横長の小さな四角いフレームの中央に、飛行艇が一機、真正面から鮮明にとらえられていた。飛行艇はまっすぐこちらに向かって飛びながら、高度を下げつつあった。山なみの頂上を越えたばかりの、朝のまだ早い時間の太陽をまともに浴び、飛行艇は鈍い銀色に輝いた。
太い船体のような胴の背に、主翼を背負っていた。主翼には片側二基ずつ、四つのプロペラ・エンジンがついていた。一基で二千八百を超える馬力を軽々と絞り出す。全長三十四メートル。総重量は四十トンを超える、最新式の飛行艇だ。主翼の端にフロートがひとつずつ下がり、水平尾翼は垂直尾翼の頂上に一直線だ。
飛行艇はさらに高度を下げた。小さな四角いフレームの下部に、濃いエメラルド・グリーンの海が見えた。その海に向かって飛行艇は降りていった。大きなプロペラ機に特有の、自分の重さをもてあましたような表情を機体ぜんたいに漂わせ、飛行艇は海に向かった。
浅い侵入角度をとって海との距離を次第にせばめていき、やがて着水した。太い胴体の船底のような腹が、海面を重く叩いた。主翼のちょうど下あたりで胴体はもっともふくらんでいて、そこからまっ白く、飛沫が機体の両側へ斜めにあがった。
エメラルド・グリーンの海が鈍い銀色の飛行艇の胴体によって削りとられ、天へのびる滝のように噴きあがった。胴体の最前部から後尾にかけて、そして主翼の両端のフロートが、いっせいに海面を削った。
この飛行艇は、必要とあらば時速五十キロの強風に逆らいつつ、波高四メートルを超える荒天の海でも、たやすく離着水出来る。着水時に胴体が跳ねあげる大量の海水を、いかにして主翼のプロペラに当てずにおくかが、飛行艇を設計するときの重要なポイントになる。飛行艇の胴体に叩き割られて舞いあがる海の水は、四つのプロペラをきれいにクリアしていた。
機首の黒く塗ったレーダーの上に、真剣に眉を寄せた人間の顔のように、操縦席の窓があった。窓のなかにパイロットの姿が小さく見えた。着水した飛行艇はスピードを落とした。プロペラの回転が急激に下がった。黒い四つのプロペラがはっきりと見えるまで回転は落ち、やがて停止した。
真正面から着水した飛行艇は、機首をわずかに右に向けて海に乗っていた。サングラスをかけたパイロットが、かたわらの副操縦士に、笑いながらなにか言っていた。主翼の下のドアが開いた。
まっ赤なサーフボードが一本、ドアのなかから海の上へ、ほうり出された。小さく空中にアーチを描いた赤いボードは、ノーズから海に落ちて波間に軽く浮かんだ。続いて白いサーフボードが、おなじようにほうり出された。赤いボードのかたわらに落ち、浮かんだ。
トランクス一枚の陽に焼けたサーファーがひとり、飛行艇から海へダイヴした。もうひとり、そのあとを追った。ふたりのサーファーは、波間に漂うサーフボードに向かって、軽く抜き手をきった。ボードに泳ぎつき、ボードの上に腹ばいになり、ふたりならんでこちらに向けてパドリングを始めた。
飛行艇とふたりの距離が次第に開いた。飛行艇の上半分が画面の外となり、やがて小さな横長の四角いフレームの上部から、飛行艇はゆっくりフレーム・アウトした。パドリングするふたりのサーファーが、フレームのなかに残った。ふたりの濡れた腕や背中が朝陽を斜めに受けて輝いた。赤と白のサーフボードが海のなかに美しかった。
フレーム内部の視界が微妙に変化した。ふたりのサーファーが小さくなり、周囲の海が大きく広がった。変化は気がつかないうちに起こり、気づいたときにはふたりのサーファーは点のように小さく、彼らの行手に高く盛りあがるサーフが、フレームの前面に大きく横たわっていた。
きれいなサーフだ。海の平面に何本もの峰が、横に長く盛りあがる。沖から数えて四本目の峰が、もっとも高くのびあがっていく。フレームの横幅いっぱいにのびたその峰は、裾のあたりをダーク・ブルーの影にひたしつつ、高さを増す。太平洋をうねって来た波が海底の浅瀬に乗りあげ、エネルギーを空中めがけてのばしていく。
長く高い三角の峰に屹立した波は、そのもっとも高い頂上から、白く崩れていく。一年のうち何日かは巨大なチューブ波となるのだが、それ意外の日々にはチューブにはならず、頂上から白く爆発するかのように、雪崩に似た砕けかたをする。砕けつつ雪崩は左へ走っていく。
長い峰に沿って走りきり、峰は次第に低くなる。低くなりきったところで、走って来た雪崩はせきとめられ、何重にも重なり合う飛沫は内部からふくらみ続ける白い小山のようになって、そこにとどまる。
しっかりした大きなスロープの上で、うしろから追いかけて来る白い雪崩と追いつ追われつ滑走すると、サーファーにとってはもっとも楽しい。
今朝のサーフの出来ぐあいは完璧だった。風はオフ・ショアに変わっていた。サーフの岸に面したスロープをその風は平らにならし、頂上から崩れて来る雪崩の上層を、純白の飛沫の幕として空中へほうりあげた。
ふたりのサーファーはそのサーフのうしろにまわった。そしておたがいのあいだに距離を置いた。場所とタイミングをずらせつつ、同時にテイクオフするつもりだ。サーフが高く盛りあがる周期をふたりは待った。白いボードのサーファーが、先にテイクオフした。
波の頂上が雪崩さながらに、スロープの上を裾へ向けて豪快に砕ける。その頂上からずっと右に寄った肩の部分を、サーファーは白いサーフボードのボトムで切り裂いた。波のパワーのすべてをボードと自分の体に引き受けつつ、サーファーは峰の頂上を越えてこちら側のスロープへ、スピードいっぱいに飛びこんで来た。濡れた髪が風にあおられて逆立ち、頬が風に押されてくぼんだ。テイクオフと同時に自分から見て右へ、サーファーは方向を変えた。波のスロープを斜めに滑降した。
横長の四角い画面のなかで、あらゆるものが鮮明に輝いた。波のスロープ。サーファーの肉体。純白のサーフボード。ボードのテールが波のスロープに刻みつける白い航跡。岸から吹いて来る澄みきった風すら、陽光のなかをきらめいて飛んでいるように見えた。