カフェを出て、ぼくと父親は、彼の自宅にむかった。父親はうしろの席にすわった。カフェへは、妹のヘレンの自動車に乗せてもらって来たと、父親は言っていた。ヘレンは、両親の家から三軒隣りの家に住んでいる。
「ヘレンは、いまでもスポーツ・タイプの車に乗っているのかな」
と、ぼくがきいた。
「そうだね」
父親が答えた。
「去年の車は、きっと新しいのにとりかえたね」
「デイトナ・パシフィカという名前の、今年のモデルだよ」
「スポーツ・タイプだね」
「まったく実用的ではないんだ。まっ黒でね、しかも。気味が悪い。乗っていると、きまり悪いよ」
ぼくが借りてきたこのビューイック・センチュリーに関しては、父親はなにも言わなかった。
「クリスマス・プレゼントはトランクのなかにあるんだ」
と、ぼくは言った。
「なにを持ってきてくれたのかね」
「お母さんには、箸おき。二十四個のセットだ」
「そんなにたくさん」
「佳子が選んでくれた。京都で、ふと入った店にいいのがあって、どれもみな美しいから、たくさんのなかから二十四個を選んで、ワン・セットということにしたのさ」
クリスマスになにかもらえるなら、日本製の箸おきがいいと、これは母親からのリクエストだった。
「ヘレンには、チューイン・ガムのケース」
ぼくの言葉に、父親は笑った。
「人々は、ガムをケースに入れはじめたかね」
「フランス製の革細工で、きれいな出来ばえだよ。これがいちばん、高価だった。とび抜けて、高い」
「ぼくには、なにがあるんだい」
「自宅で見せる。期待して、待っていてほしい」
両親の住む家には、すぐに着いた。雨の降る道路のむこうに、その家および周辺の光景が見えてくると、奇妙な懐かしさをぼくは覚える。ぼくにとっては、いつもの生活の場所ではなく、たとえば今度はわずか二泊するだけの場所だが、そこには父親とそのふたりめの妻が住んでいて、三軒隣りには妹も住んでいる場所だ。ここにぼくも居ついてしまおうと思えば、十年でも十五年でも、居つくことは出来る。
車を、ぼくは庭のなかに入れた。父親のスカイラークのうしろに、停めた。ワイパーを止め、エンジンを停止させた。けっして金持ちの家ではないが、両親の住む家はいまでも居心地よさそうに見えた。
母が、ドアを開いてポーチに出てきた。おだやかに微笑して、彼女は手をあげてみせた。白髪の、ほっそりした体の、静かなきれいな人だ。口数のすくない、おとなしい女性だということは、ドアのわきに立っているその姿勢からでも、判断することが出来た。
ヘレンは、外観がこの母によく似ている。ヘレンだけを見ていると、彼女はうしろの席にいる父親にそっくりだが、母を見ると、ヘレンはより母に似ている。
ぼくたちは、自動車の外に出た。ぼくはトランクを開いて荷物を出し、かたわらで待っていた父親といっしょにポーチの階段をあがった。
「元気そう」
ぼくを優しく抱いて、母が言った。至近距離から彼女の目をのぞきこむように見るのが、ぼくは好きだ。
「元気で、しかも財産が増えたよ。おやじが、ジョークの本をクリスマス・プレゼントにくれて、さっそくひとつ、カフェでみんなに披露したんだ。頭のなかに持つ財産として、ジョークに勝るものはないそうだ」
ぼくたちは、家のなかに入った。一年ぶりのその家は、すこしも変わっていなかった。香りも感触も、目にみえるあらゆる部分も、すべておなじだった。
ぼくのために空けてある部屋が、奥にひとつある。その部屋へ、ぼくは入った。裸になり、着替えをした。くしゃくしゃの、はき古したチノ・パンツに、おなじく古いアロハ・シャツを着ると、自宅に帰った人のような気持ちになることが出来た。
居間へ戻ると、テーブルにお茶が出ていた。
「ケーキを食べる?」
と、母がきいた。
「ヘレンが焼いたのが、あるのよ。たいへんおいしい」
「食べたい」
ソファにすわっているぼくの位置から、居間をへだてたむかい側の壁に寄せたライティング・ビューローが、正面に見えた。そのビューローのいちばん上の棚に、それぞれ小さな額に入った写真がいくつも立ててある。岩国の錦帯橋の上で撮った、母の若い頃のモノクロームの写真が、去年とおなじ位置にあった。
「そうだ、クリスマス・プレゼントを持ってくる」
ぼくは、自分の部屋へいった。三人へのクリスマス・プレゼントを持ち、居間に戻った。テーブルの上には、ケーキが出ていた。そしてそのケーキは、母が言っていたように、たいへんによく出来ていた。
父親へのプレゼントは、旅行用の鞄だった。軽くてしっかり出来ていて、しかも洒落ている。大きさも、ちょうどいい。
「飛行機の座席の下におさまるサイズなんだ。これを持って、日本へ旅行するといい」
父親は、その鞄を気にいった。手にさげて居間を歩きまわり、ためつすがめつ見た。
「どうかね」
と、妻の三枝子に彼は意見を求めた。
「よく似合いますよ」
「よし。日本へいこう。気候のいいときに、荷物はこれひとつに全部おさめて。身軽な旅が、ぼくは好きなんだ」
これまでに、何度か聞いたことのある台詞だ。気候のいいときに鞄ひとつで日本を旅行する、と父親は以前から言っているが、なかなか実現しない。
カフェで、父親は、ぼくの妻へのクリスマス・プレゼントもくれた。あの包みのなかにはなにが入っているのかと、ぼくはふたりにきいた。
「バター・プレートの五枚セットよ」
と、母が答えた。
「きれいよ。清水焼きのようで」
母がいれてくれるお茶には、緑茶の葉といっしょにパフド・ライスが入っている。その芳ばしい香りが、緑茶の味と微妙に調和していた。
窓の外では、雨が降っていた。ヒロ空港に着陸する寸前、747の窓から見下ろした光景のなかの雨を、ぼくはふと思い出した。そこから連想は飛行機のなかに戻り、着陸の体勢に入るすぐまえに読んだ雑誌の記事を、ぼくは思い出した。
ロード・アイランド州の沿岸、リトル・コンプトンというところの沖にある、年齢百二歳の灯台、サコネット・ライトハウスに関する記事だった。