← Library‹ 時差のないふたつの島 22

ぼくがこれから書かくストーリーの、これまでに作つくり得えたアウトラインをひとつの円えんだとすると、その円えんは、おおまかではあるけれども誰だれの目めにも円えんに見みえるまでに、すでに成長せいちょうしている。ひとつの円形えんけいが、ぼくの手てもとにある。

そのおおまかな円えんのうち、およそ半分はんぶんは、ハンナとの会話かいわで、内部ないぶを埋うめることが出来できた。残のこりの半分はんぶんをぼくならぼくがひとりで作つくると、円えんの内部ないぶはいちおう埋うまる。そのことによって、おおまかな円えんは、さらにきれいな円えんになっていくだろう。ぜんたいの輪郭りんかくが出来できたなら、円えんの内部ないぶのあちことにあるはずのたくさんの隙間すきまを、ひとつずつ埋うめていけば、やがて準備じゅんびはすべて調ととのう。

会話かいわを適当てきとうなところで切きりあげ、ぼくはハンナの家いえを出でた。ポーチまで、彼女かのじょが見送みおくってくれた。今夜こんやの夕食ゆうしょくは、早はやめの時間じかんにふたりでとることを、ぼくと彼女かのじょは約束やくそくした。待まち合あわせの場所ばしょと時間じかんとを、ぼくたちは決きめた。

ハンナが借かりている家いえのドライヴ・ウエイから道路どうろへ、リヴァース・ギアでグラナーダを出だしていきながら、ぼくは庭にわぜんたいの造つくりを観察かんさつした。たとえば夜よる遅おそくに自動じどう車しゃで帰かえって来きたとして、その自動じどう車しゃを庭にわに停とめ、正面しょうめんのポーチから家いえのなかに入はいるまで、その人ひとには照明しょうめいが当あたり続つづけるような造つくりになっていた。そして、その人ひとの姿すがたは、いろんな方向ほうこうから見みとおすことが出来できるし、その人ひとから見みて、不安ふあんや危険きけんを感かんじる物影ものかげは、ひとつもなかった。よく出来できたフロント・ヤードだ。

道路どうろは、西陽にしびの時間じかんだった。西にしにまわって深ふかく落おちはじめた太陽たいようの光ひかりが、ウインド・シールドごしに、まっすぐにグラナーダの内部ないぶに射さしこんできた。その西陽にしびにむかって、ぼくはグラナーダを走はしらせた。

アラ・ワイのゴルフ・コース、H1、そしてカパフル・アヴェニューとカピオラニ・ブールヴァードとで囲かこまれ三角さんかく地帯ちたいのなかで、ぼくは道みちに迷まよった。おなじところをぐるぐるとまわったあげく、カイムキを捜さがしあて、逆ぎゃくにいきかけて気きづいてひきかえし、ワイアラエ・アヴェニューから南みなみベレタニア・ストリートに入はいった。西陽にしびの時間じかんにこのベレタニア・ストリートをゆっくり西にしにむけて自動じどう車しゃで走はしるのが、ぼくは好すきだ。

走はしりながら、ぼくは、ふと思おもいついた。西陽にしびをうしろから受うけとめつつ、順光じゅんこうでカラカウア・アヴェニューを走はしりたい、ということを思おもいついたのだ。なぜそんなことをしたくなるのか、自分じぶんでもよくわからない。ほとんどなんの理由りゆうもなく、ただ思おもいついた。

どこかで東ひがしにむけてUターンをしなくてはいけない。どこがいいだろうかと、ぼくは考かんがえた。語感ごかんとしては、ペンサコーラ・ストリートがいい。ベレタニア・ストリートは一方いっぽう通行つうこうで西にしへむかう。そして、ペンサコーラ・ストリートは、これも一方いっぽう通行つうこうで南みなみへむかう。ペンサコーラを南みなみへむかい、カピオラニ・ブールヴァード経由けいゆで、アラ・ワイ運河うんがの西側にしがわからカラカウア・アヴェニューに入はいる。そんなルートを、ぼくは考かんがえた。

運河うんがを渡わたるとすぐに、観光かんこうのための虚構きょこうの街まちなみがはじまった。ワイキキのまんなかを、このアヴェニューは抜ぬけていく。

うしろから西陽にしびが射さしてくる。フォード・グラナーダから見みえるすべてのものが、その西陽にしびの、濃こい光ひかりのなかにあった。年としを追おってけたたましさの度合どあいを高たかめていく、雑然ざつぜんとしたワイキキも、この光ひかりのなかにあるときには、たいていのものが許ゆるせてしまう。冬ふゆの、淡あわい光ひかりと通とおり雨あめとが交錯こうさくする季節きせつも悪わるくないが、もっとも基本きほん的てきな状態じょうたいは、この季節きせつのこの西陽にしびだ。

ウールワースのまえにある交差こうさ点てんの赤あか信号しんごうで、自動じどう車しゃの列れつは止とめられた。そして、そこで停止ていしした瞬間しゅんかん、ひらめいた。なぜそんな時ときにひらめくのか、当事とうじ者しゃであるぼくにもわからないが、一瞬いっしゅんのうちにすべてが解決かいけつするひらめきがあった。ハンナとの会話かいわをとおして前半ぜんはんが出来できたぼくのストーリーの、後半こうはんが、そのひらめきによって、あっけなく出来できてしまった。

姉あねが不帰ふきの人ひととなったあとに、まるで姉あねと入いれちがいのように、そして、生うまれかわりのように、妹いもうとが彼かれのまえに登場とうじょうする。

彼かれにとっては、愛あいしてやまなかった姉あねが生いきかえって再ふたたび自分じぶんのまえに現あらわれたようであり、彼かれの心こころは動揺どうようする。動揺どうようは、やがて、傾斜けいしゃへと変化へんかする。妹いもうとへの傾斜けいしゃだ。外見がいけんはかつて自分じぶんが愛あいした女性じょせいと寸分すんぶんたがわぬ妹いもうとに対たいして、彼かれの心こころは傾斜けいしゃしていく。姉あねとの愛あいを、こんどは妹いもうとを相手あいてに、もう一いち度ど、やりなおすような気持きもちで、彼かれは妹いもうとへ傾斜けいしゃしていく。昨日きのうよりも今日きょうのほうが、そして、今日きょうよりも明日あすのほうが、彼女かのじょへの傾斜けいしゃは急きゅうになる。

妹いもうとは、そのことをよく知しっている。姉あねが愛あいした彼かれを、自分じぶんも、姉あねとおなじように愛あいしてみたくなる。というよりも、彼かれにはじめて会あうまえから、妹いもうとは、姉あねから聞きかされていた彼かれを、愛あいしていた。

妹いもうとは、彼かれに対たいして、姉あねの代役だいやくを務つとめる。姉あねへの思おもいがまだ強つよく残のこっている彼かれにとって、妹いもうとは、けなげにも、もうひとりの姉あねになろうとする。性格せいかくはちがっていても、妹いもうとは、その気きになりさえすれば、ほぼ完璧かんぺきに、姉あねを演えんじることが可能かのうなのだ。そして、妹いもうとにとって、愛あいする男性だんせいのために愛あいする姉あねを演えんじるのは、うれしいことなのだ。

うまくいきそうに見みえて、じつはやがてうまくいかなくなる。妹いもうとが姉あねの代役だいやくを演えんじてくれていることが、彼かれにはわかる。妹いもうとはじつに見事みごとに姉あねであり、代役だいやくをそのまま受うけ入いれていけばそれはそれで不思議ふしぎに快適かいてきなのだが、彼かれはそうすることが出来できない。

姉あねの代役だいやくとしての妹いもうとを自分じぶんが愛あいするのは、妹いもうとにとって悲かなしすぎる。そして、妹いもうと自身じしんとして彼女かのじょを愛あいするには、妹いもうとは姉あねにそっくりすぎる。そっくりすぎる事実じじつを乗のりこえたとしても、そして、妹いもうとを妹いもうと自身じしんとして愛あいしたとしても、妹いもうとの心こころのどこかには、姉あねの代役だいやくの意識いしきが残のこるはずだ。どちらの道みちをとっても、その道みちは悲かなしい。

だから彼かれは、妹いもうとを愛あいするのを、やめる。彼女かのじょは彼かれにとって大事だいじな人ひとであり、貴重きちょうな、かけがえのない女性じょせいではあるけれど、愛あいの対象たいしょうにはなり得えない。ものすごく貴重きちょうではあるけれど、愛あいすることは出来できないという二律にりつ背反はいはんのなかに、彼かれは自分じぶんをみつける。

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