一枚のスナップ写真をいま僕は見ている。かなり昔に撮影されたものだということは、ぜんたいの雰囲気からよくわかる。横置きの四インチに五インチというサイズの、白黒のプリントだ。四辺に白く縁取りがある。
撮影された場所は体育館の内部のようなところだ。一台のグランド・ピアノがあり、その蓋の上には、十四歳のときの姉がすわって微笑を浮かべている。その姉を中心に、白人の大人の女性が三人、立っている。三人ともきれいな人たちだ。顔立ちによく似合った髪、魅力を引き立てている服や靴。彼女たちは写真に撮られなれている。ポーズと笑顔が、無理なく華やいで美しい。
画面の端には譜面台が見える。ブームの先端から下がっているマイクロフォンもある。日本にいまもある、アメリカの海兵隊基地施設のなかの、建物のひとつだ。海兵隊のジャズ・バンドが練習のための場所として使っていた。いま僕が見ている一枚の写真は、その建物のなかで撮影された。
三人の白人女性たちのうち、画面の左端に立っている人の足もとから頭の上に向けて、下から斜めに、フェルト・ペンでサインがしてある。そのサインは、パティ・アンドリュース、と読める。
姉の舞子は十四歳のときには日本にいた。僕は九歳だった。姉が日本語ではおばさんと呼んでいた遠い親戚の女性が、姉に夏のワンピースを作ってくれた。梅雨が明けたばかりの夏の日の午後、姉はそのワンピースを受け取りにいった。誘われて僕は同行した。
汽車に乗っていった。駅の数で三つだったと思う。駅から歩いた。初めていく場所なのだが、よく知っている人のように、まるで地元の人のように、姉は歩いた。迷うことなく探しもせず、おばさんの住んでいる家に着いた。大きな家だった。家と言うよりも、お屋敷だろう。
舞子の来訪におばさんはたいそう喜んだ。ワンピースは出来ていた。姉はそれを着てみた。よく似合っていた。幼い僕ですら、姉は素晴らしくきれいだ、と思ったほどだ。おばさんの屋敷を出るとき、姉はたたんで風呂敷に包んだ服を、片腕で捧げるように持っていた。僕のシャツの胸ポケットに、金平糖の入った小さな紙の箱をひとつ、おばさんは入れてくれた。
駅へ戻って汽車を待った。ほどなくやって来た汽車に僕たちは乗った。そして途中の駅で降りた。どんなところだか降りてみよう、と姉が言ったからだ。低い山が周囲に重なり合うなかに抱きこまれた、小さくて静かな町だった。原寸大の模型のように僕は感じた。真夏の強い陽ざしが、どこか虚構のようだった。
町には銭湯があった。どっしりした印象のある、充分に時をへた木造の建物だった。銭湯は営業していた。風呂に入っていこう、と姉は言った。銭湯に入るにはタオルと石鹸が必要だ、と僕は言った。私もあなたもハンカチを持っているから、それでだいじょうぶなのよと彼女は言った。僕たちは女湯と男湯とに別れた。
僕は熱い湯に入ったり出たりして、なかば義務的に時間をやり過ごした。顔を洗ってみた。脱衣場に出て来て、濡れた体を乾かした。隅に体重計があった。僕は体重を計ってみた。体が乾いてから僕は服を着た。そして銭湯の外へ出た。
外は暑かった。ひとりで待っていると、やがて姉が女湯から出て来た。おばさんに作ってもらったばかりの夏のワンピースを、彼女は着ていた。彼女は化粧していた。姉はまるで別人のようだった。入浴客の女性のひとりが、化粧をほどこしてくれたのだと姉は言った。姉はじつに美しかった。町と陽ざしに加えて、姉もまた、フィクションのなかの架空の人のように見えた。
姉に化粧をほどこした女性が、浴衣姿で銭湯から出て来た。ほかの女性たちもまじえて、彼女たちは銭湯の前で立ち話を始めた。しばらくして、アメリカ海兵隊のウェポンズ・キャリアのトラックが一台、徐行して来た。映画フィルムに連続する駒のひとつひとつのように、このときの場面を僕はいまも鮮明に記憶している。
徐行するウェポンズ・キャリアを運転していた若い兵士は、銭湯の前に立っている女性たちに視線を向けた。立ち話をしている女性たちのなかから、彼の視線は姉の舞子を選び出した。彼はトラックを停止させた。女性たちがトラックを見た。振り向いた姉の視線をとらえて、兵士は言った。
「ユー・スピーク・イングリッシュ?」
カリフォルニアに生まれてサンフランシスコとホノルルで育ち、日本へ来て一年の姉に、若いアメリカ兵は、おなじ文化を共有する人の雰囲気を感じ取ったに違いない。だから彼は、姉にだけそのように訊いた。
カリフォルニアのデイナ・ポイントが私の故郷だがあなたのはどこなのかと、姉は僕がそれまで聞いたことのないような早口で、兵士に答えた。デイナ・ポイントという地名にちなんで、姉の名はデイナという。ダーナと発音してもいい。舞子という日本名は自分でつけたものだ。
舞子のそのひと言から、大騒ぎが始まった。運転席の兵士は狂喜したように叫んだ。
「カリフォルニアの生まれだって、本物の英語を話すよ!」
ウェポンズ・キャリアの荷台には幌が張ってあった。幌は運転席の屋根まで広がっていた。荷台から四人のアメリカ兵が降りて来た。笑顔で舞子に歩み寄り、四人がいっせいに英語で話し始めた。本物の英語で話の出来る若い女性の存在は、彼らにとってたいへんに嬉しいことだった。
姉は四人のアメリカ兵に囲まれ、僕はその外となった。トラックを運転していた兵士が運転席へ戻った。近くにいるらしいおなじ部隊の連中に、彼は無線で連絡をつけた。「カリフォルニア生まれなんだよ。とんでもない美人なんだよ。本物の英語を話すんだ。しかも、ソバカスがあるんだ!」彼が夢中で喋る言葉を、僕は陽ざしのなかで聞いた。いまは完全に消えているが、当時の姉の顔には淡くソバカスが散っていた。
仲間のところへ戻ったその兵士は、
「すぐにほかの連中もここへ来るから、それまで待っていてもらえるとうれしい」