駐車場への出口から姉が出て来た。日本の名は舞子という、四歳年上の姉だ。完全な姉ではない。半分だけ姉、という言いかたをしていた時期が、僕にも彼女にもある。いまから何年も前、まだふたりとも幼かった頃だ。僕と彼女とは、父親がおなじで母親が異なる。ただそれだけのことだ。
この駐車場はホテルの従業員たちのうち、ある位置より上の人たちのための、専用駐車場だ。入口には常に警備員がいる。ただいるだけではなく、警備はかなり厳しい。さきほど僕がオールズモビールでここに入るときには、警備員は構内電話で姉に確認をとった。
僕はそのオールズモビールのドアを開き、隣の席に置いてあったアロハ・シャツを持ち、強く陽の照る外に出た。僕はドアを閉じた。その音に姉は僕のほうに顔を向けた。僕は彼女に手を振り、彼女は微笑した。駐車場に風が吹いた。まず僕の背中ぜんたいを押すように当たったその風は、すぐに姉に届いた。顔を上に向け、肩に届きそうで届かない長さにまとめた髪を、彼女は風とともにうなじへとなびかせた。
歩いて来る彼女を僕は見た。五センチほどの細いヒールのあるサンダルに、明るいカーキー色の短めのスカート。けっしてタイト・スカートではないが、印象としてはタイトぎみに見えた。そして赤い半袖のシャツ。必要にして充分な身長のなかに、彼女の体は完璧なバランスで収まっていた。ハワイではさほどにも感じないが、アメリカでは小柄な女性の部類だ。この身長でこそ成り立つバランスだからこの身長なのだという、緻密な完成度の高さを僕はいつも彼女の体に感じる。
ただ歩いて来る様子を見ているだけでも、彼女の体の動きは素晴らしい。体ぜんたいの感覚で受けとめる情報に見事に補完されながら、視神経で受けとめる解像度の高い大量の情報が彼女の脳に届く。そしてその脳は、動くための命令を筋肉に対して発する。筋肉は情報の受容度がずば抜けて高いから、動きながら刻一刻と動きの微調整が本能的に出来る。その結果として、彼女のあらゆる動きは、滑らかさをきわめた美しさとなる。彼女が歩くときにもっとも良く働いているのは、太腿の裏の筋肉だ。
歩いて来た彼女は僕の前に立ちどまった。僕と彼女はほぼおなじ背丈だ。彼女とこうして向き合うとき、あらためて驚かざるを得ないのは、彼女の美貌ぶりだ。深い彫りが見事に効いて、非の打ちどころはどこにもない。彼女がなぜここまできれいなのか、彼女を見る人はその理由がつかみきれない。だから彼女の美しさは、彼女を見る人を不可解な気持ちにさせる。この女性はいったいなになのか。なにをする人なのか。なぜここにいるのか。いつもなにを思っているのか。不可解さは何重にも重なり、おたがいに増幅し合う。
そしてもっとも不可解なのは、これだけ美しい女性の顔が、じつは底なしのように優しい顔であるという事実だ。表情が常に優しい。顔の造作がこれだけ良く出来ていると、ほとんどの場合、印象は冷たくなったり高慢であったり、ときには鋭すぎたり陰険であったりするが、姉の舞子の場合、そのようなことは絶対にないと言っていい。
ただ単に優しそうという種類の優しさではない。彼女によってもし自分が受けとめられたなら、その瞬間から自分は、彼女という優しさの謎の底に向けて、いつまでも落下し続けることを覚悟しなければならない、という種類の優しさだ。そのような彼女の性格は、じつは恐ろしいまでの勝気さを中心軸として形成されているから、彼女という人をつかみそこねた人が落ち込む断層は深い。
持っていったアロハ・シャツを僕は彼女に差し出した。受け取った彼女はそれを目の前に広げてかかげた。風がシャツをはためかせた。点検する彼女の視線や表情は、あくまでも優しかった。
「素晴らしいシャツだわ」
「あげます」
と、僕は言った。昨日、父親の幼な友達であるシスコ・アカミネから、僕は四十年ぶりに返却された父親のアロハ・シャツだ。
「着ればいいのに」
「僕は今日、朝から着ていました。それで充分です。お姉さんが着たほうが似合います」
そのシャツが僕に戻って来たいきさつについては、午後、彼女の仕事先であるこのホテルに電話をしたとき、僕は語っておいた。
「素晴らしいシャツよ、これは」
さきほどの台詞を彼女は繰り返した。そしてシャツを僕に差し出した。僕はそれを受け取った。
彼女は着ているシャツのボタンを下からはずしていった。かたちのいい指の先端が、下からひとつずつボタンをはずしていく様子を、僕は見守った。彼女のそのアクションは正常なまま、視覚をとおして僕の意識のなかに入って来る映像としては、ボタンひとつごとに、彼女の指の動きすべてが、ハイ・スピード撮影による、フィルムのスロー・モーションとなっていった。
着ているシャツとそのボタンを相手に、彼女の指は見事な振付けで踊っているかのように見えた。彼女の両手はボタンごとに上へ上がっていき、やがてシャツのボタンをすべてはずした。彼女の美しい顔に微笑が深まった。微笑が深まるのに要する時間は、時間を限りなくたぐり込む永遠の深淵のようだった。
彼女の指はシャツの前立てにかかり、ボタンをはずしたシャツを左右に開いた。彼女の裸の胸が、午後遅い時間の斜めの陽光のなかに、あらわになった。彼女がシャツを脱いでいく動作と完璧に同調して、下着をつけていない胸の面積が、僕の意識のなかに微妙にもどかしい緩慢さで、広がっていった。
舞子はシャツを脱いだ。両肩からほぼ同時にシャツをはずし、片腕ずつ袖を抜き取っていく一連の動作が、その美しさの限界まで、僕の意識のなかでスロー・モーションによって引き延ばされた。シャツを脱いだ彼女は片手にその襟を持ち、僕に向けて差し出した。僕はそれを受け取り、アロハ・シャツを彼女に手渡した。