそうで僕ぼくはエルヴィス・プレスリーについて思おもった。ハワイにエルヴィス・プレスリーの自宅じたくがかつてあった。その自宅じたくに向むけて登のぼっていく道路どうろの写真しゃしんを、姉あねは僕ぼくにくれたことがある。山やまの斜面しゃめんを登のぼっていくその道路どうろの途中とちゅうで自動じどう車しゃを停とめ、外そとに出でて道みちのまんなかから道路どうろの前方ぜんぽうをただ撮とっただけのカラー・プリントだった。こういう写真しゃしんこそ、この本ほんのなかでは面白おもしろさを発揮はっきするのではないか。そのカラー・プリントを僕ぼくはまだ持もっている。複写ふくしゃして使つかえばいい。

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