← Library‹ 時差のないふたつの島 16

今日きょうは雨あめの日ひだ。午後ごご一いち時じ近ちかく、ぼくはカメハメハ・ハイウエイを北きたにむけて走はしっていた。いまは使用しようされていず、放置ほうちされたままとなっている小ちいさな飛行ひこう場じょうをひとりでながめたあと、ふたたびハイウエイにもどり、北きたにむかっていた。

雨あめは、それほど強つよくはなかった。腰こしをすえて降ふりつづけるといった気配けはいの、安定あんていした降ふりかたの雨あめだ。空そらは灰色はいいろであり、ハイウエイの右側みぎがわの奥おくに海岸かいがん線せんに沿そってのびる山やまなみの頂上ちょうじょうは、その灰色はいいろの空そらのなかにのみこまれていた。

正面しょうめんのガラスが、雨滴うてきを受うけとめていた。ワイパーがそれをぬぐい、ワイパーのブレードが届とどかないところでは、雨滴うてきはガラスの表面ひょうめんに薄うすくひきのばされ、たいていの場合ばあい、その薄うすい水みずの膜まくは横よこに流ながれた。

いまはもう操業そうぎょうしていない砂糖さとうの精製せいせい工場こうじょうの煙突えんとつが、雨あめに煙けむるむこうに見みえてきた。砂糖さとうの出来できるまでを観光かんこう客きゃくに見みせる博物はくぶつ館かんのようなものに、この工場こうじょうはすでに転身てんしんしていた。

工場こうじょうに入はいっていく道路どうろのひとつ手てまえのわき道みちへ、ぼくのフォード・グラナーダは入はいっていった。ほんのすこしだけ走はしると、右側みぎがわに木造もくぞう平屋ひらや建だての長ながい建物たてものがあった。この建物たてものの手てまえ半分はんぶんは、建築けんちく請うけ負おい業ぎょうを営いとなんでいる人ひとの事務じむ所しょになっていた。そしてむこう半分はんぶんは、バーと食堂しょくどうだ。

バーと食堂しょくどうとは、調理ちょうり場じょうを介かいしてつながっていた。調理ちょうり場じょうからバーに入はいってくると、壁かべに沿そってカウンターがあり、そのカウンターのすぐまえに、ビリアード・テーブルがひとつあった。天井てんじょうからビリアード・テーブルの中央ちゅうおうへ、ランプがひとつ、低ひくく下さがっていた。がらんと広ひろい店みせのなかに、テーブルがいくつかあり、そろっていない椅子いすが、それぞれのテーブルを囲かこんでいた。店みせのいちばん奥おくに、もうひとつ、ビリアード・テーブルがあった。

食堂しょくどうは、カウンターがL字じの形かたちにあるだけの、せまい店みせだ。調理ちょうり場じょうから出でてくるとそこはカウンターのなかであり、カウンターを介かいして店みせのなかぜんたいを見渡みわたすことが出来できた。カウンターは、正面しょうめんのドアから入はいって右側みぎがわにあった。カウンターのうしろにあたるスペースは、本来ほんらいは菓子かし類るいを売うるためのガラス・ケースを置おくためのものだが、いまは段だんボール箱はこその他たが雑然ざつぜんと重かさねて置おいてあった。そのむこうの壁かべには大おおきな窓まどがあり、正面しょうめんのドアの両側りょうがわも、大おおきなガラスのはまった窓まどだ。

店みせのまえの駐車ちゅうしゃ場じょうには、古ふるびたピックアップ・トラックが一いち台だい、停とまっていた。白しろく仕切しきりの線せんが引ひいてあるスペースの外そとに、少しょう人数にんずうの観光かんこう客きゃくを乗のせて案内あんないするための小型こがたのバスが一いち台だい、斜ななめに停とまって雨あめを受うけていた。運転うんてん席せきのドアが開ひらいていて、その開ひらいたドアのすぐまえに、クライスラーのセダンが一いち台だい、バスと斜ななめにむきあうようにして、停とまっていた。セダンのドアも、開ひらいていた。助手じょしゅ席せきにいるポリネシア系けいの男性だんせいが、バスの運転うんてん席せきにいるおなじくポリネシア系けいの男性だんせいと、話はなしをしていた。

ピックアップ・トラックから一いち台だい分ぶんだけスペースをとってフォード・グラナーダを停とめたぼくは、自動じどう車しゃの外そとに出でた。雨あめのなかを歩あるき、店みせのまえの階段かいだんをあがった。ドアを開ひらき、店みせのなかに入はいった。

笑わらい声ごえが最高さいこう点てんまで高たかまった瞬間しゅんかんだった。カウンターの席せきにならんですわっていた六ろく人にんの白人はくじん中年ちゅうねん女性じょせいたちが、全員ぜんいんいっせいに、大声おおごえで笑わらっていたのだ。

ほのかに微笑びしょうしながら、ぼくはカウンターの端はしの席せきにすわった。ぼくの右隣みぎどなりには、小柄こがらな白人はくじんの青年せいねんがいた。彼かれはぼくに顔かおをむけ、軽かるく会釈えしゃくした。ぼくも、表情ひょうじょうだけで、やあ、と言いった。

六ろく人にんの白人はくじん中年ちゅうねん女性じょせいたちが、再ふたたび、いっせいに笑わらった。六ろく人にんのうちのひとりが言いったことに、全員ぜんいんが大声おおごえで笑わらって反応はんのうしたのだ。白人はくじん青年せいねんは、肩かたをすぼめてみせた。カウンターのなかの、むこうの端はしで、この簡易かんい食堂しょくどうの日系にっけいの店主てんしゅがカウンターに両手りょうてをつき、六ろく人にんの白人はくじん女性じょせいたちを静しずかに見みていた。

女性じょせいたちは、ストゥールを降おりた。いまこの六ろく人にんだけに通用つうようしている冗談じょうだんに、六ろく人にんがそれぞれに笑わらいながら、ドアにむかって歩あるいた。彼女かのじょたちは、ふりかえって店主てんしゅに華はなやかに挨拶あいさつをした。奥おくの調理ちょうり場じょうのドアから出でて来きた日系にっけいの女性じょせいにも、手てを振ふったり笑わらいながら冗談じょうだんを言いった。店主てんしゅの奥おくさんらしい年齢ねんれいのその日系にっけいの女性じょせいは、おだやかな笑顔えがおで白人はくじんの女性じょせいたちを見送みおくった。

女性じょせいたちは、ぼくのうしろを一いち列れつになって歩あるいていった。彼女かのじょたちが着きている、それぞれに華はなやかで鮮明せんめいな色いろと柄がらの服ふくが、ぼくの周辺しゅうへん視界しかいのなかを正面しょうめんのドアにむけて動うごいていった。彼女かのじょたちは、店みせを出でた。

外そとにとまっていた小型こがたの観光かんこうバスが、ドアのすぐまえまで、まわりこんで来きていた。女性じょせいたちは、雨あめのなかを、そのバスに乗のりこんだ。全員ぜんいんが乗のってドアを閉とじ、バスは発進はっしんした。ドライヴァーが、ぼくのほうを見みていた。ぼくは、手てを振ふった。ドライヴァーは、退屈たいくつそうにウインクをしてみせた。

バスは窓まどごしの視界しかいから見みえなくなり、そのあとを追おって、クライスラーのセダンも、雨あめを受うけとめながら、ゆっくりと走はしっていった。

店みせのなかは、静しずかになった。ぼくと白人はくじん青年せいねんとは、顔かおを見合みあわせた。どちらからともなく、苦笑くしょうした。店主てんしゅが、その苦笑くしょうに加くわわった。

「平和へいわなにぎやかさというものも、なかなか捨すてがたいけれど、平和へいわな静しずかさというものも、やはりいいものだね」

と、白人はくじんの青年せいねんが言いった。店主てんしゅも含ふくめて、ぼくたちは彼かれの意見いけんに賛成さんせいだった。

店主てんしゅが、ぼくのまえに来きた。

「こんな時間じかんでも、ドーナツはありますか」

と、ぼくはきいた。

店主てんしゅは、うなずいた。そして、

「YEAH」

と、こたえた。四よん文字もじで出来できている平凡へいぼんなひと言ことによる返事へんじだったが、ハワイに生うまれて育そだった日系にっけいの二に世せいの発音はつおんとして、完璧かんぺきだった。その完璧かんぺきさのなかに、ぼくは懐なつかしさを覚おぼえた。

「それから、コーヒーと」

「OK」

店主てんしゅはカウンターのなかをまっすぐむこうへ歩あるき、ドアから調理ちょうり場じょうに姿すがたを消けした。

肩かたごしにふりかえって、ぼくは窓まどの外そとを見みた。雨あめが降ふっていた。その雨あめを、ぼくは見みた。しばらく雨あめを見みてから、体からだのむきを変かえ、カウンターに両肘りょうひじをついた。水みずの入はいっているグラスを持もち、アイス・ウォーターを飲のんだ。

「この雨あめは、なかなかのものだね」

と、白人はくじん青年せいねんが言いった。

ぼくは、彼かれに顔かおをむけた。

「雨あめは好すきかい」

と、微笑びしょうしながらぼくはきいた。

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