聴いてくれている人たちを、たちまちにして過去へ連れ去ることを唯一の目的としている私たち、および私たちの局、といううたい文句のそのAM局は、今日、火曜日の午後二時すぎ、ジョニー・ホリデーという名前のついているDJが、リスナーたちを一九六四年へ連れもどそうとしていた。
一九二〇年代から一九七〇年代までの五十年間が、このAM局が扱う領域だ。この五十年間のなかからさまざまに時代をこまかく区切っては、その区切った期間のなかでのヒット・パレードを、出来るかぎり当時の雰囲気そのままに、DJが再現してみせる。あるいは、かつて北アメリカの各地で実際にラジオ局で放送されたDJ番組やヒット・パレード番組のテープを手に入れてきて、それをそのまま放送する。そのままと言ってもたとえば当時のコマーシャルは使用出来ないから、その部分は編集でとりのぞいてしまう。番組の途中に入ってくるアナウンスメントや短い臨時ニュースなどは、しかし、当時のままにしてある。権利関係や契約が複雑で、昔のオン・エア・テープをそのまま使うことが出来ない場合は、そのテープをもとに、当時のDJの雰囲気や喋りかたをうまく真似することの出来るDJが、当時をシミュレートしてテープを作っていく。そして、それを放送する。現在のアナウンスメントや現在のニュースを流すときには、その前後でアナウンサーがしつこくその旨、ことわっている。
一九六四年、オハイオ州クリーヴランドのWHKというAM局でDJとして活躍していたジョニー・ホリデーのヒット・パレード番組は、一九六四年に実際にオン・エアされたテープをそのまま使っての放送だという。
一九六四年。遠い昔だ。ほとんどなにも覚えていない。ときとして、ぼくたちは、あまりにも速やかに、さまざまなことを忘れてしまうようだ。
ジョニー・ホリデーのDJと、彼がつづっていくヒット・パレードを聴いていると、忘れていたさまざまなことをすこしは思い出すだろうか。かんかん照りの暑い日の昼寝にちょうどいい番組だが、ぼくはフォード・グラナーダでホノルルの一角を走っている。どこかへむかっているわけではない。グラナーダで走る目的は、なにもない。しいて目的をあげるなら、ひとつまえの第十九章でその発端だけをとりあえずぼくが書いたようなストーリーを、さて、どうやってふくらまし、どんなふうに構成し、登場人物たちをどのように造形し、ディテールをどんなふうに決めていけばいいのかというようなことに関して、フォード・グラナーダのなかでぼんやりと考えをめぐらすことだ。こんなふうになんの用もなしに自動車で走っているとき、ぼくはいいアイディアを思いつくことが多い。
一九六四年、オハイオ州クリーヴランドのWHK局、ジョニー・ホリデーのヒット・パレード番組では、ボブ・アンド・アールの『ハーレム・シャフル』が終わったところだ。この曲の名前は、何度も聞いたことがある。しかし、曲自体をはじめから終わりまでカー・ラジオで聴きとおしても、ぼくの内部では一九六四年とつながってはこなかった。
地元ウォーレンズヴィル・ハイツにある同名のハイスクールのバスケット・ボール・チームを讃える歌のあと、ステーション・ジングルに続いて、メリー・ウエルズの『マイ・ガイ』という歌が、はじまった。
この歌は、何度も聞いたことがある。ただし、聞いた回数のうち、メリー・ウエルズによるのが半分、そして残りの半分は、スモーキー・ロビンスンによるものだろう。
メリー・ウエルズの歌の、最後の音が消えかかると同時に、その音の上に、バドワイザーのコマーシャルが重なった。一九六四年といえば、偉大なる社会やトンキン湾事件をぼくでも思い出すが、そんなこととはまったく関係がないような、まるで反対の方向へ底抜けに徹底したようなコマーシャルだった。
WHK局のニュース番組のコマーシャルに続いて、歌はホンデルズの『リトル・ホンダ』だった。ホンダをもじって、ホンデルズなのだ。この歌のずっとむこうに、たとえば、一九六四年の夏、ハーレムで起こった黒人の暴動を、『タイム』や『ニューズウィーク』に掲載された何枚もの写真として、ぼくは思い出す。
ザ・デキシー・カップスの『愛の教会』をへて、一九六四年モデルのランブラーのコマーシャルを聞いたりすると、当時がようやくすこしだけ蘇ってくる。ランブラーのコマーシャルのなかでは歌が使用されていたが、この歌は一九五八年のヒット曲『ビープ・ビープ』に、コマーシャルとしての詞をつけなおしたものだ。
続いて、レニー・ウエルチの『きみに惚れて以後』という歌がかかった。きみに惚れて以来、せつなくて苦しくてかなわん、という内容の、とてもよく出来たメロディー・ラインを持ったバラッドだ。
バラッドのあとは、ソーセージのコマーシャルだった。地元クリーヴランドで一九六四年に人々の人気を集めていた、カーンズのウイーナ・ソーセージは赤いばらのマークだったという。カーンズのスペリングは、ケイ・エイ・エイチ・エヌ・アポストロフィ・エス。このカーンズのウイーナがいかに美味であるかを説得するために使用されるいくつもの言葉を、ひとつひとつ浮けとめていたら、ぼくはソーセージを食べたくなった。
ソーセージのコマーシャルと連続して、突然、小さな子供が口をきいた。やっと言葉を喋ることが出来るようになった年齢の子供が、
「うちのママはWHKレイディオを聴いてます」
と、言った。WHK局の、プロモだ。大事なひと言を喋ったその小さな子供の性別は、見当がつかなかった。
ベティ・エヴェレットの『シュープ・シュープ・ソング』が続いた。タイトルには、記憶がある。しかし、歌った女性の名前、ベティ・エヴェレットをも思い出すことは、ぼくには出来ない。