← Library‹ 波乗りの島 アイランド・スタイル 8

パニオロの家いえの近ちかくまでのぼって来きて、急激きゅうげきに視界しかいが浅あさくなった。風かぜで煙けむりが吹ふきおろされ、林はやしのなかに渦うずを巻まいていた。正面しょうめんのポーチではカメハメハが哮ほえていた。音楽おんがく仲間なかまが乗のって来きた車くるまやレイモンドのブルーのコルヴェットなどが、前庭ぜんていに一いち台だい残のこらず停とまっていた。

「みんな、どうしたんだ!」

ラリーが叫さけんだ。

僕ぼくたちは家いえのなかに飛とびこんだ。居間いまには誰だれもいなかった。明あかりが灯ともり、録音ろくおん器材きざいがならび、コードが何なん本ほんもフロアを這はっていた。たったいままで録音ろくおんがおこなわれていた様子ようすだが、人ひとはひとりもいなかった。叫さけんでも返事へんじはなかった。各自かくじの楽器がっきが椅子いすに立たてかけてあった。

ラリーを先頭せんとうに二に階かいへ駆かけあがった。テラスに出でてみた。全員ぜんいんがこちらに背せを向むけ、夜よるの山やまの噴火ふんかを見上みあげていた。濃こい煙けむりが吹ふきつけた。僕ぼくは煙けむりにむせた。溶岩ようがんの細こまかな燃もえかすが、テラスの上うえにばらばらと降ふった。灰はいが夜空よぞらに舞まい狂くるっていた。みんなのうしろ姿すがたは、まるで花火はなび見物けんぶつでもしているかのように、のんびりしていた。

駆かけ寄よった僕ぼくとラリーが、同時どうじに叫さけんだ。

「なにしてるんだ!」

「早はやく避難ひなんしろ!」

全員ぜんいんが振ふり返かえった。恐怖きょうふと畏敬いけいの念ねんが交錯こうさくした表情ひょうじょうが、誰だれの顔かおにもあった。火山かざんの噴火ふんかを、誰だれもが、憑つかれたように見みていたのだ。

「避難ひなんするんだ!」

怒鳴どなりながらラリーもその場ばに釘くぎづけになり、山やまを見上みあげた。

夜よるのなかにいちだんと黒くろく、谷たにのスロープが広ひろがっている。スロープの頂上ちょうじょうから山やまの壁かべがいきなり垂直すいちょくに立たちあがっている。その影かげのうちのひとつ、テラスから北きたに向むけてまっすぐに見上みあげたところにある壁かべが、ぱっくりと縦たてに大おおきく、赤あかい口くちを開ひらいていた。赤あかい溶岩ようがんが大滝おおたきを流ながれ落おちる奔流ほんりゅうのように、あふれ出でて来くる。壁かべを伝つたって落おち、勢いきおいよく空中くうちゅうに噴出ふんしゅつし、火ひのアーチとなって夜よるのなかへ落下らっかしていく。

息いきをのんで茫然ぼうぜんと見上みあげた。燃もえたぎって赤あかく溶とけている地底ちていが、目めの前まえの山やまから噴出ふんしゅつして来くるのだ。爆発ばくはつが起おこった。山頂さんちょうだった。小ちいさな火柱ひばしらが夜よるのなかへ屹立きつりつし、無数むすうの火玉ひだまを跳はね飛とばした。

全員ぜんいんが我われに返かえった。テラスのいちばん端はしまで下さがった。

「溶岩ようがんが流ながれて来くる。こちらへ!」

録音ろくおんスタッフのひとりが叫さけんだ。

山やまの壁かべを縦たてに切きり裂さいた噴火ふんか口くちから流出りゅうしゅつした溶岩ようがんは、山やまの下したのスロープをゆっくりと、低ひくいほうに向むかって流ながれ出だしていた。溶岩ようがんの河かわが出来できつつあった。

その河かわは、表面ひょうめんが黒くろい燃もえかすで覆おおわれている。さらに流ながれて河幅かわはばが広ひろがると、燃もえかすの表面ひょうめんに複雑ふくざつに亀裂きれつが走はしり、その亀裂きれつはまっ赤かに燃もえる網あみの目めになって夜よるの底そこに浮うかびあがる。建物たてものが揺ゆれ続つづけていることに、僕ぼくはようやく気きづいた。

「逃にげろ!」

誰だれかが怒鳴どなった。

誰だれも動うごかなかった。風かぜが強つよくなっていた。灰はいが顔かおや胸むねに当あたった。思おもわずひるむほどに熱あついものもあった。

空そらのどこかに爆音ばくおんが聞きこえた。ヘリコプターの音おとだ。煙けむりが吹ふき飛とばされた空そらの一角いっかくに、ヘリコプターの赤あかと青あおの飛行ひこう灯とうが見みえた。ヘリコプターから照明しょうめい弾だんが射うちあげられた。夜よるの山やまを部分ぶぶん的てきに明あかるく照てらしつつ、照明しょうめい弾だんはパラシュートで落おちていった。

いきなり大地だいちが揺ゆれた。地鳴じなりが空気くうきを揺ゆるがし、大だい爆発ばくはつが起おこった。垂直すいちょくの山やまに出来できた噴火ふんか口くちが、山やまの根ねもとまで裂さけきった。山やまが吹ふっ飛とび、そのかわりに、猛然もうぜんと噴ふきあげる丸まるく巨大きょだいな溶岩ようがんの山やまが現出げんしゅつした。上空じょうくうを旋回せんかいするヘリコプターの腹はらが、爆発ばくはつの明あかりに照てらし出だされた。溶岩ようがんの山やまは底そこから噴ふきあげて火ひを散ちらし、丸まるく盛もりあがる端はしから四方しほうへ流ながれていった。

「逃にげよう」

パニオロが言いった。

全員ぜんいんが弾ひかれたように走はしった。一いち階かいへ降おりた。

「グレン。器材きざいはどうしよう」

スタッフのひとりが訊きいた。

グレンは首くびを横よこに振ふった。

「火山かざんにくれてやれ」

「テープは?」

「ぜんぶ、この罐かまに入はいってる」

足あしもとの機関きかん銃じゅうの弾丸だんがん箱はこのような大おおきな四角しかくい罐かまをふたつ、グレンは指ゆびさした。

「こいつだけ持もって逃にげろ」

家いえの外そとで自動じどう車しゃのホーンが鳴なった。続つづいて制服せいふくの警官けいかんがふたり、飛とび込こんで来きた。

「なにしてるんだ、早はやく避難ひなんしろ!」

血相けっそうを変かえて警官けいかんは怒鳴どなった。

「とっくに逃にげたと思おもったのに」

「町まちは全滅ぜんめつするぞ」

建物たてものぜんたいがひときわ激はげしく揺ゆれた。西側にしがわの大おおきな窓まどのガラスが、大だい音響おんきょうとともに割われて飛とんだ。セシリアが悲鳴ひめいをあげた。楽器がっきだけを持もち、全員ぜんいんが家いえを出でた。トランクに楽器がっきを入いれ、何なん台だいもの車くるまに分乗ぶんじょうした。ジープに乗のろうとした僕ぼくは、パニオロが家いえの裏うらへ走はしるのを見みた。カメハメハが彼かれを追おった。

「パニオロ!」

僕ぼくも彼かれを追おった。

「こら!」

背後はいごから警官けいかんの怒声どせいが飛とんだ。

「引ひき返かえせ!」

家いえの裏うらのアヒル池いけのほとりにしゃがみ、パニオロはアヒルを呼よんでいた。走はしって来きた僕ぼくを見みて、

「七なな羽わいるんだ」

と、彼かれは言いった。

アヒルが池いけの暗くらい水面すいめんを渡わたって来きた。空そらを飛とんで来きた溶岩ようがんの小ちいさなかけらが、まわりの林はやしにいくつも落下らっかした。池いけにも落おちた。油あぶらが煮にえたぎるような音おととともに、湯気ゆげが立たった。

「アヒルなんか、ほっとけ!」

背後はいごで怒鳴どなり声ごえがした。警官けいかんだった。

陸りくにあがった七なな羽わのアヒルを、カメハメハが前庭ぜんていへ優やさしく追おいたてた。

ほかの人ひとたちは車くるまで走はしり去さっていた。ジープとパトロール・カーだけが、前庭ぜんていにとどまっていた。ジープにはラリーが待まっていた。

七なな羽わのアヒルとカメハメハ、それにパニオロと僕ぼくが、ジープに乗のりこんだ。

「もう残のこってる人ひとは、いないな!」

確認かくにんの言葉ことばを警官けいかんが怒鳴どなった。もうひとりの警官けいかんが、家いえのなかから走はしり出でて来きた。

「誰だれもいない。確認かくにんした。OKだ」

キチンの冷蔵れいぞう庫こから持もって来きたプリモを一いち本ほん、警官けいかんはラッパ飲のみした。相棒あいぼうにまわし、相棒あいぼうは僕ぼくにも飲のませてくれた。

ジープのあとをパトロール・カーが追おい、道路どうろを下くだった。少すこし降おりたところで、ラリーはブレーキを踏ふんだ。ジープの速度そくどを徐行じょこうに落おとし、そして停とめた。

「なんだ、あれは」

道路どうろをヘッドライトが照てらしていた。前方ぜんぽうで道路どうろはなくなっていた。左側ひだりがわのスロープから流ながれ落おちて来きた溶岩ようがんに埋うまっているのだ。溶岩ようがんは動うごいていた。ときどき網あみの目めのような亀裂きれつが黒くろい表層ひょうそうに走はしり、その下したの赤あかいマグマが不ふ気味きみに輝かがやいた。

「駄目だめだ。降おりて歩あるこう」

「右側みぎがわのスロープならまだ歩あるける」

七なな羽わのアヒルを腕うでいっぱいに抱いだき、パニオロはカメハメハをつれてスロープを降おりていった。

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