← Library‹ 頬よせてホノルル ラハイナの赤い薔薇 2

朝食ちょうしょくのあと、ぼくと彼女かのじょは外出がいしゅつした。予定よていは、ふたりとも、なにもなかった。どこへもいく必要ひつようはなかったし、なにをしなければいけない、というわけでもなかった。ぼくが友人ゆうじんから借かりている一いち九きゅう六ろく七なな年ねんのフォードの2ドアに乗のって、なんのあてもなく快晴かいせいの日ひの道路どうろを走はしった。

「クリスマスが近ちかいというのに、真夏まなつのようだわ」

と、彼女かのじょが言いった。

「でも、この島しまだと、本物ほんものの自然しぜんな気候きこうだ、という感かんじは明確めいかくにあるから、クリスマスに泳およげても、そういう気候きこうに気持きもちは完全かんぜんになじめるね。たとえばLAだと、そうはいかないみたいだよ。LAでも、クリスマスに真夏まなつみたいなときはあるけれど、まったく人工じんこう的てきな感触かんしょくがあって、気候きこうでさえすべては造つくりものの嘘うそ、という気持きもちが抜ぬけないんだ」

ぼくは、フォードのグラヴ・コンパートメントを開ひらいた。この一いち九きゅう六ろく七なな年ねんの2ドアは、ある家いえの庭にわに長ながいあいだ停とめたままだった。その家いえのいちばん幼おさない娘むすめが、兎うさぎ小屋こやのかわりに使つかっていた。昔むかしの自動じどう車しゃを専門せんもんに扱あつかう中古ちゅうこ車しゃのディーラーがひきとり、きれいに修復しゅうふくしなおした。臭においは消けしてあるのだが、たとえばいまのようにグラヴ・コンパートメントを開ひらくと、その一瞬いっしゅん、いまでもかすかに兎うさぎの臭においがした。

「読書どくしょをしようか」

グラヴ・コンパートメントから双眼そうがん鏡きょうを出だして、ぼくは彼女かのじょに言いった。

「読書どくしょ?」

双眼そうがん鏡きょうを、ぼくは彼女かのじょに手渡てわたした。

「走はしっている自動じどう車しゃの、バンパー・スティッカーを読よむんだよ。ほんとは、LAのフリーウエイを走はしりながらのほうが面白おもしろいのだけれど、ホノルルでも充分じゅうぶんに楽たのしめる」

彼女かのじょは、双眼そうがん鏡きょうを目めにあてた。ぼくがホノルルで読よんだバンパー・スティッカーの文句もんくで、いまでも記憶きおくしているひとつは、『これはなんのメッセージもない、ただのバンパー・スティッカーです』というものだ。オレンジ色いろの地ちに白しろい文字もじで抜ぬいた、鮮あざやかなバンパー・スティッカーだった。

「読よめるわ」

彼女かのじょが言いった。

「『今日きょうもまた楽園らくえんにおけるくだらない一いち日にち』ですって」

双眼そうがん鏡きょうを目めにあてたまま、彼女かのじょは指ゆびさした。

「あの、グリーンのクライスラー」

「あそこの、まっ赤かなスポーツ・タイプは?」

彼女かのじょは、その車くるまに双眼そうがん鏡きょうをむけた。

「『正ただしい道みちを走はしってますか』というメッセージだわ。宗教しゅうきょう的てきな意味いみも含ふくませてあるのかしら」

「きっと、そうだ。最近さいきん、そういうのが多おおいよ」

十じゅう年ねんほどまえのキャデラック・エルドラードが、ぼくたちを追おい抜ぬいていった。その車くるまにも、後部こうぶバンパーにはスティッカーが貼はってあった。双眼そうがん鏡きょうを使つかわなくても、読よむことができた。『もしこれが読よめるなら、車間しゃかん距離きょりのつめすぎだよ』という、この島しまに昔むかしからある文句もんくが、そのスティッカーには印刷いんさつしてあった。

彼女かのじょは、再ふたたび双眼そうがん鏡きょうを目めにあてた。

「ほら、あった。宗教しゅうきょう的てきなスティッカー」

マーシディーズ・ベンツのトランクの下端したばに、『汝なんじイエスを愛あいするなら、ホーンを鳴ならせ』と、スティッカーが貼はってあった。

「『血液けつえきは生命せいめい。人ひとから人ひとへ、手渡てわたしなさい』というのがあるわ」

「そしてその隣となりを見みてごらん」

「左隣ひだりどなりかしら」

「そう」

「見みえるわ。『人生じんせいは至難しなん事じ』ですって」

かつてLAのフリーウエイを走はしりながら読よんだバンパー・スティッカーのいくつかを、ぼくは思おもい出だした。『回答かいとうとして我々われわれにあたえられたものがイエス・キリストであるならば、最初さいしょになされたそもそもの質問しつもんはいったいなにだったのか』というのがあったし、『私わたくしはあなたがたを愛あいしています。いまのとこは、そこまでで勘弁かんべんしてください。イエス・キリスト』というのもあった。

ダイアモンド・ヘッドの北側きたがわ、カイムキを抜ぬけていき、フリーウエイが終おわりになるあたりで、ぼくたちは決定けってい的てきなバンパー・スティッカーを、ふたりで同時どうじに読よんだ。『クリスマス近ちかし。メアリーのごとくあたえよ』と、そのスティッカーは主張しゅちょうしていた。

「利り己心こしんのようなものを、自分じぶんの内部ないぶで完全かんぜんに消けしてしまったメアリーに、すこしはならったらどうか、という意味いみだろうね」

「きっと、そうだわ」

「クリスマスは、女性じょせいにとって、大変たいへんな時期じきだね。メアリーが限かぎりなくあたえる人ひとだとすると、女性じょせいたちはなんらかのかたちで、そのメアリーのイメージを、クリスマスのときには引ひき受うけなくてはいけない。自分じぶんの母ははや、そのさらに母親ははおやたちがクリスマスにおいて果はたしてきた役割やくわりを、自分じぶんも果はたさなくてはいけない。うまくそれができるかどうか、とても心配しんぱいだし、クリスマスにむけての準備じゅんびも、大変たいへんなんだ」

「すべての夢ゆめは女性じょせいがかなえてくれる、ということかしら」

「そんなふうに言いってもいい」

「おとぎ話ばなしのなかの出来事できごとでしょう、それは」

「だから、もっと抽象ちゅうしょう的てきに考かんがえればいいんだ。到達とうたつすることなどとうてい不ふ可能かのうなほどの崇高すうこうな理想りそうが、自分じぶんたちにとってまだ存在そんざいしているという事実じじつを祝いわって、精神せいしんを高揚こうようさせる時期じき、それがクリスマス、というふうに」

「クリスマスに関かんして、最初さいしょの記憶きおくというようなものは、あなたにもあるでしょう」

双眼そうがん鏡きょうを手てに持もって膝ひざを組くみ、彼女かのじょがぼくにきいた。

「あるよ」

「どんなものなの?」

「直径ちょっけいが十じゅう二にインチのケーキだ」

「焼やいてもらったのね」

「母親ははおやが焼やいた。彼女かのじょの父親ちちおやに手伝てつだってもらって。子供こどものひとりひとりに、直径ちょっけい十じゅう二にインチのケーキを焼やいて、しかもどんなケーキがいいか、子供こどものほうから注文ちゅうもんを出だすことができたんだ。そのケーキが、数かずあるプレゼントのなかでも、群ぐんを抜ぬいて最高さいこうのものだった。プレゼントの最高さいこう位いに、そのケーキがあるのさ」

「楽たのしいわね」

「ほかのプレゼントは、あまり好すきではなかったね。両親りょうしんもふくめて、幼おさない頃ころのぼくの周辺しゅうへんには、いろんなプレゼントをくれる人ひとたちがたくさんいた。つまり、彼かれらは、子供こどもの頃ころ、プレゼントなどほとんどもらえなかったのだ。ぼくのために考かんがえて買かってきてくれたプレゼントに関かんして、どの人ひとも自信じしんを持もってないことが、子供こどものぼくにさえ、痛いたいほどに伝つたわってきていた。そしてぼくは、どのプレゼントに対たいしても、うわあ、ぼくはこれが以前いぜんから欲ほしかったのです、と気持きもちをこめて言いわなければならないのが、つらかった。よろこんでもらう、という期待きたいをはずしてしまうことはできないし」

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