花子、という自分の名前を、彼女は嫌っていた。いい名前だとぼくは思うのだが、彼女は嫌いだと言う。花子さん。花子くん。花子ちゃん。花子。花。花ちゃん。お花。お花さん。どれもみな素敵なのに、彼女は、よして、よして、と言っていた。
旅さきからしばしばくれる絵葉書、そしてときたま書いてくれる長い手紙の署名には、HANNAという書きかたを、彼女は採択していた。ハナ、ではなく、ハンナ、なのだ。ンの字をまんなかにはさむことに、彼女はこだわっている。これはこれで結構だと、ぼくは思っていた。
その花子が、いや、ハンナが、マウイへいく、と言った。スケジュールをきいてみると、偶然にもぼくもいくことになっていたマウイでのスケジュールと、ほぼ一致するということがわかった。
せっかくだからマウイでの時間はふたりでいっしょに過ごしてみようということになり、ぼくはマウイのハナに、ホテルを予約した。ホテル・ハナ・マウイだ。
まずしばらくオアフ島で過ごす、と彼女は言っていた。ホノルルからマウイまで、どのような経路をとるにせよ、マウイにはハナ空港に降りるようにと、ぼくは彼女に言っておいた。
ハンナがマウイにいた二週間のうち、十日間、ぼくたちはいっしょに過ごした。
ハナ・ハイウエイを、まず思い出す。『ここからさき三十マイルは道幅せまくカーヴ多し』という標識の文句は、すこし長めの詩のタイトルにそのまま使えそうだ。
カフルイとワイルクへ遊びにいったときには、このハナ・ハイウエイを往復とも、果敢にもハンナが運転してくれた。このハイウエイは私と似てるわ、と彼女は言っていた。
ROAD TO HANA SURVIVORという文句をプリントした白いTシャツを買った。いまでもさがせばどこかにあるはずだ。買った店は、ハセガワ・ジェネラル・ストアだ。
この店では、買い物に来ていた日系の老人に、ハナの歴史を教えてもらった。ハナはハワイ島に近いという地理的な条件のため、カメハメハ・ザ・グレイトがハワイ王国を統一するまでは、敵に攻めこむための前線基地であり、敵から攻めこまれて戦う戦場でもあったのだ。征服したり征服されたりを、何度もくりかえした。
ハナ・ビーチ・パークのベンチで彼女といっしょに食べたボックス・ランチが、おいしかった。ピクニック用に箱につめてもらったあの店の名を、思い出さなくては。
港の桟橋で彼女の写真を撮ったのは、おなじ日だったと思う。『ハセガワ・ジェネラル・ストア』という歌の入ったLPを買ったのも、おなじ日のことだ。ストアをテーマにしたバンパー・スティッカーも買い、LPのジャケットのなかに入れておいた。入れたままだ、いま思い出した。
ある日、カプチーノが飲みたい、と突然、ハンナが言った。ぼくは、カプチーノの飲める店をみつけてあげた。この店では、別の日に、夕食を食べた。ラザニアとかカネロニとか、そのようなものを食べたと記憶している。
世界じゅうの島をめぐり歩き、その島について詩を書いているという詩人が、自作の詩の朗読を、その店でおこなっていた。彼のそのときの詩は、マウイ島の電話帳のイエロー・ページからひろい出したさまざまな固有名詞や文句を、リズムよろしく巧みにつなぎあわせたものだった。つなぎかたに、ぼくは感心した。
おなじ手口でぼくも詩をつくってみよう、と思った。たとえばレンタカー会社のパンフレットをたくさん集め、そのなかから拾った文句をつないでいけば、きっと詩になるにちがいないと、そのときのぼくは思った。