なだらかな丘の斜面は日本人墓地だった。平凡に起伏する斜面だ。しかし夜の暗さのなかでは、なにか特別なことのためにつくった土地のような、独特の雰囲気が生まれていた。湾のほうに向いて大小さまざまな墓石が立っていた。月の光を受け、どれもみな白く光った。
丘と丘とのあいだを北にまわりこむと、眼下に河が見えた。遊覧船がのぼり降りする、幅のあるゆるやかな流れだ。河は銀色にうねりつつ、山裾の谷間に消えていた。
コンクリートの橋を渡った。太鼓橋のように丸みのついた古風な橋だ。橋の上から見下ろす川沿いの小さな平野は、タロイモ畑だ。水田のような畑と重なり合うイモの葉が、ここでも濡れたように銀色に輝いて見えた。
もうひとつ小さな橋を渡った。シダの葉の茂みの下に、まっ赤なアンスリアムの花がいくつも咲いていた。そのさらに下に、ささやかな地下水脈から流れ出た渓流が走っていた。
道の片側に牧場が広がった。シルエットになっているユウカリプタスの並木の向こうに、牧草が月明かりに濡れていた。反対側は畑だ。キャベツが出来ている。地面にならぶひとつひとつのキャベツが、複雑な小さい影だった。
風の香りや肌ざわりが変わった。標高のある谷間の風だ。湾からここまで、たいした距離ではない。だが高度はかなり増している。山裾をぬう道路は意外な急勾配だ。
遠く眼下に湾が見えた。押し寄せて来る何本ものうねり波が月光に輝いた。月の位置が高くなったから、海ぜんたいが彫りの深さを失っていた。チューブ波が右から左へ、夜の彼方に可愛らしく走った。
道路は二本に分かれた。分岐点の三角地帯にオヒア・レフアの樹が、何本も立っていた。深紅の花がいくつもついていた。ぜんたいをトゲで囲まれた、栗の実をまっ赤にしたような花だ。
左の道にジープを向けた。このままさらにのぼっていくと、このジープを貸してくれたサンフォード・カマカニの家がある。サンフォードはもう六十歳を越える、ハワイ系の血を濃くひいた男だ。誰もが彼のことをパニオロと呼んでいる。
パニオロとは、ハワイ語でカウボーイのことだ。僕がさきほど途中で見た牧場で、彼は少年の頃からカウボーイとして働いてきた。このあたりでパニオロといえば、サンフォード・カマカニのことだ。
カウボーイであると同時に、パニオロはミュージシャンでもある。ハワイの伝統音楽に深く根ざした音楽をこよなく愛し、自分が生まれて育ったハワイに対する愛情を音楽で表現することに関して、いつだってたいへんな情熱を持っている。スティール・ギター、十二弦ギター、ウクレレ、ハワイアン・パーカッション、普通のギター、ベースと、手近な楽器はなんでもこなす、練達のミュージシャンだ。
涼しい谷間の風に乗って、音楽が聞こえて来た。パニオロの家のテラスで、パニオロや息子たち、そして近くに住むミュージシャンの友人たちが、今夜も音楽を作っている。それが聞こえて来るのだ。
パニオロたちの音楽が、夜の風のなかにふっと聞こえる瞬間を言葉で説明するのは、とても難しい。月光や風の香り、花の甘さなどに絶妙に溶けこんだその音楽は、人が作ったものとは思えない。ハワイの自然のなかに、太古の昔から生き続けてきた生き物のようだ。自分たちの音楽を、パニオロたちは、自分たちの島に対する永遠に変わらないラヴ・ソングだ、と言っている。
道の行きどまりにパニオロの家があった。もともと樹が多いところへ、ハワイにある植物の全種類をパニオロが家のまわりに植えたから、うっそうたる熱帯樹林のなかに埋まるようにして、パニオロの家は建っている。
木造二階建ての立派な家だ。まわりの自然に溶けこむよう、凝った部分はなにもないが、頑丈に素朴につくった建物には、独特の風格があった。昔、ハワイに宣教のために渡って来た宣教師の子孫が、住んでいた家だ。家の裏にはアヒルを飼う池もある。宣教師の子孫が事情あってアメリカ本土に帰ることになったとき、送別パーティで聴いたパニオロの音楽に感激し、彼にこの家を進呈した。
家の前の、林に囲まれたスペースの奥に、僕はジープを停めた。そして家に入った。居間の籐椅子にカメハメハがいた。パニオロの家の、賢い飼犬だ。精悍な顔を僕に向けた。声をかける僕に、カメハメハはうなずいた。カメハメハというハワイ名をアメリカ人ふうに縮めると、キャームだ。この犬をキャームと呼ぶと、犬は知らん顔をしている。
手すりのついた階段を僕は二階へあがった。そしてテラスに出た。パニオロといつもの常連たちが全員、テラスにいた。全員が合奏をしていた。少しはずれて、パニオロの奥さん、マティルダが、巨体を椅子に預け、音楽に聴き入っていた。
テラスに入って来た僕を見て、マティルダは足もとのアイスボックスを示した。冷やしたビールが、大きなアイスボックスのなかにつまっていた。
瓶入りのプリモを二本取り出し、僕は栓抜きで蓋を開けた。空いているアルミ・パイプの椅子をふたつ、テラスの端まで引っぱっていき、それにすわった。もうひとつの椅子は、両脚を乗せるためだ。谷間の涼しい風が、テラスに心地良く吹き渡った。星空を仰いで僕はビールを飲んだ。冷たさが気絶しそうなほど心地良かった。
音楽を作り出している人たちを、僕は見た。中央にパニオロ。いまはスティール・ギターを弾いている。彼の左側に四人の息子たちがいた。キース。レイモンド。ハーバート、そしてアルバート。四人とも父親にそっくりだ。ハワイ系のたくましい体だ。キースがウクレレ。レイモンドがティプル。ハーバートとアルバートはギターを持っていた。
サンフォード・パニオロ・カマカニの右側には、彼の古くからの友人がふたりいた。大きなウッド・ベースをギターのように膝にかかえて弾いている、白髪のハイラム・フォン。中国系の名前だが、彫刻のように美しく際立った顔に東洋は感じられない。その隣にマーカス・カアイラウ。体ぜんたいどこもかしこもまん丸に肥っていて、突き出た太鼓腹の上にギターを乗せている。彼もフォンとおなじく、パニオロの幼な友だちだ。