北の岬のなかほどから、僕たちは湾を見ていた。空がまっ青だ。岬の上空に、岬のかたちのままに、白い雲が浮かんでいる。まぶしく銀色に光る雲だ。
湾の海底が透けて見える。浅い部分の海水は淡いグリーンだ。海底にある岩のひとつひとつが、手にとるようにわかった。いきなり深くなる珊瑚礁の棚の縁が、直線になって湾の沖を南から北へふさいでいる。海の色がその部分で急に深いブルーに変化している。これも一目瞭然だ。
沖から波が来る。直線の峰が海面上を走るように湾に向かい、浅瀬に乗りあげ、高くのびあがる。そしてチューブ波へと、自らを巻きこんでいく。美しい光景だった。ぜんたいの、すべてが、美しい。
水平線。その上空に積み重なっている、たくましい雲。海原の広がり。青い空。充満している鮮烈な太陽光線。白いアーチを逆落としにしてこちらへ走って来るチューブ波。湾内の浅瀬。黒い砂の海岸。椰子の林。その向こうに見える町なみ。山裾のスロープ。深い谷間。牧場。畑。そして、そういったものすべての背後にそびえている険しい山の量感。そこにあるべきものすべての、あるがままの姿は、やはり美しい。
岬の足場に僕は三脚を立てた。望遠レンズをつけた一眼レフ・カメラを三脚に取り付け、チューブ波に焦点を合わせた。チューブはいつに変わらぬ見事さだ。少し強いオフ・ショアの風を正面から受けて、波のスロープは鏡のように滑らかだ。
空間に張り出して来る水のアーチが、今日は分厚い。風に押し戻されるため、アーチの張り出していく速度はいつもよりわずかに遅く、そのためにアーチの内部に粘りのあるパワーが張りつめる。
僕はファインダーから目を離した。かたわらに立っているボブ・ラインハートを見上げた。ラインハートの栗色の髪が風に吹き乱れた。
「見えるかい」
彼が訊いた。
「見える。素晴らしい」
僕はラインハートと位置を変わった。そして両腕を高くあげ、湾の沖にいるラリー・デイヴィスたちに合図を送った。赤、白、そして黄色のサーフボードにまたがって、ラリー、ジェニファー、そしてパニオロの美しいひとり娘セシリアが、沖に浮かんでいた。
高い波が沖から進んで来る。振り返って僕たちを見ていたラリーが、パドリング開始のポイントまで出ていった。
「最初にラリーがチューブに入る。そのままカメラを動かさずに見ていれば、彼のチューブ・ライディングのすべてが見える」
ラインハートは、ファインダーに目を押しつけていた。
波が近づいた。ジェニファーとセシリアがその波をやりすごした。珊瑚礁の棚に激突して行き場を失い、空中へふくれあがっていく波の背面で、ラリーが完璧に波と一体になったパドリングをしていた。
のびあがりきった波の頂上でボードに立ちあがったラリーは、上体をのけぞらせて陸風をやりすごし、次の瞬間、ボードの先端に体重をフルに移し、テイクオフをおこなった。風にあおられて舞いあがる飛沫の内部に、ラリーの体は隠れた。赤いサーフボードの先端が突き出て来て陽にきらめき、両腕を広げて腰を低くしたラリーが、スロープの頂上に出て来た。
チューブ波が進む方向に向かって斜めのテイクオフだ。スロープを斜めに切り裂き、ボトムめがけて滑降して来る。ボードのテールからまっ白い航跡がのび、アーチになろうとする頂上へ急速にたくしあげられ、巻きこまれていく。陽焼けしたラリーの体が波に濡れ、陽に輝く。
華麗さとパワーをみごとに融合させたターンで、ラリーはボトムをえぐり取った。飛沫が噴水のようにあがるなかを、垂直に近いスロープを下から上へ、ラリーはのぼった。リップまであがっていき、叩き返してよこす水の力を完全に利用し、すさまじい反転をこなしてショルダーに飛びこんだ。見なれている僕でさえ、思わず声をあげる。
ラリー・デイヴィスは、生きながらにしてすでに伝説のチューブ・ライダーだ。波のパワーに対して果敢な挑戦を限度いっぱいにおこなうことにより、波のパワーをフルに引っぱり出す。そしてそのパワーを、ほかのサーファーの誰にも真似の出来ない流麗さと力強さとで、常にイマジネーションに満ちたチューブ・ライディングにと、転換させていく。
こちらの岬に向かって走って来るチューブを、カメラの望遠レンズは真横よりやや波の前面にまわった角度から、とらえている。チューブの内部にすっぽりとおさまったラリーが、チューブを相手に抜きつ抜かれつする様子を、ラインハートは望遠レンズで目の前に見た。
絞られて次第に小さくなるチューブの出口に、ラリーの姿が見えた。チューブが閉じるときの飛沫とともに、ラリーはチューブから絞り出されるように飛び出し、二度とおなじものは体験出来ないこのチューブに別れを告げるようにポーズをきめ、波の外側に出ていった。
このようなサーフ・ライディングの現場を、ボブ・ラインハートはいま初めて見る。ファインダーから目を離して立ちあがり、僕に顔を向けたラインハートは、
「なんというパフォーマンスなんだ!」
と、叫んだ。
ラインハートが持っている柔軟な感受性の深さが、彼の表情に出ていた。伝説のチューブ・ライダーのパフォーマンスに、彼はたったいま、心臓をわしづかみにされた。
次のセットではジェニファーがチューブに入ってみせた。強引なテイクオフのあとは、すんなりとチューブのパワーにしたがっていた。続いてセシリアも、ライディングを見せた。チューブに入ってからチューブがなくなるまで、彼女はハング・ファイヴしたままだった。
南太平洋とこの小さな島との決定的な触れ合いの瞬間の深内部に、どのチューブ・ライダーもその生き身を置く。その体験の素晴らしさに、ラインハートは声もなかった。頭上で椰子の葉が風に鳴っていた。