シャワーを浴びたぼくは、トランクス一枚で浴室から出てきた。古い板張りの廊下を歩きながら、腕時計をどこに置いただろうかと、ぼくは思った。シャワーを浴びるまえにぼくがいた部屋に、ぼくは入ってみた。
その部屋は、本来なら居間として使うための部屋だ。しかし、いまはがらんとしている。居間のようには見えない。広い板張りの、ただの長方形の部屋だ。庭に面して、横に長い窓が低い位置にあった。窓の外には、軒が大きく突き出しているから、部屋のなかは今日のような快晴の日でも、ほんのりと暗い印象を受ける。
一方の壁に寄せてライティング・デスクがひとつあり、そのデスクのわきに普通のハイ・バックの椅子があった。部屋のなかにある家具は、それだけだ。
デスクの上には、空気銃が一梃、斜めに横たえてあった。その空気銃のためのBB弾の入ったケースが、腕時計および双眼鏡とならんで、空気銃のわきに置いてあった。持っていくために荷物のなかから出した双眼鏡を、ぼくはさきほど腕時計といっしょにここに置いたのだ。
居間に入ったぼくは、ライティング・デスクまで歩いた。時計を左の手首にはめ、空気銃を取りあげた。部屋のむこうの壁を、ぼくは見た。
むこうの壁の、ぼくの目の位置よりもやや低いところを、いっぽうの端から反対側の端まで横へ一直線に、七センチほどの幅の桟が一本、走っていた。なぜそこにそのような桟があるのか、正確に見当をつけることは出来ない。かつてこの家に住んでいた人が、なにかの必要を感じて、その桟をそこにとりつけたのだ。
桟は、三センチほどの厚みがあった。空気銃の標的をならべて置くには、うってつけの桟だった。さきほどまで、ぼくは、この桟の上に標的をたくさん並べ、空気銃でひとつずつ撃っていた。
標的は、クラッカーだった。アニマル・クラッカーはひと箱だけ、そして残りは、丸くて薄い、さくっと砕けるソーダ・クラッカーだ。標的として使うため、スーパー・マーケットで何箱も、ぼく自身が買ってきた。
桟の横幅いっぱいにクラッカーの標的を並べては、端からひとつずつ、ぼくは撃ち砕いていった。標的を撃ちつくすと、クラッカーの箱を持って桟までいき、桟の上に残っているかけらをフロアに落とし、あらたに標的を並べ、デスクまで戻ってまた撃った。そのような遊びを、ぼくは午前中ずっと、ひとりで続けてきた。
桟の上に、標的のソーダ・クラッカーが、ひとつだけ残っていた。ガスのカートリッジを装填しなおしたぼくは、そのクラッカーに狙いを定めた。引き金を、引いた。思いのほか強い反動と、鋭く大きい発射音とともに、BB弾は標的にむかって飛んだ。そして、丸いクラッカーを粉々に砕いた。
砕けたクラッカーは、飛び散った。そして、フロアに落ちた。フロアには、むこうの端からこちらの端まで、壁から一メートルほどの幅のなかに、砕けたクラッカーが敷きつめたかのようにびっしりと、白くあった。これだけを見たなら、いったいなにごとがあったのかと、人は思うだろう。
空気銃からガスのカートリッジを抜き取り、デスクに横たえた。本物のライフルに近い雰囲気を持つその空気銃は、重さもそしてその重さのバランスも、22口径のライフルとよく似ていた。アルミニウムの空き缶を縦にならべて撃つと、四つまでは簡単に貫通する威力だ。双眼鏡を持ち、ぼくは部屋を出た。
寝室に入り、服を着た。半袖の白いラグビー・ジャージーに、はき古したブルー・ジーンズ。そして、木綿のソックスだ。今日は、ぼくはブーツをはく。双眼鏡のストラッップを肩にかけ、ぼくは寝室を出た。
居間の手前までひきかえし、玄関へまわった。ポーチを出てドアを閉じ、ほんのかたちだけのロックをかけた。ポーチの最上段に腰を降ろし、ぼくはブーツをはいた。立ちあがり、腕の時計を見た。正午だった。
これから空港まで、ぼくは自動車でいく。五十分ほどかかる。彼女がホノルルから乗ってくるアロハ・エアラインの定期便は、午後の一時二十八分に、この島の空港に到着する予定だ。いま出発すれば、余裕を持ってぼくは空港に到着することが出来る。
ぼくはポーチを降りた。ポーチの階段は、いまの時間だとそのぜんたいが、深く張り出している軒によって、陽影になっている。影の外に出ると、その瞬間、腕の肌や頬に、陽ざしの強さを感じた。カレンダーを見ると、クリスマスまでにあと数日しかない時期なのに、東京の真夏日の晴天を軽くしのぐかんかん照りだ。
庭のまんなかに停めてある自動車まで、ぼくは歩いた。斜めうしろから、ぼくはその自動車に歩み寄った。友人から借りた、ポンティアック・カタリーナのステーション・ワゴンだ。十二年まえのモデルだと、その友人は言っていた。彼はほかに三台の自動車を持っている。
このステーション・ワゴンは、彼の奥さんがスーパー・マーケットへ買い物にいくときに使うものだそうだ。先週の土曜日に、ぼくはこのカタリーナを借りた。今日は、その次の週の水曜日だ。買い物は金曜日だから、明日には返しておかなくてはいけない。
運転席のドアを開き、ぼくはなかに入った。双眼鏡を、隣りのシートに置いた。ドアを閉じ、この古いカタリーナには気の毒だけれども、ぼくはエンジンを始動させた。デトロイトが十二年前に造ったV8のエンジンは、太陽の熱を受けとめて熱く焼けているフードの下で、まだ健在だった。
空港まで、田舎道を四十五分でぼくは走った。ごく普通の速度で、平凡に走った。ときたま、対向車とすれちがった。前方に自動車が見えると、ぼくは隣りのシートから双眼鏡を取りあげ、むこうから走ってくる自動車を見た。ドライヴァーの姿が、双眼鏡の丸い視界のなかで、八分の一の距離にたぐり寄せられて、見えた。対向車のエンジン・フードが放っている熱は陽炎のように作用し、視界のなかのドライヴァーは、いつもかすかにゆらめいていた。