← Library‹ 時差のないふたつの島 21

外そとは陽ひざしの強つよい、暑あつい午後ごごだが、家いえのなかの空気くうきは、ひんやりとしていた。設計せっけいが巧たくみだから、家いえのなかのどこにいても、適当てきとうな間隔かんかくを置おいて、ふと風かぜの動うごきを体からだに感かんじることが出来できた。

家具かぐや調度ちょうどは、借かりたときからこの家いえに付属ふぞくしていたものだと、花子はなこは言いった。住すんでいるとは言いっても、休暇きゅうかを過すごしているだけだから、いつもの彼女かのじょの日常にちじょうは、家いえのなかになかった。雑多ざったになりがちな日常にちじょうを、ごく単純たんじゅんなものへと気持きもちよく削けずり落おとして残のこったものだけが家いえのなかにあるという、すっきりとした快適かいてきさは、家いえのなかを案内あんないしてもらったぼくにとっても、快適かいてきだった。

暑あつい日ひのために、花子はなこはハーブ・ティーをいれてくれた。居間いまで、ぼくたちはそのハーブ・ティーを飲のんだ。ぼくは居間いまの片方かたほうのソファにすわり、彼女かのじょは居間いまのスペースの反対はんたい側がわにあるイージー・チェアにすわった。

ハーブ・ティーは、ミントの葉はが基本きほんとなっていた。そのミントに、何なん種類しゅるいものハーブが複雑ふくざつに微妙びみょうに混合こんごうされていた。ボーン・チャイナのカップのなかは、複雑ふくざつな味あじと香かおりとの熱あつい充実じゅうじつだった。

外そとにある気温きおんの高たかさや陽ひざしの強つよさ、そしてそれに対比たいひする家いえの内部ないぶのひんやりとした心地ここちよさ。このふたつのあいだに、彼女かのじょがいれてくれたハーブ・ティーは、みごとに中立ちゅうりつだった。このような本当ほんとうの中立ちゅうりつは、まったく異ことなったふたつのものをすんなりと結むすびつける機能きのうを果はたす。

ぼくは、そのハーブ・ティーを飲のんだ。顔かおをあげてふと部屋へやのむこうを見みると、彼女かのじょもイージー・チェアに端正たんせいにすわり、おなじハーブ・ティーを飲のんでいた。

居間いまの広ひろいスペースをあいだに置おいて、ぼくたちは微笑ほほえましあった。

「あなたとここでこんなふうに出来できるなんて、つい一いち時間じかんほどまえには、思おもってもみなかったことだわ」

花子はなこが言いった。

「ぼくも、おなじ気持きもちだ」

「どうして、ここでストーリーを書かくことになったの?」

この質問しつもんからはじまって一いち時間じかん、ぼくと彼女かのじょとは、ぼくがこれから書かこうとしているひとつのストーリーに関かんして、会話かいわをおこなった。その会話かいわだけをそのまま書かいていくと、次つぎのようになる。

「ぼくのエディターに頼たのまれたのさ。しばらく場所ばしょを変かえて、ついでに気分きぶんも変かえてきますとぼくが彼女かのじょに言いったら、気分きぶんを変かえたさらにそのついでに、ストーリーをひとつ書かいてきてほしいと、依頼いらいされたんだ。せっかくここへ来くるのだから、この島しまを舞台ぶたいにしてストリートがひとつ出来できないかしらと、彼女かのじょは言いうんだ」

「女性じょせいのエディターなのね」

「素敵すてきな人ひとだよ。こんど、東京とうきょうで紹介しょうかいしよう」

「依頼いらいを引ひき受うけたのね」

「書かけたら書かいてみる、とだけ言いったのだけど、やはり書かけませんでしたと、彼女かのじょに伝つたえるのはつらい。だから、書かいてしまったほうがいい」

「この島しまへ来きて、どのくらいになるの?」

「まだ二に週間しゅうかんだよ」

「そのあいだ、なにをしてたの?」

「ストーリーを捜さがしていた。それに、新あたらしい利口りこうなタイプライターを買かったし、そのタイプライターで、短みじかい文章ぶんしょうをいくつか書かいた。練習れんしゅうさ。きみのことも、書かいたよ」

「私わたくしのなにについて書かいたの?」

「いつだったか、マウイのホテル・ハナ・マウイでいっしょだっただろう。あのときのことさ」

「読よみたいわ」

「読よませてあげる。ぼくの部屋へやへ帰かえると、その文章ぶんしょうはタイプライター用よう紙しの箱はこのなかに、まだなにも書かいてない紙かみといっしょに入はいっている」

「読よみたいわ。ぜひとも」

「ぜひとも、読よんでくれ。きみ以外いがいのことについて書かいた文章ぶんしょうも、よかったら読よんでくれ。どれもみな、この島しまのことだ」

「明日あす」

「いいよ」

「ストーリーそのものは、まだ、なんにも書かいていないのね」

「書かいていない。さっきも言いったとおり、ひと言ことで言いってしまえるようなかたちのアイディアがひとつ、浮うかんだばかりだから」

「美人びじんで素敵すてきな双子ふたごの姉妹しまいが、ひとりの男性だんせいを愛あいしてしまう物語ものがたり」

「そうだね」

「読よむのは楽たのしくても、書かくのは難むずかしそうだわ」

「だからこそ、書かくのさ」

「のさ」

「そうなのさ」

「ストーリの舞台ぶたいは、この島しまなのね」

「主ぬしとして、この島しま。東京とうきょうが出でてきてもいいし、ほかのどこが出でてきても構かまわないんだ」

「美人びじんの双子ふたご姉妹しまい」

「うん」

「そっくりなのね」

「すくなくとも、外見がいけんは、ほんとにそっくりで、しかも、たいへんに美うつくしい」

「どちらかが姉あねで、どちらかが妹いもうとね」

「そう」

「年齢ねんれいは?」

「いまのきみとおなじでいいよ」

「そのふたりが、ひとりの男性だんせいを愛あいしてしまう。どんな男性だんせいなの?」

「たとえば、ぼく。現実げんじつの男性だんせいに即そくして考かんがえたほうが、考かんがえやすいかもしれない」

「だったら、私わたくしは、美人びじんの双子ふたご姉妹しまいの、姉あねのほうだわ」

「ふたりはこの島しまで知しり合あう。そして、愛あいしあう」

「簡単かんたんなのね」

「プロセスは、あとから考かんがえればいいんだ。まず、ストーリーの骨格こっかくをつくらないといけない」

「ふたりは、愛あいしあう」

「そうだよ」

「ラヴ・ストーリーって、主役しゅやくのふたりにとって、どこかになんらかの問題もんだいが生しょうじなくてはいけないみたいね。ふたりの愛あいの行いくてに立たちはだかる、なにか粋いきではない、やっかいな現実げんじつ問題もんだい」

「ふたりがすんなりと愛あいしあうようになってしまうのはいいのだけど、その愛あいがそのまますんなりと続つづいていっては、ストーリーにならない、ということだね」

「そうね。ふたりが愛あいしあったが故ゆえに、なにか困こまったことが起おこってこないと」

「なにがいいだろう」

「なにかしら。男性だんせいのほうは、どんな仕事しごとをしているの?」

「時間じかんが自由じゆうになる男おとこがいいね。ぼくのような職業しょくぎょう」

「あなたは、ストーリーを書かくのが職業しょくぎょうなの?」

「これは趣味しゅみかな」

「確たしかに、時間じかんは自由じゆうになったほうがいいわね。素敵すてきな女性じょせいエディターの依頼いらいを受うけて、この島しまへストーリーを書かきに来きている、ひとりの男性だんせい。その男性だんせいが、双子ふたご姉妹しまいの姉あねと、ある日ひ、知しりあう。ふたりは、愛あいしあうようになる。さて、そこから、どうなるの?」

「さあ」

「女性じょせいエディターの存在そんざいが、気きになるわね」

「彼女かのじょは、そのままにしておこう。ストーリーのなかに登場とうじょうしてくるとしても、後半こうはんになってからのほうがいいな」

「では、そうしましょう。愛あいしあって、楽たのしい日々ひびが続つづいて」

「一いち年ねんが経過けいかしていった、というのはどうだ」

「いいわよ。でも、その一いち年間ねんかんを、順序じゅんじょどおりずっと書かいていくの?」

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