← Library‹ 波乗りの島 アイランド・スタイル 5

湾わんに面めんしたこの小ちいさな町まちは、いまのハワイに現存げんそんする古ふるき佳きハワイとしては、最後さいごのものではないだろうか。観光かんこう地ちとしての開発かいはつはおどろくべきことにまだゼロだし、ホテルは湾わんのなかの小ちいさな港みなとの向むかいに、木造もくぞう二に階かい建だてのが一いち軒けんあるきりだ。町まちのメイン・ストリートは、湾わんのいちばん奥おくの部分ぶぶんに沿そって、ゆっくり歩あるいても二十にじゅう分ふんとかからない短みじかさだ。この短みじかいメイン・ストリートが、町まちの中心ちゅうしんになっている。

町まちなみは時代じだいを超越ちょうえつしている。建物たてものはまだほとんどが木造もくぞうで、どれもみな相当そうとうの年代ねんだいものだ。戦前せんぜんのものすらある。あまりにも古ふるい建物たてものは、ひなびた田舎町いなかまちの風情ふぜいをとおり越こして危険きけんですらあるのだが、建たて替かえて新あたらしくすることは、出来できるかぎり控ひかえられている。

日没にちぼつの時間じかん、たとえばいまのように、メイン・ストリートの端はしに立たって町まちの中心ちゅうしんのほうを見みると、海うみに面めんした建物たてものはくすんだ黄金色こがねいろに染そまり、海うみを背せにした家いえなみは淡あわいシャドーのなかだ。

人ひとどおりが早はやくもなくなっている。だが店みせはまだ開ひらいている。建物たてもののたたずまいは一いち九きゅう二に〇れい年ねん代だいのハワイだと言いっても充分じゅうぶんに通用つうようする。いくつかの看板かんばんに目めかくしをすれば、一いち九きゅう〇れい〇れい年ねん代だいと言いってもおかしくはない。タイム・マシーンで遠とおい過去かこに帰かえった気分きぶんになる町まちだ。

ジープで走はしって来きた僕ぼくは、町まちの西にしのはずれにあるショッピング・センターの駐車ちゅうしゃ場じょうに入はいった。空あいているスペースにジープを停とめ、郵便ゆうびん局きょくへいった。階段かいだんをあがった正面しょうめんの壁かべに、私書ししょ箱はこがならんでいる。

パニオロ宛あてに届とどいている郵便ゆうびん物ぶつを、僕ぼくは箱はこから出だした。奥おくさんのマティルダに頼たのまれたのだ。定期ていき購読こうどくの雑誌ざっしが三さん種類しゅるいに、ダイレクト・メールらしいものが何なん通つうかあった。

ジープの運転うんてん席せきの下したに郵便ゆうびん物ぶつを置おき、僕ぼくはショッピング・センターを出でた。町まちの中心ちゅうしんに向むかって歩あるいた。雑貨ざっか店てんの隣となりに玉突たまつき屋やがあった。道路どうろに面めんした古風こふうな窓まどが、つっかい棒ぼうに支ささえられて開ひらいていた。開あけ放はなったドアに寄よりかかり、地元じもとのティーンエージャーが罐かまビールを飲のんでいた。

いちばん奥おくの台だいで、ラリー・デイヴィスが常連じょうれんを相手あいてにローテーションをしていた。パニオロの自宅じたくに、さきほど、ラリーは電話でんわをした。空港くうこうから町まちの玉突たまつき屋やまでヒッチハイクして来きたから、車くるまで迎むかえに来きてくれと彼かれは言いった。

玉たまを狙ねらって台だいにかがみこんでいたラリーは、顔かおをあげた。人好ひとずきのする顔かおの片側かたがわだけを使つかって、彼かれは微笑びしょうした。

「よう」

「ご苦労くろうさん」

「チューブはどうだい」

サーファーの言いうことは、いつもきまっている。ふた言げんめには波なみの話はなしだ。

「海うみに哮ほえられたというじゃないか。ほんとなのか」

「ラッセルが言ゆうには、不吉ふきつな出来事できごとの前兆ぜんちょうだそうだ」

「あいつは、なんだって不吉ふきつな出来事できごとにしてしまう」

ラッセルはサーファー仲間なかまのひとりだ。昨年さくねんから大学だいがくにかよいなおし、ハワイ史しを勉強べんきょうしている。

「不吉ふきつな出来事できごとではあるけれど、ちっぽけな人間にんげんの個々ここの意志いしや運命うんめいを超越ちょうえつしたスケールの出来事できごとだと、彼かれは言いってた」

「そのうち空そらでも落おちて来くるんだろう」

冗談じょうだんのような口くちをきいているが、ラリーはじつは真剣しんけんなのだ。湾わんの沖おきのチューブ波はで僕ぼくが聞きいたあの奇怪きっかいな音おとを、自分じぶんも聞きいてみたいという。サーファーとしての熱意ねついと好奇こうき心しんに支ささえられ、彼かれはこの島しまへ来きた。

玉たまのコースを見みるために台だいのまわりを歩あるきながら、

「そうだ。忘わすれるところだった」

と、ラリーは、古ふるびたフレンチ・ジーンズのポケットに手てを入いれた。折おりたたんだ航空こうくう便びんの手紙てがみを一いち通つう、引ひっぱり出だした。台だい越ごしに僕ぼくに差さし出だした。

日本にっぽんのサーファーからだった。彼かれが日本にっぽんからハワイの波なみを体験たいけんしに来くると、僕ぼくはいつも彼かれに会あっている。空あいている玉突たまつき台だいに腰こしを降おろし、僕ぼくは手紙てがみの封ふうを切きった。手書てがきしてある英文えいぶんの手紙てがみを読よんだ。これが英文えいぶんと呼よべるかどうかは大おおいに疑問ぎもんだが、彼かれが英語えいごで喋しゃべるときのことを思おもい出だしながら読よむと、意味いみはつかめる。

ハワイの波なみを讃たたえる言葉ことばと、ハワイや僕ぼくに対たいする懐なつかしさを表現ひょうげんする言葉ことばが、最初さいしょの二に枚まいのレターペーパーを埋うめていた。本題ほんだいは三さん枚まい目めからだった。

自分じぶんの友人ゆうじんの友人ゆうじんに、ハワイ音楽おんがくのバンドを作つくっている日本にっぽん人にん青年せいねんたちがいる。本格ほんかく的てきなハワイ音楽おんがくを熱心ねっしんに演奏えんそうしている彼かれらが、このたびハワイへ初はじめて旅たびをすることになった。あなたの電話でんわ番号ばんごうと住所じゅうしょを教おしえ、ぜひ訪たずねるように言いってあるので、よろしく頼たのむ。

以上いじょうのような内容ないようだ。パニオロたちに紹介しょうかいしたら楽たのしいだろう。僕ぼくはその楽たのしさを想像そうぞうしてみた。

「空そらが落おちて来くる日時にちじは書かいてないかい」

ラリー・デイヴィスが冗談じょうだんを言いった。

玉突たまつき屋やで一いち時間じかんほどすごし、僕ぼくとラリーはショッピング・センターの駐車ちゅうしゃ場じょうまで歩あるいた。空そらも海うみも、そして町まちなみも、燃もえるような黄金色こがねいろだった。陽ひが沈しずむのだ。

ジープでパニオロの自宅じたくに帰かえった。玄関げんかんのポーチで利口りこうなカメハメハが僕ぼくたちを迎むかえてくれた。居間いまにパニオロがいた。ボブ・ラインハートやジェニファー、それに録音ろくおんのための技師ぎしたちもいっしょだった。録音ろくおんスタッフと器材きざいは、昨日きのう、この島しまに到着とうちゃくした。

ジェニファーがラインハートと腕うでを組くんでいた。僕ぼくとジェニファーのつきあいも十じゅう年ねん以上いじょうになる。このところ忙いそがしさにかまけて、ジェニファーの相手あいてをしていない。ジェニファーはラインハートの底そこなしの優やさしさに惹ひかれている。だから彼女かのじょはラインハートといつもいっしょだ。彼女かのじょはラインハートにまかせておこう。

「録音ろくおんはここですることになった」

パニオロが居間いまを示しめした。

「音響おんきょう特性とくせいがものすごくいいんだそうだ」

「特別とくべつ注文ちゅうもんしてスタジオをつくっても、こうはいかないよ」

録音ろくおんのいっさいに関かんする最高さいこう責任せきにん者しゃ、グレン・ペパマンがそう言いった。グレンはたくましい男おとこだ。陸軍りくぐん官給かんきゅう品ひんのくすんだオリーヴ色いろのTシャツの、両袖りょうそでを切きり落おとしたものを着きている。胸むねの厚あつみは岩いわのようだし、両腕りょううでの太ふとくて節ふしくれだった様子ようすは、古代こだいハワイの戦士せんしを思おもわせた。兵隊へいたい用ようの作業さぎょうズボンに重おもいブーツでしなやかに歩あるきまわる姿すがたは、海兵かいへい隊たいあがりのタフでプロに徹てっした傭兵ようへいを連想れんそうさせる。

だが彼かれは録音ろくおんのエキスパートであると同時どうじに、優秀ゆうしゅうな音楽おんがく家かでもある。現代げんだい音楽おんがくの傑作けっさくとして後世こうせいに残のこるオーケストラ作品さくひんを、いくつも作つくっている。

「ここで録音ろくおんするのはいいけれど、カメハメハをどうするかだな」

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