← Library‹ 波乗りの島 アイランド・スタイル 4

なだらかな丘おかの斜面しゃめんは日本にっぽん人にん墓地ぼちだった。平凡へいぼんに起伏きふくする斜面しゃめんだ。しかし夜よるの暗くらさのなかでは、なにか特別とくべつなことのためにつくった土地とちのような、独特どくとくの雰囲気ふんいきが生うまれていた。湾わんのほうに向むいて大小だいしょうさまざまな墓石はかいしが立たっていた。月つきの光ひかりを受うけ、どれもみな白しろく光ひかった。

丘おかと丘おかとのあいだを北きたにまわりこむと、眼下がんかに河かわが見みえた。遊覧ゆうらん船せんがのぼり降ふりする、幅はばのあるゆるやかな流ながれだ。河かわは銀色ぎんいろにうねりつつ、山裾やますその谷間たにまに消きえていた。

コンクリートの橋はしを渡わたった。太鼓たいこ橋きょうのように丸まるみのついた古風こふうな橋はしだ。橋はしの上うえから見下みおろす川沿かわぞいの小ちいさな平野へいやは、タロイモ畑ばたけだ。水田すいでんのような畑はたけと重かさなり合あうイモの葉はが、ここでも濡ぬれたように銀色ぎんいろに輝かがやいて見みえた。

もうひとつ小ちいさな橋はしを渡わたった。シダの葉はの茂しげみの下したに、まっ赤かなアンスリアムの花はながいくつも咲さいていた。そのさらに下したに、ささやかな地下ちか水脈すいみゃくから流ながれ出でた渓流けいりゅうが走はしっていた。

道みちの片側かたがわに牧場ぼくじょうが広ひろがった。シルエットになっているユウカリプタスの並木なみきの向むこうに、牧草ぼくそうが月明つきあかりに濡ぬれていた。反対はんたい側がわは畑はたけだ。キャベツが出来できている。地面じめんにならぶひとつひとつのキャベツが、複雑ふくざつな小ちいさい影かげだった。

風かぜの香かおりや肌はだざわりが変かわった。標高ひょうこうのある谷間たにまの風かぜだ。湾わんからここまで、たいした距離きょりではない。だが高度こうどはかなり増ましている。山裾やますそをぬう道路どうろは意外いがいな急きゅう勾配こうばいだ。

遠とおく眼下がんかに湾わんが見みえた。押おし寄よせて来くる何なん本ほんものうねり波はが月光げっこうに輝かがやいた。月つきの位置いちが高たかくなったから、海うみぜんたいが彫ほりの深ふかさを失うしなっていた。チューブ波はが右みぎから左ひだりへ、夜よるの彼方かなたに可愛かわいらしく走はしった。

道路どうろは二に本ほんに分わかれた。分岐ぶんき点てんの三角さんかく地帯ちたいにオヒア・レフアの樹きが、何なん本ほんも立たっていた。深紅しんくの花はながいくつもついていた。ぜんたいをトゲで囲かこまれた、栗くりの実じつをまっ赤かにしたような花はなだ。

左ひだりの道みちにジープを向むけた。このままさらにのぼっていくと、このジープを貸かしてくれたサンフォード・カマカニの家いえがある。サンフォードはもう六十ろくじゅう歳さいを越こえる、ハワイ系けいの血ちを濃こくひいた男おとこだ。誰だれもが彼かれのことをパニオロと呼よんでいる。

パニオロとは、ハワイ語ごでカウボーイのことだ。僕ぼくがさきほど途中とちゅうで見みた牧場ぼくじょうで、彼かれは少年しょうねんの頃ころからカウボーイとして働はたらいてきた。このあたりでパニオロといえば、サンフォード・カマカニのことだ。

カウボーイであると同時どうじに、パニオロはミュージシャンでもある。ハワイの伝統でんとう音楽おんがくに深ふかく根ねざした音楽おんがくをこよなく愛あいし、自分じぶんが生うまれて育そだったハワイに対たいする愛情あいじょうを音楽おんがくで表現ひょうげんすることに関かんして、いつだってたいへんな情熱じょうねつを持もっている。スティール・ギター、十じゅう二に弦げんギター、ウクレレ、ハワイアン・パーカッション、普通ふつうのギター、ベースと、手近てぢかな楽器がっきはなんでもこなす、練達れんたつのミュージシャンだ。

涼すずしい谷間たにまの風かぜに乗のって、音楽おんがくが聞きこえて来きた。パニオロの家いえのテラスで、パニオロや息子むすこたち、そして近ちかくに住すむミュージシャンの友人ゆうじんたちが、今夜こんやも音楽おんがくを作つくっている。それが聞きこえて来くるのだ。

パニオロたちの音楽おんがくが、夜よるの風かぜのなかにふっと聞きこえる瞬間しゅんかんを言葉ことばで説明せつめいするのは、とても難むずかしい。月光げっこうや風かぜの香かおり、花はなの甘あまさなどに絶妙ぜつみょうに溶とけこんだその音楽おんがくは、人ひとが作つくったものとは思おもえない。ハワイの自然しぜんのなかに、太古たいこの昔むかしから生いき続つづけてきた生いき物もののようだ。自分じぶんたちの音楽おんがくを、パニオロたちは、自分じぶんたちの島しまに対たいする永遠えいえんに変かわらないラヴ・ソングだ、と言いっている。

道みちの行いきどまりにパニオロの家いえがあった。もともと樹きが多おおいところへ、ハワイにある植物しょくぶつの全ぜん種類しゅるいをパニオロが家いえのまわりに植うえたから、うっそうたる熱帯ねったい樹じゅ林りんのなかに埋うまるようにして、パニオロの家いえは建たっている。

木造もくぞう二に階かい建だての立派りっぱな家いえだ。まわりの自然しぜんに溶とけこむよう、凝こった部分ぶぶんはなにもないが、頑丈がんじょうに素朴そぼくにつくった建物たてものには、独特どくとくの風格ふうかくがあった。昔むかし、ハワイに宣教せんきょうのために渡わたって来きた宣教せんきょう師しの子孫しそんが、住すんでいた家いえだ。家いえの裏うらにはアヒルを飼かう池いけもある。宣教せんきょう師しの子孫しそんが事情じじょうあってアメリカ本土ほんどに帰かえることになったとき、送別そうべつパーティで聴きいたパニオロの音楽おんがくに感激かんげきし、彼かれにこの家いえを進呈しんていした。

家いえの前まえの、林はやしに囲かこまれたスペースの奥おくに、僕ぼくはジープを停とめた。そして家いえに入はいった。居間いまの籐とう椅子いすにカメハメハがいた。パニオロの家いえの、賢かしこい飼犬かいいぬだ。精悍せいかんな顔かおを僕ぼくに向むけた。声こえをかける僕ぼくに、カメハメハはうなずいた。カメハメハというハワイ名めいをアメリカ人にんふうに縮ちぢめると、キャームだ。この犬いぬをキャームと呼よぶと、犬いぬは知しらん顔かおをしている。

手てすりのついた階段かいだんを僕ぼくは二に階かいへあがった。そしてテラスに出でた。パニオロといつもの常連じょうれんたちが全員ぜんいん、テラスにいた。全員ぜんいんが合奏がっそうをしていた。少すこしはずれて、パニオロの奥おくさん、マティルダが、巨体きょたいを椅子いすに預あずけ、音楽おんがくに聴きき入いっていた。

テラスに入はいって来きた僕ぼくを見みて、マティルダは足あしもとのアイスボックスを示しめした。冷ひやしたビールが、大おおきなアイスボックスのなかにつまっていた。

瓶びん入いりのプリモを二に本ほん取とり出だし、僕ぼくは栓抜せんぬきで蓋ふたを開あけた。空あいているアルミ・パイプの椅子いすをふたつ、テラスの端はしまで引ひっぱっていき、それにすわった。もうひとつの椅子いすは、両脚りょうあしを乗のせるためだ。谷間たにまの涼すずしい風かぜが、テラスに心地良ここちよく吹ふき渡わたった。星空ほしぞらを仰あおいで僕ぼくはビールを飲のんだ。冷つめたさが気絶きぜつしそうなほど心地良ここちよかった。

音楽おんがくを作つくり出だしている人ひとたちを、僕ぼくは見みた。中央ちゅうおうにパニオロ。いまはスティール・ギターを弾ひいている。彼かれの左側ひだりがわに四よん人にんの息子むすこたちがいた。キース。レイモンド。ハーバート、そしてアルバート。四よん人にんとも父親ちちおやにそっくりだ。ハワイ系けいのたくましい体からだだ。キースがウクレレ。レイモンドがティプル。ハーバートとアルバートはギターを持もっていた。

サンフォード・パニオロ・カマカニの右側みぎがわには、彼かれの古ふるくからの友人ゆうじんがふたりいた。大おおきなウッド・ベースをギターのように膝ひざにかかえて弾ひいている、白髪はくはつのハイラム・フォン。中国ちゅうごく系けいの名前なまえだが、彫刻ちょうこくのように美うつくしく際立きわだった顔かおに東洋とうようは感かんじられない。その隣となりにマーカス・カアイラウ。体たいぜんたいどこもかしこもまん丸まるに肥ふとっていて、突つき出でた太おうの鼓腹こふくの上うえにギターを乗のせている。彼かれもフォンとおなじく、パニオロの幼おさな友ともだちだ。

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