ホノルルで雑誌を作る、という仕事について思いながら、僕はホテルの建物を出て駐車場へ歩いた。ここで仕事をしている人たちのうち、ある一定のクラスより上の人たちのための、専用の駐車場だ。姉が使うスペースにいまは僕のカプリースが駐車してあった。
そのカプリースのかたわらに、白人の中年女性がひとり、陽ざしを受けて立っていた。アメリカ中西部の人だということは、彼女の立ち姿を見ただけでわかった。自動車の列のあいだを、僕はカプリースに向けて歩いた。
「これなの?」
と、彼女は僕に言い、カプリースを指さした。彼女の声は風にからめ取られ、横へ流れた。僕は微笑とともにうなずいた。カフルイ空港まで彼女を乗せていってあげてほしいと僕が姉に頼まれた、エレン・ステュードベイカーという女性だ。彼女はいまはホノルルに住んで雑誌の仕事をしている、と姉は言っていた。
カプリースの運転席のドアを開き、僕はなかに入った。そしてエレンのために右のドアをなかから開いた。エレンは座席に入ってドアを閉じた。
「クーラーはあるのかしら」
彼女が言った。
「ありますよ」
僕はクーラーのボタンを押した。
「お姉さんがカプリースのクーペだと教えてくれたのよ。探したらこの駐車場にカプリースがさらに三台あるのよ」
「姉は色を言い忘れたのですか」
「聞いたわ。四台ともおなじような色なの」
駐車場から外に向かう経路を、僕は徐行していった。ルートを間違えると地下の駐車場へ入ってしまう。
「昔からハワイに住んでいる人は、カプリースが好きなんですよ。それに、オールズモビールのカトラス。気をつけていると、あちこちで見かけます」
「なるほど」
エレンは言った。そして大きなバッグからステノグラファーのノートを取り出した。ページを開いたときにはすでに、彼女は右手にボールペンを持っていた。
「ハワイの人たちと自動車、という特集が出来るわね。独特な好みとか、ハワイに特有の乗りかた。人と自動車の日常関係の、さまざまにハワイ的な様相」
「僕の友人のひとりに、荷台を緑色に、そしてキャビンやエンジン・フードをまっ赤に塗ったピックアップに乗っている男がいます」
「フィリピン系の人でしょう」
ハワイに関するエレンの反射神経は、少なくともこの次元までは正しく到達しているようだ、と僕は思った。
「そのとおりです。このカプリースは亡くなった父親のものでしたが、僕なら白いセダンを選びますね」
「車種は?」
ノートを開いたまま、エレンが訊いた。
「トヨタしかないですよ」
「なぜ?」
「ホワイト・トヨータ。いちばん語呂がいいです。車体の造形には、白がぴったりですし」
「サンフランシスコにいたとき、ディーラーで車を見たら日本車はみんな白くて、工場を下塗りで出てきたのだと思ったことがあったわ。ファクトリー・ホワイトね。買う人が好みの色に塗装してもらって」
「ホワイト・トヨータとともに僕は田舎に住みます。砂糖工場があって、それを中心に砂糖きび畑が、いまも広がっているような田舎です」
「その理由は?」
「いつも赤土の道を走りたいからです。車体は赤土の土埃まみれで、もちろん洗いません。赤土にまみれるままにしておくと、赤土のあの赤い色が白い色のなかにしみ込んで、車体ぜんたいは独特な赤みをおびることになります。二年もたてば、もとは白だったとは誰も思わないほどに、車体は赤くなります。ハワイの人の自動車とは、一例をあげるとこういうことです」
エレンはノートにメモをとった。ノートを縦に持ち、ボールペンを持った右手を大きく左へまわし、ページの上から下に向けて、横書きしていった。
「私は雑誌の仕事をしてるの。取材と記事書きと編集。あなたは写真家ですってね。どんな写真を撮るの?」
「写真に撮れるものなら、なんでも撮ります」
「心強いわねえ。ノートに書いておかなきゃ。あなたに助けてもらうときが、かならずあるわよ」
「楽しみにしてます」
「雑誌の仕事にとっての財産は、出会うさまざまな人たちなのよ。人は育ちも生活も文化環境も、ひとりずつみんな違うでしょう。だから人に会って話をすると、人それぞれが持っている蓄積への入口を、私はのぞき込むことになるのね。あなたとは会ったばかりだけど、いまのホワイト・トヨータの話は面白かったわ。こうしてノートに書いておくと、それはもう確実に私の財産なのよ。カフルイの空港まで四十五分ほどだから、ぜひとも話をして過ごしましょう」
「雑誌のお仕事だと姉に聞いたので、駐車場へ向かいながら、なんとなく考えていたのです」
「考えを聞かせて」
「ホノルル。ハワイ。アロハ。この三つは、すでに雑誌のタイトルとして、使われているのです。あとひとつ、パラダイスという雑誌があれば、揃い踏みですよ。ホノルルという雑誌の前身がパラダイス・オヴ・ザ・パシフィックでしたから、四つの基本語はどれもみな、ハワイで雑誌のタイトルになったのです」
「四つの基本語、というところが面白いのね。パラダイスを別にすると、あとの三つはハワイの言葉だというところを考えていくと、言葉は財産なのだとわかるし、言葉とはそのまま歴史でしょう。だからホノルルで作る雑誌にとって、もっとも大きな財産は歴史なのね。ハワイの自然環境は魅力に満ちていて、歴史は存分にあるし。なにを材料にするにしても、ほとんどのものは歴史のなかにあるのよ」
エレンの意見に僕は賛成だった。姉とエレンとは親しいつきあいだという。姉の友人に顕著に共通している気質を、僕はエレン・ステュードベイカーにも鋭く感じた。