ボストンから直行便でシアトルにむかった。そしてシアトルで一泊だけした。ボストンでは姉に会い、シアトルでは叔父に会った。そしてシアトルから再び直行便でハワイ島にぼくはむかっている。まもなく、この747はヒロ空港に着陸する。
雑誌の記事を読みはじめたとき、スチュワデスのアナウンスがあった。まもなくこの飛行機は着陸の体勢に入り、次第に高度を下げていく、というアナウンスだ。シート・ベルト着用のサインが出たなら、ただちにシート・ベルトをしめてほしいと、スチュワデスは中西部育ちのアクセントで、乗客たちに告げた。この飛行機は、全席が禁煙席だった。
記事を読んでいる途中で、シート・ベルト着用のアナウンスがあった。ヒロの気温と気象とを、スチュワデスはついでに告げた。気温はいくぶん低めであり、ヒロは雨だという。
重い音とともにランディング・ギアが胴体から外へ出ていく頃、ぼくは雑誌の記事を読みおえた。雑誌を開いたまま膝の上に置き、ぼくは窓から外を見下ろした。
さきほどおなじようにして外を見たときには、窓の外には雨の雲が白くくすんで流れていただけだった。いまは、機体は雲の下だ。空港に隣接する一帯が、眼下に見えた。なにに利用されている土地なのか、にわかには見当のつかない、漠然とした広い空き地のような土地のすぐ上空を、747は滑走路の端にむけて降下していきつつあった。
まっすぐにのびている道路の上を、747は斜めに横切っていった。赤い屋根の自動車が一台、その道路を走っていた。雨の降る道路を法定速度で走るその自動車もまた雨に濡れていることが、飛行機の窓からでもはっきりとわかった。その自動車の運転席からガラスごしに見えている光景や、もしラジオがかかっているならそのラジオから聞こえている音楽やアナウンスメントなどを、ぼくはかなり正確に想像することが出来た。
滑走路は急速に接近し、タイアがその滑走路に接する音および間接的な衝撃とともに、747は着陸した。着陸したとたんに、窓から見えている光景は、本来のきわめて平凡な光景へと、戻った。飛行機がまだ空中にあるあいだは、上空から見下ろす光景は、なにか特別なもののように見えている。
滑走する機体の速度が落ち、スチュワデスのアナウンスがあり、乗客たちはシートから立ちあがりはじめた。
ぼくは、読んだばかりの雑誌の記事を見た。ロード・アイランドのリトル・コンプトンの沖にある、小さなひとつの灯台についての記事だった。雑誌を閉じたぼくは、まえの席のうしろにあるネットの袋のなかに、その雑誌を押しこんだ。まえの乗客が読みすてたのだろう、ぼくがシアトルから乗ったとき、すでにその雑誌はそこにあった。
ぼくも、シートを立った。何時間もすわったままでいたあとだから、ただ立ちあがるだけでかなり爽快だった。頭上の棚を開いて平たい紙包みを取り出し、シートの下からキャリーオン・バッグを引っぱり出した。ぼくの荷物は、これだけだ。
機体は、すでに停止していた。乗客たちは、ドアにむかって通路を歩いていた。やがて、ぼくも、機体の外へ出た。空港の建物から機体にむけてのびてきている廊下を歩き、建物に入った。雨の日のヒロの香りが、ぼくを包んだ。
手荷物だけのぼくは、バゲジ・クレイムを素通りした。ロビーから外に出た。何軒かあるスーヴェニア・ショップのひとつに入り、ぼく自身のためにTシャツを一枚だけ買った。ヒロへ来るのがこれで何度めだか、ぼく自身にも正確にはわからない。このTシャツは、何度めともわからないヒロでの、ぼく自身へのおみやげであると同時に、今夜のぼくのパジャマでもあった。ヒロに、ぼくは、一泊だけする。今回の旅行は、そのような旅行だ。スーヴェニア・ショップには、クリスマスの飾りつけが出ていた。
建物の正面に出たぼくは、雨の駐車場を見渡した。そして、レンタカー会社へ専用のホットラインで電話した。係員がすぐにそちらへむかうと、対応した女性は言った。
待つほどもなく、レンタカー会社の看板を屋根につけた小さなセダンが、建物のまえへ入って来た。手をあげたぼくに反応して減速し、セダンはぼくのまえで止まった。
青年がひとり、運転席から降りた。
「電話をくれた人かな?」
と、彼はぼくにきいた。ぼくは、そうだと答えた。彼は、セダンのうしろへまわっていった。トランクを開き、なかへ荷物を入れろと、ジェスチュアでぼくに示した。
ポリネシア系を土台に、いくつもの血が混じりあっていることをはっきりと見せてくれている、小柄な、屈強な体格の青年だった。いかつい顔立ちであり、にこりともせずにまっすぐに相手を見た。ふたサイズほど大きいジョギング・シューズに黒いショート・パンツ、そして赤いTシャツを、彼は着ていた。Tシャツの背中には、七桁の番号が横にプリントしてあり、その下には、『私はただの番号』という文句が添えてあった。
荷物をトランクに入れて閉じ、ぼくはうしろの席に入った。青年は運転席に戻り、すぐにセダンは発進した。
レンタカーのオフィスは、空港の敷地のすぐ外にあった。敷地に沿ってまっすぐにのびている広い道路をしばらく走り、やがて金網のゲートのなかに入った。なにもない広い敷地の奥に、オフィスの建物と整備ガレージがあった。
オフィスのまえにセダンを停め、青年は運転席から外に出た。ぼくも、外に出た。
「きみの番号は、なかなか覚えられないね」
と、ぼくは、彼の背中を指さして言った。
ふりむいた彼は、客への愛想として最小限の微笑を、浮かべてみせた。そして、なにも言わずに、ガレージのほうへ歩いていった。
ぼくは、オフィスのなかに入った。黒人の若い女性が、ひとりでディスプレイ・ターミナルにむかい、事務をとっていた。肩ごしにふりむき、
「ちょっと待ってね」
と、彼女は言った。
カウンターの端にあるコーヒー・マシーンから、ぼくは紙コップにコーヒーを注ぎ、カウンターにもたれてコーヒーを飲んだ。オフィスのどこかにラジオがあり、深いバリトンの男性アナウンサーが、ローカル・ニュースを読んでいた。