← Library‹ ラハイナまで来た理由 片仮名ではスパム・アンド・エッグス

「なににしましょう」

と、彼女かのじょが聞きいた。彼女かのじょの名なはたしか菊江きくえさんのはずだ。中年ちゅうねんの強つよさを持続じぞくさせつつも、いまは明あきらかに年配ねんぱいの、日系にっけい二に世せいの女性じょせいだ。目尻めじりのつり上あがった紫色むらさきいろの縁えんに、ラインストーンの飾かざりを散ちらせた眼鏡めがねを、彼女かのじょはかけている。この眼鏡めがねを含ふくめて、彼女かのじょのような人ひとがゆっくりと、いまのハワイで絶滅ぜつめつ危惧きぐ種しゅへと向むかいつつあった。

「スパム・アンド・エッグスです。卵たまごはふたつ、ワンス・オーヴァー。スティームド・ライスを添そえてください」

「エニシング・エルス?」

「トマト・サラダをください。ドレッシングなしで。パイナップル・ジュース。そして大おおきなマグのコーヒー」

「OK。出来できたら呼よぶから」

僕ぼくは店みせの外そとへ出でた。店みせは彼女かのじょひとりの調理ちょうり場じょうと、客きゃくが注文ちゅうもんするカウンターだけの、小ちいさなものだ。食たべる場所ばしょは外そとにあった。スーパー・マーケットとつながった渡わたり廊下ろうかのかたわらに、陽ひよけの天蓋てんがいのような屋根やねが四角しかくに張はり出だしていた。それが作つくる日陰ひかげのなかに、ベンチと横長よこながのテーブルが、いくつか配はいしてあった。

ベンチまで歩あるいて僕ぼくはその端はしにすわった。晴天せいてんのラハイナの朝あさ、九きゅう時じ過すぎの風かぜが吹ふいた。ショッピング・センターの四角しかくいコンクリートの建物たてもの、そしてそれと陽ひざしのなかで向むき合あっている駐車ちゅうしゃ場じょうなどを、僕ぼくは眺ながめた。停とめてある自動じどう車しゃすべての屋根やねが、陽ひざしを跳はね返かえして硬かたく輝かがやいていた。自分じぶんのオールズモビールを視線しせんで探さがしていると、

「出来できたわよ」

と、店みせのなかから彼女かのじょが呼よんだ。僕ぼくは店みせへ朝食ちょうしょくを受うけ取とりにいった。大おおきな皿さらにひとつ盛もりにした、スパム・アンド・エッグスとスティームド・ライス。それを右手みぎてに、そして左手ひだりてにはコーヒーのマグ。引ひき返かえしてトマト・サラダとパイナップル・ジュース。

使つかい捨すてのプラスティックのナイフとフォーク、そしてスプーンをひと組くみにしたものを、透明とうめいなヴィニールに封ふうじ込こめて大おおきなロールに巻まいたものが、ドアのかたわらに吊つるしてあった。そこへいって僕ぼくはひと組くみ、ヴィニールのミシン目めからちぎった。僕ぼくはテーブルへ戻もどった。

今朝けさのこのスパム・アンド・エッグスは、亡なき父親ちちおやにちなんでいる。若わかい頃ころの彼かれがハワイ、カリフォルニア、ネヴァダなどで苦労くろうしていたとき、もっとも標準ひょうじゅん的てきな食事しょくじからひとつだけ下したに位置いちしていた、したがってしばしば食たべざるを得えなかった食事しょくじが、スパム・アンド・エッグスだった。当人とうにんがそう言いっていた。

作つくりかたなどありはしない。四角しかくいあの缶かんを開ひらき、ナイフを斜ななめに突つき立たててランチョン・ミートの固かたまりをなかば引出ひきだし、一いちセンチほどの厚あつさで三さん枚まい、バターを敷しいたフライパンにスライスする。裏表うらおもてひっくり返かえしながら、よく火ひをとおす。出来できたらそれを皿さらに移うつし、おなじフライパンを使つかって卵たまごをふたつ、フライする。この場合ばあいの卵たまごは、ワンス・オーヴァーがいちばんいいと僕ぼくは思おもう。おなじ皿さらにご飯はんを盛もるのが正式せいしきだよ、と父親ちちおやは笑わらっていた。

今日きょうの朝食ちょうしょくをなぜ僕ぼくは父親ちちおやにちなむのか。四十よんじゅう数すう年ねん前まえ、幼おさな友達ともだちのシスコ・アカミネに父親ちちおやが貸かしたままだったアロハ・シャツを、昨日きのう、シスコは僕ぼくに返かえしてくれた。そのシャツをいま僕ぼくは着きている。だから父親ちちおやにちなんで、この朝食ちょうしょくだ。

食たべ始はじめた僕ぼくは、父親ちちおやがチャーハンをうまく作つくったことを、思おもい出だした。ご飯はんしかないときには、葱きを細こまかく刻きざんで具ぐにして、父親ちちおやはおいしいチャーハンを作つくった。すべては塩しおかげんなのだ。ご飯はんと葱きを素材そざいに、あとは食用しょくよう油ゆと塩しお。

ふにゃっと曲まがる薄うすいプラスティックのナイフでも、スパムは切きりやすい。いくつかサイコロに切きっておく。卵たまごの表面ひょうめんを十じゅう文字もじに切きり裂さき、フォークにスパムのサイコロをひとつ突つき刺さし、卵たまごの黄身きみをつけて口くちに入いれる。卵たまごに塩しおをかける必要ひつようはない。スパムの塩味しおあじが、サラダのトマトまでをもカヴァーする。

食たべながら僕ぼくは移民いみん船せんのことを思おもった。これも父親ちちおやが語かたってくれたことだ。日本にっぽんからハワイへ移民いみんしていく人ひとたちが、船ふねのなかで何なん度ども食事しょくじをする。味噌みそ汁しるが出でる。しじみの味噌みそ汁しるのときは、全員ぜんいんによそい分わけるのに時間じかんがかかるんだ、と父親ちちおやは言いった。全員ぜんいんの汁碗しるわんにまず汁しるだけをよそう。そのあと、しじみの数かずを数かぞえながら、全員ぜんいんに等ひとしい数かずのしじみがいきわたるように、配くばっていく。架空かくうのこと、つまり笑わらい話ばなしなのか、それとも本当ほんとうのことなのか。僕ぼくは後者こうしゃだと思おもっている。

スパムの不ふ自然しぜんさが一方いっぽうの極きょくにあるとするなら、マウイのトマトの力強ちからづよい自然しぜんさが、もう一方いっぽうの極きょくにある。その両極りょうきょくを取とり持もつのは、卵たまごとパイナップル・ジュースだ。そしてぜんたいをコーヒーがくるみ込こむ。これはこれで良よしとしなければならない。それを食たべていく僕ぼくの体からだのまわりで、四十よんじゅう年ねん前まえの父親ちちおやのアロハ・シャツの襟えりや裾すそが、風かぜにはためいているのだから。

途中とちゅうで僕ぼくはコーヒーのおかわりをもらいにいった。テーブルへ戻もどっていくとき、ショッピング・センターの建物たてものに沿そった歩道ほどうを、ひとりの日系にっけいの男性だんせいが歩あるいているのを、僕ぼくは目めにとめた。さきほども彼かれを見みた。七十ななじゅう代だいなかばの、背丈せたけが高たかいほかにはこれといって特徴とくちょうのない、とっくに現役げんえきを引退いんたいしていまは暇ひまな人ひとだ。

スパム・アンド・エッグスの朝食ちょうしょくを食たべ終おわる頃ころ、さきほどの彼かれがショッピング・センターのこちら側がわのドアから出でて来きて、渡わたり廊下ろうかの端はしにふとたたずんだ。僕ぼくはコーヒーを飲のんだ。自分じぶんはさきほどから彼かれによって観察かんさつされている、と僕ぼくは感かんじた。

分厚ぶあつくスライスされたマウイ・トマトの最後さいごの一いち枚まいを食たべ終おえ、僕ぼくはフォークを紙かみの皿さらに置おいた。皿さらはすべて紙かみだ。使つかい捨すてだから食器しょっきを洗あらう手間てまが省はぶける。そして菊江きくえさんは、そのぶん確実かくじつに楽らくが出来できる。ふと気きがつくと、あの日系にっけいの男性だんせいが、僕ぼくのかたわらに来きていた。彼かれは僕ぼくに向むけてもの静しずかにかがみ込こんだ。

「ホワイル・ユー・ウォー・イーティング、アイ・ワズ遠慮えんりょしとったがね」

と彼かれは言いった。僕ぼくは彼かれの顔かおを見上みあげた。

「あんたはキタムラさんのナンバーワン・ボーイかね」

と彼かれは質問しつもんした。ナンバーワン・ボーイとは、男おとこの第だい一いち子しつまり長男ちょうなんのことだ。僕ぼくは確たしかにそうだし、名前なまえはキタムラだ。

「そうです」

と僕ぼくは答こたえた。

「そうじゃろう思おもいよった。ハヴント・シーン・ユー・フォ・サムタイム」

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