← Library‹ 波乗りの島 アイランド・スタイル 7

僕ぼくから少すこし離はなれたところに、ラリー・デイヴィスがサーフボードに腹はらばいになっている。僕ぼくはボードの中央ちゅうおうにまたがり、上体じょうたいを起おこしている。夜よるだ。湾わんの出口でぐち近ちかくの海うみに、僕ぼくたちふたりは浮うかんでいる。

今夜こんやも星空ほしぞらに青あおい月つきが君臨くんりんしている。月つきの位置いちはすでに高たかい。月つきが昇のぼる時間じかんに合あわせて、僕ぼくとラリーは、パニオロの家いえから黒くろい砂すなの海岸かいがんへ、ジープでやって来きた。そしてサーフボードで沖おきに出でた。

ラリーは何なん度どもチューブ波はに挑戦ちょうせんした。そのたびに、いつものラリーそのままに、限かぎりなく美うつくしくチューブと対決たいけつし、調和ちょうわした。海底かいていからはなんの音おとも聞きこえない、とラリーは言いった。僕ぼくもチューブに入はいってみた。あの夜よるの恐怖きょうふがよみがえった。だがあの不ふ気味きみな音おとは聞きこえなかった。

波なみの上うえで体からだを休やすめながら、僕ぼくたちはチューブ波はを見みている。波なみの裾野すそのから仰あおぎ見みるチューブは、月光げっこうを浴あびて壮絶そうぜつな美うつくしさだ。浅瀬あさせの上うえで高たかさをきわめた波なみがアーチになって空間くうかんへ張はり出だす瞬間しゅんかんから、スロープの根ねもとにまっ白しろい噴火ふんかのように落下らっかしつつ北きたへ走はしるまで、息いきを止とめて見守みまもってしまう。

チューブが走はしりきって消滅しょうめつすると、夜よるの海うみの広ひろがりが、見みているだけですくみあがるような量感りょうかんをたたえて、目めの前まえに横よこたわる。星空ほしぞらと海うみが接せっする水平すいへい線せんのあたりを見みつめていると、無限むげんの空間くうかんの彼方かなたへ引ひきこまれていくような錯覚さっかくが、全身ぜんしんをつかまえる。

「おい、バリー!」

波なみの向むこうから叫さけぶように、ラリーが言いった。ボードに腹はらばいになったまま、彼かれは顔かおを横向よこむきにボードに横よこたえていた。小ちいさな波なみが、彼かれの顔かおに覆おおいかぶさった。顔かおの上うえを流ながれ去さる波なみを、口くちをすぼめて吹ふきとばした。

「保養ほよう地ちをつくる連中れんちゅうは、この湾わんをヨット・ハーバーにするつもりだ」

「完成かんせい模型もけいがもう出来できてるよ」

「どこにあるんだ」

「郡庁ぐんちょうオフィス」

「見みたのか」

「見みた。夢ゆめのように美うつくしい。この地球ちきゅうに最後さいごまで生いき残のこったひとりの男おとこの、死しにぎわの夢ゆめのように」

「ヨット・ハーバーになったら、この波なみもなくなるぞ。海底かいていは深ふかく掘ほりなおされるにきまってるから」

「準備じゅんび段階だんかいの測量そくりょうが、すでに終おわってる」

「とにかく、抵抗ていこうしような」

「やるよ」

陸りくから湾わんを渡わたって海原うなばらへ、風かぜが吹ふいた。濡ぬれた体からだを撫なでるその風かぜのどこかに、音楽おんがくを聞きいたように思おもった。

パニオロの家いえでは、録音ろくおんがおこなわれているはずだ。彼かれらの演奏えんそうが、風かぜに乗のって聞きこえたのだろうか。僕ぼくは夜よるを振ふり仰あおいだ。流ながれ星ぼしが、夜空よぞらのまんなかを、斜ななめに長ながく飛とんだ。

「流ながれ星ぼしだ」

ラリーが言いった。

「きれいなもんだ」

「願ねがいごとはしたかい」

「うっかりしてた」

夜よるの海うみが、広ひろすぎるゆりかごのように、浮うかんでいる僕ぼくたちを揺ゆり動うごかし続つづけた。しばらくして、僕ぼくたちはチューブ波はの外そとに向むかった。もう一いち度どずつ、チューブに入はいることにしたのだ。外そとに出でて位置いちをとった。ラリーが先さきに波なみをつかまえる。彼かれは波なみを待まった。

月つきが頭上ずじょうほぼ真上まうえだ。僕ぼくたちを中心ちゅうしんにして、海うみいっぱいに、銀ぎんの鱗片りんぺんが無数むすうに浮うかび、そのひとつひとつが揺ゆれ動うごいていた。波なみが近ちかづいた。振ふり向むいて距離きょりとスピードをはかっていたラリーが、ふと空そらを仰あおいだ。なにかを探さがすように夜空よぞらのあちこちに目めを向むけた。そして僕ぼくを見みた。

「バリー。聞きいたか」

と、ラリーが言いった。

その瞬間しゅんかん、僕ぼくもおなじ言葉ことばを叫さけんでいた。

「ラリー! 聞きいたかっ!」

うしろから接近せっきんして来くる波なみが、海面かいめんを大おおきく隆起りゅうきさせた。いつに変かわらぬうねり波はのパワーをサーフボード越ごしに全身ぜんしんに感かんじながら、海底かいていごと高たかく持もちあげられるような錯覚さっかくの奥おくにひそむ不ふ気味きみさに、あの音おとが重かさなった。

遠とおい戦場せんじょうから聞きこえる砲撃ほうげきのような、地ちを這はう重じゅう低音ていおんだ。テイクオフには完全かんぜんにおくれたまま、せりあがった波なみの頂上ちょうじょうで、ふたたび僕ぼくたちは音おとを聞きいた。あの夜よるの音おとに似にている。大地だいちが割われて動うごくような音おとだ。だが、伝つたわって来くるのは海底かいていからではない。夜よるの空間くうかんのなかを、その音おとは重おもく波動はどうして来くる。

ふたりの浮うかんでいる波なみが高たかさをきわめていく動うごきと、音おとが急激きゅうげきに大おおきくなっていくことが、重かさなり合あっていた。だから音おとの発生はっせい源げんはこの波なみだという錯覚さっかくが、ごく自然しぜんにふたりをとらえた。

「バリー!」

と叫さけんだラリーは、サーフボードに腹はらばいとなった。両手りょうてでレールをつかんでいた。僕ぼくもサーフボードの上うえに伏ふせた。

やりすごした波なみがアーチになり、北きたの岬みさきに向むかって走はしり出だすと、波なみの隆起りゅうきは低ひくく落おちていった。しかし音おとはさらに大おおきくなった。重おもい音波おんぱが体感たいかん出来できるほどだ。

「ラリー!」

「バリー!」

おたがいに名前なまえを叫さけびあうのが、やっとだった。顔かおをあげて僕ぼくは湾わんの奥おくを見みた。音おとはその方向ほうこうから来きているように思おもえた。周囲しゅういの空気くうきが揺ゆれていた。重おもくて奇怪きっかいな音おとが、完全かんぜんに湾わんを覆おおっていた。その音おとの下もとで僕ぼくたちはふるえた。

湾わんの広ひろがり。黒くろい砂すなの海岸かいがん。椰子やしの林はやし。見みなれた夜よるの光景こうけいが、僕ぼくの目めに映うつった。音おとは大おおきくなりつつ、なおも続つづいていた。その音おとがどこから来くるのか。広ひろがりのある重おもい音おとだから、発生はっせい源げんを特定とくていしにくい。

湾わんに面めんした小ちいさな町まちの明あかり。その町まちのすぐ裏うらに黒くろく迫せまっている山裾やますそ。畑はたけや牧場ぼくじょう。さらに視線しせんをあげ、険けわしくそびえる山やまを僕ぼくは見みた。

「バリー! バリー!」

サーフボードになかば立たちあがったラリー・デイヴィスは、必死ひっしに山やまの頂上ちょうじょうを指ゆびさしていた。山やまは中腹ちゅうふくからいきなり垂直すいちょくに切きり立たつ。深ふかい林はやしは月光げっこうを吸すいこんで黒々くろぐろと底そこなしだ。いつ見みても量感りょうかんのあるその山やまが、横よこに屏風びょうぶのようにつらなっている。平ひらたく夜空よぞらに向むかって突つき出でている頂上ちょうじょうのひとつから、火ひが噴ふき出でていた。

ゆらめく炎ほのおではなく、噴火ふんかだった。噴水ふんすいのように、まっ赤かな火ひのかたまりが夜空よぞらへ噴ふきあがり、空中くうちゅうで粉々こなごなに砕くだけて飛とび散ちった。山やまなみの底そこから絞しぼり出だすような律動りつどうをともなった太ふとい火柱ひばしらが、まっすぐ星空ほしぞらに向むかって立たった。山やまの頂上ちょうじょうは真紅しんくに溶とけ、小ちいさく何なん度ども爆発ばくはつしていた。不ふ気味きみな重おもい音おとは、すべてそこから来きていた。

「バリー! 火山かざんだ! 噴火ふんかしてる!」

ラリーが絶叫ぜっきょうした。

それからしばらく、僕ぼくたちは口くちがきけなかった。動うごくことも出来できなかった。黒くろい山やまの頂上ちょうじょうに視線しせんをしばりつけられたまま、噴火ふんかに見入みいった。

Click a word · hold for the whole sentence 0%