パニオロの家の近くまでのぼって来て、急激に視界が浅くなった。風で煙が吹きおろされ、林のなかに渦を巻いていた。正面のポーチではカメハメハが哮えていた。音楽仲間が乗って来た車やレイモンドのブルーのコルヴェットなどが、前庭に一台残らず停まっていた。
「みんな、どうしたんだ!」
ラリーが叫んだ。
僕たちは家のなかに飛びこんだ。居間には誰もいなかった。明かりが灯り、録音器材がならび、コードが何本もフロアを這っていた。たったいままで録音がおこなわれていた様子だが、人はひとりもいなかった。叫んでも返事はなかった。各自の楽器が椅子に立てかけてあった。
ラリーを先頭に二階へ駆けあがった。テラスに出てみた。全員がこちらに背を向け、夜の山の噴火を見上げていた。濃い煙が吹きつけた。僕は煙にむせた。溶岩の細かな燃えかすが、テラスの上にばらばらと降った。灰が夜空に舞い狂っていた。みんなのうしろ姿は、まるで花火見物でもしているかのように、のんびりしていた。
駆け寄った僕とラリーが、同時に叫んだ。
「なにしてるんだ!」
「早く避難しろ!」
全員が振り返った。恐怖と畏敬の念が交錯した表情が、誰の顔にもあった。火山の噴火を、誰もが、憑かれたように見ていたのだ。
「避難するんだ!」
怒鳴りながらラリーもその場に釘づけになり、山を見上げた。
夜のなかにいちだんと黒く、谷のスロープが広がっている。スロープの頂上から山の壁がいきなり垂直に立ちあがっている。その影のうちのひとつ、テラスから北に向けてまっすぐに見上げたところにある壁が、ぱっくりと縦に大きく、赤い口を開いていた。赤い溶岩が大滝を流れ落ちる奔流のように、あふれ出て来る。壁を伝って落ち、勢いよく空中に噴出し、火のアーチとなって夜のなかへ落下していく。
息をのんで茫然と見上げた。燃えたぎって赤く溶けている地底が、目の前の山から噴出して来るのだ。爆発が起こった。山頂だった。小さな火柱が夜のなかへ屹立し、無数の火玉を跳ね飛ばした。
全員が我に返った。テラスのいちばん端まで下がった。
「溶岩が流れて来る。こちらへ!」
録音スタッフのひとりが叫んだ。
山の壁を縦に切り裂いた噴火口から流出した溶岩は、山の下のスロープをゆっくりと、低いほうに向かって流れ出していた。溶岩の河が出来つつあった。
その河は、表面が黒い燃えかすで覆われている。さらに流れて河幅が広がると、燃えかすの表面に複雑に亀裂が走り、その亀裂はまっ赤に燃える網の目になって夜の底に浮かびあがる。建物が揺れ続けていることに、僕はようやく気づいた。
「逃げろ!」
誰かが怒鳴った。
誰も動かなかった。風が強くなっていた。灰が顔や胸に当たった。思わずひるむほどに熱いものもあった。
空のどこかに爆音が聞こえた。ヘリコプターの音だ。煙が吹き飛ばされた空の一角に、ヘリコプターの赤と青の飛行灯が見えた。ヘリコプターから照明弾が射ちあげられた。夜の山を部分的に明るく照らしつつ、照明弾はパラシュートで落ちていった。
いきなり大地が揺れた。地鳴りが空気を揺るがし、大爆発が起こった。垂直の山に出来た噴火口が、山の根もとまで裂けきった。山が吹っ飛び、そのかわりに、猛然と噴きあげる丸く巨大な溶岩の山が現出した。上空を旋回するヘリコプターの腹が、爆発の明かりに照らし出された。溶岩の山は底から噴きあげて火を散らし、丸く盛りあがる端から四方へ流れていった。
「逃げよう」
パニオロが言った。
全員が弾かれたように走った。一階へ降りた。
「グレン。器材はどうしよう」
スタッフのひとりが訊いた。
グレンは首を横に振った。
「火山にくれてやれ」
「テープは?」
「ぜんぶ、この罐に入ってる」
足もとの機関銃の弾丸箱のような大きな四角い罐をふたつ、グレンは指さした。
「こいつだけ持って逃げろ」
家の外で自動車のホーンが鳴った。続いて制服の警官がふたり、飛び込んで来た。
「なにしてるんだ、早く避難しろ!」
血相を変えて警官は怒鳴った。
「とっくに逃げたと思ったのに」
「町は全滅するぞ」
建物ぜんたいがひときわ激しく揺れた。西側の大きな窓のガラスが、大音響とともに割れて飛んだ。セシリアが悲鳴をあげた。楽器だけを持ち、全員が家を出た。トランクに楽器を入れ、何台もの車に分乗した。ジープに乗ろうとした僕は、パニオロが家の裏へ走るのを見た。カメハメハが彼を追った。
「パニオロ!」
僕も彼を追った。
「こら!」
背後から警官の怒声が飛んだ。
「引き返せ!」
家の裏のアヒル池のほとりにしゃがみ、パニオロはアヒルを呼んでいた。走って来た僕を見て、
「七羽いるんだ」
と、彼は言った。
アヒルが池の暗い水面を渡って来た。空を飛んで来た溶岩の小さなかけらが、まわりの林にいくつも落下した。池にも落ちた。油が煮えたぎるような音とともに、湯気が立った。
「アヒルなんか、ほっとけ!」
背後で怒鳴り声がした。警官だった。
陸にあがった七羽のアヒルを、カメハメハが前庭へ優しく追いたてた。
ほかの人たちは車で走り去っていた。ジープとパトロール・カーだけが、前庭にとどまっていた。ジープにはラリーが待っていた。
七羽のアヒルとカメハメハ、それにパニオロと僕が、ジープに乗りこんだ。
「もう残ってる人は、いないな!」
確認の言葉を警官が怒鳴った。もうひとりの警官が、家のなかから走り出て来た。
「誰もいない。確認した。OKだ」
キチンの冷蔵庫から持って来たプリモを一本、警官はラッパ飲みした。相棒にまわし、相棒は僕にも飲ませてくれた。
ジープのあとをパトロール・カーが追い、道路を下った。少し降りたところで、ラリーはブレーキを踏んだ。ジープの速度を徐行に落とし、そして停めた。
「なんだ、あれは」
道路をヘッドライトが照らしていた。前方で道路はなくなっていた。左側のスロープから流れ落ちて来た溶岩に埋まっているのだ。溶岩は動いていた。ときどき網の目のような亀裂が黒い表層に走り、その下の赤いマグマが不気味に輝いた。
「駄目だ。降りて歩こう」
「右側のスロープならまだ歩ける」
七羽のアヒルを腕いっぱいに抱き、パニオロはカメハメハをつれてスロープを降りていった。