そのホテルのプライベート・ビーチに接してすぐわきに、万能のダイニング・ルームがある。天蓋のような簡単な造りの屋根が、ホテルの建物からビーチにむけて、大きく張り出している。その天蓋の下にあるスペースのすべてが、ダイニング・ルームだ。
ここは、朝がいちばんいい。強く風が吹き、豪雨が降っている朝、ここで朝食を食べると、たいへんに気分がいい。横殴りの雨が、テーブルの上の朝食のすべてに降りかかる。朝食の時間は、正午近くまで続く。空はまっ青、そして陽ざしはことのほか強い正午に、ここで昼食をとるのも悪くない。ビーチのすぐわきに席をとる。海を見渡せるし、海からの風も、昼食のうちだ。
昼食の時間がおわってから夕方までの、あいまいな時間にここにひとりでいると、これはこれで快適だ。西からの光が、海面に対して平行になっていきつつある午後遅くのこの時間は、天蓋の外にあるテーブルが、ぼくのお気にいりだ。適当な距離をとって丸いテーブルがいくつか配してあり、そのテーブルのひとつひとつに、パラソルが立っている。
海を目のまえに見ながら、西陽を右斜めからフルに受けとめる位置のテーブルをぼくは希望し、受け持ちのウェイトレスはそのテーブルにぼくをすわらせてくれた。
新品の夕刊をテーブルの上に置き、ぼくは両腕をテーブルに乗せた。海を見た。海からの風を、顔に受けた。テーブルには、花と灰皿があった。灰皿は、すこし遠くから見ると、ピンクの球体のように見える。事実、それは球体であり、内部は中心の部分を芯のように円筒形に残し、そのほかはくり抜いてある。優雅な遠い昔、たとえば一九三〇年代を思わせる、懐かしい灰皿だ。その灰皿に西陽が当たるのを、ぼくは見た。
ふと顔をめぐらせ、ダイニング・ルームの入口を見ると、ウェイトレスやウェイターたちを統率する役割の日系のおばさんが、ぼくのほうを見ていた。ぼくは彼女に挨拶し、彼女はにっこりと微笑した。
「奥さんはどうしたの?」
と、彼女は言った。
ぼくがひとりでここへ来ると、いつも決まって、彼女はこう言う。昔からそうだ。ぼくは彼女を、昔から知っている。
「奥さんと言ってもいろいろいるから、番号で言ってくれないとわからないですよ」
日本語にするとこんなに長くなるが、英語だとわずか二語ですむ冗談としての返答を、ぼくは彼女に返した。呆れてものも言えない、という表情をおおげさに作り、首を振り、彼女は自分の仕事に戻った。
ぼくのテーブルを受け持っているウェイトレスが、コーヒーを持って来てくれた。新顔のウェイトレスだ。ぼくとの短いやりとりから推測すると、彼女は東欧の人だ。東ヨーロッパを出てまだ間もない。
ぼくは、テーブルの上の夕刊を見た。新品の折りたたんだ夕刊に、西陽が当たっていた。美しい光景だ。この夕刊は、だいたいにおいて面白くもなんともないが、ときたま、たいへんいいストーリーが掲載してある。だからこそ夕刊なのだ。
斜め左のテーブルを、ぼくは見た。そのテーブルには、中年の白人女性が、ひとりでいた。きわめて淡い金髪の、ほっそりした体つきの女性だ。簡素だけれどよく身についた夏の薄いドレスを、彼女は着ていた。半袖から出ている腕のいたるところに、そばかすがあった。
彼女は、ほぼ正面から、西陽を受けとめていた。金髪のおくれ髪が、風に揺れていた。彼女は、手紙を書いていた。テーブルのむこうの端にバッグが横たえてあり、その手まえには、ノート、ペーパー・バックその他、こまごまとしたものが出ていた。
彼女は、ヒールのあるサンダルを、脱いでしまっていた。ストッキングに包まれた足を、心地良さそうに芝生の上に置いていた。彼女のサンダルの片方が、横むきに倒れていた。土踏まずからかかとにかけて、西陽がくっきりと照らしていた。
気持ちを集中させて、彼女は手紙を書いた。その様子を、ぼくは、見るともなく見た。彼女のような感じのいい中年の女性が、西陽のなかで一心に手紙を書いているのを見るのは、一種の快感だった。彼女のおくれ髪が風に小さくなびくその動きと、ぼくの顔に当たる風のリズムとが、同調していた。
バッグの手まえに出ている一冊のペーパー・バックに、ぼくは視線をむけた。しおりのかわりに、なにか小さなカードがはさんであった。彼女は、このペーパー・バックを、読みはじめたばかりだ。ペーパー・バックの背中が、こちらをむいていた。タイトルと著者名を、ぼくは読んだ。著者の名は、パトリシア・リヴィングストンだった。
パトリシア・リヴィングストン。どこかで聞いた名前だ、とぼくは思った。思った瞬間、あるいは、思い終わった瞬間、ぼくは思い出した。この島の北側の小さな食堂で知り合ったサーフボードのシェイパー、フレッド・バーソロミューから教えられた名前だ。彼がかつてつきあっていた、作家をめざしていた女性が、パトリシア・リヴィングストンという名前だった。
よくある名前だ。同一人物だろうか。テーブルの上で西陽を受けとめているそのペーパー・バックを身ながら、ぼくは、自分の心臓の鼓動がすこしだけ早くなっていくのを自覚した。西陽の当たるテーブルで、一冊のペーパー・バックの背中を身ながら、ぼくは心臓の鼓動を意識していた。
バーソロミューが言っていた、あのパトリシア・リヴィングストンだろうか。タイトルは、きわめて洒落ていて、なおかつ絶妙にひねりがきいている。パトリシア・リヴィングストンという名前は、平凡な名前だ。おなじ名前の人が何人もいて、そのうちのさらに何人かが、作家であったりあるいは作家をめざしていたりしても、すこしもおかしくはない。
しばらく、ぼくは、そのまま時間をやり過ごした。心臓の鼓動は、早くなったままだった。西陽はすこしも変わらずに明るく強く、風には海の香りがあり、金髪の彼女は真剣に手紙を書き続けた。
パトリシア・リヴィングストンという女性が著者になっているそのペーパー・バックは、どこでも手に入れることの出来る種類のペーパー・バックだった。ホノルルの書店でも、きっと手に入るだろう。