← Library‹ ラハイナまで来た理由 ファミリー・フォトグラフズ

ものごとの核心かくしんを素手すでで的確てきかくにひとつかみにする能力のうりょくを、姉あねの舞子まいこは持もっている。生うまれついてのものだろう。このような能力のうりょくが、努力どりょくして身みにつくものだとは、僕ぼくも思おもわない。そして彼女かのじょは僕ぼくよりもはるかに、原理げんり的てきな人ひとだ。

ひとつかみにした核心かくしんに沿そって、まるでそれに導みちびかれるかのように、核心かくしんのもっとも大切たいせつな部分ぶぶんを現実げんじつへと転換てんかんしていく才能さいのうにも、姉あねは豊ゆたかに恵めぐまれている。これも生うまれつきのものだ。姉あねの舞子まいこを支ささえているのは、以上いじょうのふたつの能力のうりょくだ。

その姉あねが僕ぼくにひとつのアイディアを提供ていきょうしてくれた。僕ぼくたちの父親ちちおやが残のこした膨大ぼうだいな量りょうのスナップ写真しゃしんのなかから、父親ちちおやというひとりの人ひとの人生じんせいを引ひき出だしてみようではないか、というアイディアだ。

「その人生じんせいの主役しゅやくは父親ちちおやなのよ。彼かれという人ひとを主役しゅやくに想定そうていして、その主役しゅやくである彼かれをめぐって、あのたくさんの写真しゃしんのなかから、一いち枚まいまた一いち枚まいと写真しゃしんを選えらんでいくの。そのようにして選えらばれた写真しゃしんによって、彼かれの一生いっしょうというものを、見みればわかるグラフィックなものとして、構成こうせいしなおすのよ」

「納戸なんどの棚たなにただ眠ねむっているだけでは、いくら大量たいりょうの写真しゃしんがあろうとも、それらはなにごとも語かたりはしない」

「そのとおりだわ」

「残のこされた数多かずおおくの写真しゃしんのなかから、これはと思おもうものを選えらび抜ぬき、それらの写真しゃしんをたとえば時間じかん順じゅんに配列はいれつすることによって、彼かれの人生じんせいというものが、誰だれの目めにも理解りかい出来できるように展示てんじされる」

「そうよ。スナップ写真しゃしんとは、要ようするに人ひとが写うつっているものなのね。そのときどきのいろんな人ひとたちが。そして大量たいりょうのスナップ写真しゃしんとは、時間じかんの経過けいかだわ。経過けいかしていく時間じかんのなかのごく小ちいさな出来事できごととして、数多かずおおくのさまざまな瞬間しゅんかんに、スナップ写真しゃしんは撮影さつえいされるのね。そしてひとつの人生じんせいの時間じかんが経過けいかしきったあとになってみると、残のこされたスナップ写真しゃしんは、その人生じんせいに関かんする無数むすうのスケッチの試こころみなのよ」

「スケッチを正ただしく選えらんで正ただしく配列はいれつすると、ひとつの人生じんせいが浮うかび上あがってくる」

「残のこされた写真しゃしんのなかから、これはと思おもうものを選えらんでみましょう」

核心かくしんを素手すででぱっとひとつかみにする得意とくい技わざを、姉あねは父親ちちおやが残のこした写真しゃしんをめぐって、発揮はっきしようとしている。つきあうのは楽たのしい体験たいけんだし、啓発けいはつされることは多おおいにきまっている。

「写真しゃしんを時間じかん順じゅんにならべて観察かんさつすると、そこに彼かれという人ひとの成長せいちょうや変化へんかを見みることが出来できるのよ。いつも身辺しんぺんにいた人ひとたちも、彼かれとともに変化へんかしているし。ごく初期しょきにあらわれてそれっきりの人ひとがいたり、途中とちゅうであらわれ始はじめて何なん年ねんかおきに登場とうじょうしたり、父親ちちおやの晩年ばんねんにまったくあらたに登場とうじょうした人ひとがいたり」

「面白おもしろいね」

「彼かれという人ひとは、ひとりで生いきたのではないのよ。関係かんけいのなかを生いきたのね。多おおくの人ひとたちとの関係かんけい。だから関係かんけいとは、それぞれが個人こじんである、何なん人にんもの人ひとたち」

きわめて明晰めいせきな彼女かのじょの論理ろんりの展開てんかいが、彼女かのじょの英語えいごによって語かたられていくのを聴きいているのは、聴きくという行為こういによってもたらされる快感かいかんのひとつだ。

「写真しゃしんには時代じだいが写うつし取とられる」

と、僕ぼくは言いってみた。

「彼かれが体験たいけんした人生じんせいの時間じかんは、そのまま、彼かれの生いきた時代じだいなのね。時代じだいという時間じかんの経過けいかを、何なん枚まいものスティル写真しゃしんで見みていく、という試こころみにもなるはずよ」

「しかもその時間じかんのなかには、ひとりの主役しゅやくがいる」

「そうです」

「何なん点てんものスティル写真しゃしんを、丹念たんねんに読よんでいくことが可能かのうだ。いろんなふうに読よむことが出来できる。人ひとによってさまざまだ」

「一いち九きゅう一いち一いち年ねんから一いち九きゅう八はち六ろく年ねんまでという、ひとつにつながった時間じかん。その時間じかんのなかを、彼かれというひとりの人ひとが、いろんな人ひとたちとの関係かんけいを作つくっては、そのなかを生いきていったのよ。彼かれがこの世よの時間じかんを終おえたあとに残のこった多数たすうのスナップ写真しゃしんは、時間じかんと関係かんけいとの両方りょうほうにまたがる証拠しょうこ写真しゃしんだわ」

「選えらぶのがたいへんだ」

「時間じかんが経過けいかすると、この世よからかならず消きえていくものの代表だいひょうあるいは典型てんけいが、人ひとというものなのね。そして人ひとは、消きえたあとに痕跡こんせきを残のこすのよ。人ひとによって痕跡こんせきの内容ないようやかたちはさまざまでしょうけれど、写真しゃしんは痕跡こんせきとしてもっともわかりやすいわ。だからまずなによりも先さきに、そのわかりやすさにおいて、写真しゃしんは人ひとの痕跡こんせきとして普遍ふへん的てきな位置いちを獲得かくとくしてます」

整理せいりされきった頭あたまのなかから、英語えいごという言葉ことばによって、姉あねは論理ろんりを紡つむぎ出だしていく。その様子ようすをかたわらの僕ぼくは彼女かのじょの音声おんせいで受うけとめ、頭あたまのなかへ入いれる。姉あねはそのようなかたちで僕ぼくの内部ないぶへと入はいってくる。

姉あねは二に週間しゅうかんの休暇きゅうかを取とった。父親ちちおやがその晩年ばんねんをひとりで過すごした家いえに、僕ぼくはずっと寝泊ねとまりしている。休暇きゅうかのあいだ毎日まいにち、姉あねはそこへ通かよってくることになった。僕ぼくたちふたりの作業さぎょうが始はじまった。

納戸なんどの棚たなに写真しゃしんは大量たいりょうにあった。その大量たいりょうの写真しゃしんは、ものの見事みごとに整理せいりされていた。完璧かんぺきな時間じかん順じゅんに、何なん冊さつもの写真しゃしん帳ちょうにきれいに貼はってあった。写真しゃしん帳ちょうのなかに貼はるものと、貼はらずに保管ほかんしておくだけの写真しゃしんとのあいだに、父親ちちおやはなんらかの基準きじゅんをもうけていたようだ。貼はってはいない写真しゃしんも、時間じかん順じゅんに整理せいりしてあった。

大量たいりょうにある写真しゃしんを見みていくのは、けっして苦痛くつうではなかった。しかし数すうは多おおい。写真しゃしん帳ちょうには通とおし番号ばんごうがつけてあった。1から順番じゅんばんに見みていくのは、そのまま父親ちちおやの人生じんせいの時間じかんをたどりなおすことだった。

僕ぼくたちの父親ちちおやがハイスクールを卒業そつぎょうした時期じきにまで到達とうたつしたとき、

「ここからにしましょう」

と、舞子まいこは言いった。

父親ちちおやがホノルルのハイスクールを卒業そつぎょうするときに撮影さつえいされた卒業そつぎょう写真しゃしんを、彼女かのじょは指ゆびさしていた。細ほそい縦長たてながのカードのような厚紙あつがみの上部じょうぶに、十じゅう八はち歳さいの父親ちちおやのポートレート写真しゃしんが貼はってあった。カードの下したには、彼かれの名前なまえとハイスクールの名称めいしょう、そして卒業そつぎょう年度ねんどが印刷いんさつしてあった。印刷いんさつの色いろはブラック・コーヒーの色いろで、カードの紙かみはクリーム色いろ、そして写真しゃしんはセピア色いろだった。カードも写真しゃしんも、絶妙ぜつみょうなおだやかさで、四よんつの角かどが丸まるく落おとしてあった。

「この写真しゃしんから始はじめましょう」

「まさにスタートだね」

「赤子あかごの頃ころの写真しゃしんから始はじめても、さほど意味いみはないと思おもうのよ」

「僕ぼくもなんとなくそう感かんじていた。スタート地点ちてんをどこにするといいのかと思おもいながら、写真しゃしんを見みていた」

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