かつては洗濯部屋だったところが、スライドや16ミリ・フィルムの映写室になっていて、いま僕たち四人はその部屋のなかにいる。映写時間にして五十分ほどの16ミリ・フィルムを、これからみんなで見ようというのだ。窓が北に面してひとつしかなく、その窓のブラインドを降ろすだけで、この部屋は昼間でもまっ暗にすることが出来る。
16ミリ映写用のスクリーンには、透明なリーダー・フィルムをとおって来た黄色い光線が、四隅を丸く落とした横長の四角をかたちづくっていた。そのリーダー・フィルムに焼きこまれている数字が、スクリーンに映写され始めた。楽に読みとれるスピードで、その数字は0から9、8、7、6、5、4、3、2とカウント・ダウンされ、最後に数秒間、1の数字が残った。
数字が消えると、いきなり、黄金色に染めあげられた波の広がりが、スクリーンいっぱいに映った。朝のまだ早い時間の波だ。朝陽と夕陽、それに昼間の陽とでは、波に映ったときの色調がまるで異なるし、波から照り返される輝きも完全に異なっている。
コオラウとワイアナエのふたつの山塊を越え、東から昇って来たばかりの太陽を斜めに受けて、その波は太陽の光をさまざまに乱反射させながら、四フィートから五フィートほどの高さに盛りあがっては砕けた。それだけを見続けてもけっして飽きることのない、見ている人の全身をたやすくのみこんでしまうリズムの繰り返しが展開された。
そしてあるときいきなり、その波の広がりぜんたいが、高く持ちあげられていった。高速度で撮影されたフィルムなので、海ぜんたいが、いつまでもどこまでも、高く隆起していくかのように感じられた。海の底に眠るすさまじい生命力を持った巨大な生物が、ひと思いにその身の丈いっぱいに立ちあがっていくようだった。
広角レンズによって二十フィートから三十フィートの横幅でフィルムにカラーでとらえられた海が、左右へ不規則なテンポで交互に傾き始めた。エマニュエルが乗っていたサーフボードのテールの部分が、一瞬、スクリーンの左端に映った。
スクリーンのなかの海ぜんたいは、なおも盛りあがって高さを増していきつつあった。急速にふくれあがっていくかなり荒れた海の上を、撮影カメラは右に向けて移動し始めた。
カメラが右へ移動するにしたがって、スクリーンに映っている海は左を低く右を高くして斜面をかたちづくっていき、その斜面が一定の角度を越えると、波は太陽の光を受けなくなった。
波のうねりは黄金色に輝くのをやめ、重くて濃い緑色の海へと変わっていった。と同時に、波の香りと音が、部屋いっぱいに広がっていくような錯覚を、僕たちは覚えた。いくつにも波が重なり合った斜面は、急勾配へとせりあがり、ほぼ垂直な分厚い水の壁となってそこに立つかに見えたとき、ゆっくりと水平に戻った。
見る者を圧倒する波の量と、スローモーションで落とされたそのスピードとの落差、そして絶えることなくスクリーンの底から沸きあがって来る無数の飛沫が、フィルムにとらえられた波を現実の波を超えたなにか違った存在へと、変化させていた。
カメラの位置がふたたび変わっていった。サーフボードの上に両膝をつくか、あるいは両膝を深く折って乗っていたエマニュエルが、波にあわせて両脚をのばし、サーフボードの上にまっすぐに立った。そのときの彼の体の動きをそのまま、スクリーンの映像をとおして僕たちは感じた。
エマニュエルは頭にヘルメットをかむっていた。撮影カメラはそのヘルメットに取り付けられている。カメラの位置が高くなると、そのカメラによってとらえられた光景もまた、変化した。緑色の海の沖に向かって、カメラは起きあがるような姿勢をとった。数百フィート離れたところで黄金色に輝いている部分を映しとってさらに水平線を、そして、早朝の淡いブルーの空や、まだ暗さの抜けきっていない低くこもった雲を、カメラはとらえた。
エマニュエルがサーフボードの上に立ちあがった瞬間、その大波の頂は、彼のサーフボードの直下にあった。波をつかまえるポイントをたくみにつかんだエマニュエルは、そのときすでに五十フィートの高さを持っていた波のいちばん高いところまで、サーフボードに乗ってのぼりついていた。
水平線や空までをも含めた遠いところをとらえる位置にカメラがあるとき、高低の差にして五十フィートほどの移動は、スクリーンに映し出された画面のなかでは、さほどの変化をともなわない。十五メートルの大波の頂に立ちあがっていく連続した瞬間という、体のバランスがもっとも強く要求されている重要なとき、ヘルメットをかむった頭を動かすことにより、カメラがとらえる光景をエマニュエルはみごとに変化させた。
十五メートルの波がその高さをきわめたとき、エマニュエルはすでにサーフボードの上に立っていた。ボードの上に腹ばいになり、必死のパドリングでたった一度のその一瞬しかあり得ないテイクオフのタイミングをつかまえ、大波の頂上にロングボードを十文字に交叉させるかたちでひっかけた。そして、そこから彼はひと息に立ちあがった。
そこまで見ただけでも、充分に息の根が止まるほどにスリリングだった。映写室のフロアにすわりこんだ僕たちは、ろくに呼吸も出来ないほどの状態で、スクリーンを見つめていた。
ボードの上に立ちあがると同時に、エマニュエルはまず空を仰ぎ見るようにのけぞった。すさまじい飛沫を無限に跳ね飛ばしながら、身の丈いっぱいに分厚く盛りあがった波の裏側の暗い斜面を、僕たちはスクリーンの上に見ることが出来た。吸いこまれ、暗い底めがけてどこまでも落ちていきそうな斜面だった。
エマニュエルが頭を前に倒すと、カメラは彼の背後にある波をとらえた。切り立った水のスロープの向こうに、広角で撮影された海が続き、さらに空がスクリーンにあらわれた。現実の時間にすれば二秒か三秒でしかないのだが、スローモーションでひき延ばされると、そのわずかな時間は永遠へと接近した。