外は陽ざしの強い、暑い午後だが、家のなかの空気は、ひんやりとしていた。設計が巧みだから、家のなかのどこにいても、適当な間隔を置いて、ふと風の動きを体に感じることが出来た。
家具や調度は、借りたときからこの家に付属していたものだと、花子は言った。住んでいるとは言っても、休暇を過ごしているだけだから、いつもの彼女の日常は、家のなかになかった。雑多になりがちな日常を、ごく単純なものへと気持ちよく削り落として残ったものだけが家のなかにあるという、すっきりとした快適さは、家のなかを案内してもらったぼくにとっても、快適だった。
暑い日のために、花子はハーブ・ティーをいれてくれた。居間で、ぼくたちはそのハーブ・ティーを飲んだ。ぼくは居間の片方のソファにすわり、彼女は居間のスペースの反対側にあるイージー・チェアにすわった。
ハーブ・ティーは、ミントの葉が基本となっていた。そのミントに、何種類ものハーブが複雑に微妙に混合されていた。ボーン・チャイナのカップのなかは、複雑な味と香りとの熱い充実だった。
外にある気温の高さや陽ざしの強さ、そしてそれに対比する家の内部のひんやりとした心地よさ。このふたつのあいだに、彼女がいれてくれたハーブ・ティーは、みごとに中立だった。このような本当の中立は、まったく異なったふたつのものをすんなりと結びつける機能を果たす。
ぼくは、そのハーブ・ティーを飲んだ。顔をあげてふと部屋のむこうを見ると、彼女もイージー・チェアに端正にすわり、おなじハーブ・ティーを飲んでいた。
居間の広いスペースをあいだに置いて、ぼくたちは微笑しあった。
「あなたとここでこんなふうに出来るなんて、つい一時間ほどまえには、思ってもみなかったことだわ」
花子が言った。
「ぼくも、おなじ気持ちだ」
「どうして、ここでストーリーを書くことになったの?」
この質問からはじまって一時間、ぼくと彼女とは、ぼくがこれから書こうとしているひとつのストーリーに関して、会話をおこなった。その会話だけをそのまま書いていくと、次のようになる。
「ぼくのエディターに頼まれたのさ。しばらく場所を変えて、ついでに気分も変えてきますとぼくが彼女に言ったら、気分を変えたさらにそのついでに、ストーリーをひとつ書いてきてほしいと、依頼されたんだ。せっかくここへ来るのだから、この島を舞台にしてストリートがひとつ出来ないかしらと、彼女は言うんだ」
「女性のエディターなのね」
「素敵な人だよ。こんど、東京で紹介しよう」
「依頼を引き受けたのね」
「書けたら書いてみる、とだけ言ったのだけど、やはり書けませんでしたと、彼女に伝えるのはつらい。だから、書いてしまったほうがいい」
「この島へ来て、どのくらいになるの?」
「まだ二週間だよ」
「そのあいだ、なにをしてたの?」
「ストーリーを捜していた。それに、新しい利口なタイプライターを買ったし、そのタイプライターで、短い文章をいくつか書いた。練習さ。きみのことも、書いたよ」
「私のなにについて書いたの?」
「いつだったか、マウイのホテル・ハナ・マウイでいっしょだっただろう。あのときのことさ」
「読みたいわ」
「読ませてあげる。ぼくの部屋へ帰ると、その文章はタイプライター用紙の箱のなかに、まだなにも書いてない紙といっしょに入っている」
「読みたいわ。ぜひとも」
「ぜひとも、読んでくれ。きみ以外のことについて書いた文章も、よかったら読んでくれ。どれもみな、この島のことだ」
「明日」
「いいよ」
「ストーリーそのものは、まだ、なんにも書いていないのね」
「書いていない。さっきも言ったとおり、ひと言で言ってしまえるようなかたちのアイディアがひとつ、浮かんだばかりだから」
「美人で素敵な双子の姉妹が、ひとりの男性を愛してしまう物語」
「そうだね」
「読むのは楽しくても、書くのは難しそうだわ」
「だからこそ、書くのさ」
「のさ」
「そうなのさ」
「ストーリの舞台は、この島なのね」
「主として、この島。東京が出てきてもいいし、ほかのどこが出てきても構わないんだ」
「美人の双子姉妹」
「うん」
「そっくりなのね」
「すくなくとも、外見は、ほんとにそっくりで、しかも、たいへんに美しい」
「どちらかが姉で、どちらかが妹ね」
「そう」
「年齢は?」
「いまのきみとおなじでいいよ」
「そのふたりが、ひとりの男性を愛してしまう。どんな男性なの?」
「たとえば、ぼく。現実の男性に即して考えたほうが、考えやすいかもしれない」
「だったら、私は、美人の双子姉妹の、姉のほうだわ」
「ふたりはこの島で知り合う。そして、愛しあう」
「簡単なのね」
「プロセスは、あとから考えればいいんだ。まず、ストーリーの骨格をつくらないといけない」
「ふたりは、愛しあう」
「そうだよ」
「ラヴ・ストーリーって、主役のふたりにとって、どこかになんらかの問題が生じなくてはいけないみたいね。ふたりの愛の行くてに立ちはだかる、なにか粋ではない、やっかいな現実問題」
「ふたりがすんなりと愛しあうようになってしまうのはいいのだけど、その愛がそのまますんなりと続いていっては、ストーリーにならない、ということだね」
「そうね。ふたりが愛しあったが故に、なにか困ったことが起こってこないと」
「なにがいいだろう」
「なにかしら。男性のほうは、どんな仕事をしているの?」
「時間が自由になる男がいいね。ぼくのような職業」
「あなたは、ストーリーを書くのが職業なの?」
「これは趣味かな」
「確かに、時間は自由になったほうがいいわね。素敵な女性エディターの依頼を受けて、この島へストーリーを書きに来ている、ひとりの男性。その男性が、双子姉妹の姉と、ある日、知りあう。ふたりは、愛しあうようになる。さて、そこから、どうなるの?」
「さあ」
「女性エディターの存在が、気になるわね」
「彼女は、そのままにしておこう。ストーリーのなかに登場してくるとしても、後半になってからのほうがいいな」
「では、そうしましょう。愛しあって、楽しい日々が続いて」
「一年が経過していった、というのはどうだ」
「いいわよ。でも、その一年間を、順序どおりずっと書いていくの?」