← Library‹ 波乗りの島 シュガー・トレイン 2

島しまの西側にしがわはおだやかな起伏きふくの広ひろい山裾やますそだ。いちめんの緑みどりだ。上空じょうくうから見みると、その緑みどりのなかに、不ふ規則きそくに道みちが出来できている。赤土あかつちがむきだしの、作業さぎょう用ようの道みちだ。いちめんの緑みどりは砂糖さとうキビ畑ばたけだ。遠とおくに、島しまの中心ちゅうしんとなっている山やまが見みえる。海抜かいばつ三千さんぜんメートルを超こえる山やまだ。なだらかな山裾やますそをどこまでものぼっていくと、垂直すいちょくに近ちかい険けわしい山やまなみが、重おもく目めの前まえに立たちはだかり、のしかかって来くる。

海岸かいがん線せんはとても単純たんじゅんだ。北西ほくせいの部分ぶぶんが大おおきく半はん円形えんけいに海うみへ向むかって突つき出だし、そこから南西なんせいへ、ほぼまっすぐに下くだって来くる。南みなみの湾わんまで直線ちょくせんなのだが、その単調たんちょうさが一いちか所しょだけ破やぶられるのは、第だい57番ばんサーフの出来できるところだ。

直線ちょくせんの海岸かいがん線せんの途中とちゅうに、ちょうど若わかい女性じょせいの乳房ちぶさを横よこから見みたようなかたちに、突起とっきが出来できている。突起とっきの尖端せんたんには、乳首ちくびに相当そうとうする岩いわまである。その突起とっきは小高こだかい丘おかだ。丘おかぜんたいが公園こうえんになっている。上空じょうくうから見みたかたちが乳房ちぶさであることから、さまざまな呼よび名なで呼よばれているが、正式せいしきにはオロマナ・ビーチパークという。

海岸かいがん線せんと砂糖さとうキビ畑ばたけとのあいだを、海岸かいがん線せんに沿そってハイウエイが走はしっている。北きたからそのハイウエイを下くだって来きてオロマナ・ビーチパークに出でるには、走行そうこう車線しゃせんから分わかれている車線しゃせんに入はいればいい。南みなみから来きた場合ばあいは、走行そうこう車線しゃせんから分わかれた道路どうろでいったん右みぎへ大おおきくそれたのち、ハイウエイの下したを立体りったい交叉こうさでくぐり抜ぬけ、ピーチパークの丘おかのふもとに出でる。

ハイウエイの少すこし内側うちがわに、ハイウエイと並行へいこうして、鉄道てつどうの線路せんろが敷しいてあった。南みなみの湾わんの近ちかくに砂糖さとうの精製せいせい工場こうじょうがあり、北西ほくせいの林はやしのなかからこの工場こうじょうまで、線路せんろはつながっていた。林はやしのなかには機関きかん車庫しゃこのような木造もくぞうの古風こふうな建物たてものがあった。線路せんろはハイウエイよりもいちだんと高たかくなった土手どての上うえをのびていた。

オロマナ・ビーチパークからハイウエイと線路せんろをはさんだ内側うちがわには、土手どてとおなじ高たかさの林はやしが、帯状たいじょうに長ながくある。その林はやしの裏うらから砂糖さとうキビ畑ばたけは広ひろがっていて、畑はたけの向むこう、いちだんと高たかくなったところに、ピンクの長ちょう方形ほうけいの建物たてものがある。病院びょういんだ。病院びょういんからは、線路せんろ、ハイウエイ、ビーチパークなど、すべてを遠とおくに見渡みわたすことが出来できる。

第だい57番ばんサーフは、オロマナ・ビーチパークの乳房にゅうぼう状じょうの突起とっきと、海底かいていでつながっている。乳房ちぶさの先端せんたんにひっかけられるようにして、沖おきの海うみにサーフが何なん本ほんも出来できる。乳房ちぶさの下したの、ちょうどみぞおちにあたる部分ぶぶんが、第だい57番ばんサーフに出でていくための砂浜すなはまだ。

林はやしのなかの機関きかん車庫しゃこから、濃こいグリーンに塗ぬられた蒸気じょうき機関きかん車しゃが一いち台だい、出でて来きた。古風こふうな蒸気じょうき機関きかん車しゃだ。前部ぜんぶにはカウ・キャッチャーが装備そうびしてあり、煙突えんとつの前まえ、ボイラーの突端とったんには、ランタンのようなヘッドランプが乗のっていた。

線路せんろの上うえを、その蒸気じょうき機関きかん車しゃは、滑なめらかに走はしった。海岸かいがん線せんに沿そって下くだっていき、オロマナ・ビーチパークにさしかかった。この部分ぶぶんで線路せんろは大おおきくカーヴしている。内側うちがわにつらなる林はやしをかすめるようにそのカーヴを出でると、あとはふたたび南みなみの湾わんまで一いち直線ちょくせんだ。湾わんの近ちかくにある砂糖さとう精製せいせい工場こうじょうに、ダーク・グリーンの蒸気じょうき機関きかん車しゃは到着とうちゃくした。

マニュエル・パヴァオが、小ちいさなコントロール台だいのスイッチをオフにした。HOゲージの電気でんきで走はしる模型もけいの蒸気じょうき機関きかん車しゃは、精製せいせい工場こうじょうの建物たてもののわきにぴたりと停とまった。五ごメートル四方しほうほどの大おおきさの木製もくせいの台だいの上うえに、海うみもハイウエイもそして線路せんろも、風景ふうけいのすべてが乗のっていた。現実げんじつを模もし、紙かみ粘土ねんどや塗料とりょう、それに鉄道てつどう模型もけい用よう品ひんを巧たくみに使つかって、作つくりあげたものだ。

第だい57番ばんサーフも、感かんじを出だして巧たくみに作つくってあった。ひとりのサーファーがいままさにテイクオフする瞬間しゅんかんであり、もうひとり、そのサーフに向むかって砂浜すなはまからパドリングしているサーファーがいた。

「こいつは、俺おれかな」

ラリー・デイヴィスが台だいにかがみこみ、小ちいさな模型もけいのサーファーを見みた。

「誰だれということはないんだ」

いつもの真面目まじめな口調くちょうで、マニュエル・パヴァオが言いった。

「あのサーフを愛あいしてきた数多かずおおくの人ひとたちの象徴しょうちょうとして作つくってみた」

「なるほど」

「しかし、この蒸気じょうき機関きかん車しゃはよく出来できている」

かがみこんで模型もけいをしげしげと見みていたクレイトン・カウアが、感心かんしんして言いった。

「これも、きみたちが作つくったのかい」

「それは違ちがうんだ。僕ぼくたちは色いろを塗ぬっただけさ」

マニュエルの答こたえに、彼かれの親したしい仲間なかまであるボブ・サントスが言葉ことばをつけ加くわえた。

「日本にっぽん製せいの鉄道てつどう模型もけいだ。未み塗装とそうの完成かんせい品ひんを日本にっぽんから取とり寄よせ、色いろを塗ぬったんだ」

「昔むかしここで走はしってたのと、おなじ型式けいしきのものなのかい」

「まったくおなじだ」

「そんなものが、よくあったね」

「日本にっぽんには、なんでもある」

ボブ・サントスの言葉ことばに、模型もけいレイアウトを眺ながめていたふたりの中年ちゅうねん女性じょせいが、軽かるく笑わらった。ふたりとも初老しょろうに近ちかい年齢ねんれいだった。ひとりは日系にっけい、もうひとりはフィリピン系けい。日系にっけいの女性じょせいはゴムぞうりにバミューダ・ショーツ。袖そでなしの白しろいシャツ。目尻めじりの吊つりあがった眼鏡めがねをかけていた。フィリピン系けいの女性じょせいは、膝ひざの上うえで切きった古ふるいブルージーンズに、リーヴァイ・ストラウスの赤あかいマークをプリントしたTシャツを着きていた。

マニュエル・パヴァオは、ふたりを僕ぼくたちに紹介しょうかいしてくれた。古ふるい写真しゃしんの複写ふくしゃを、資料しりょうとして提供ていきょうしに来きてくれたのだという。彼女かのじょたちがまだ十じゅう歳さいにもならない子供こどもだった頃ころ、島しまのここには実際じっさいに鉄道てつどうがあり、いまマニュエルが走はしらせたのとおなじ型かたの蒸気じょうき機関きかん車しゃが、煙けむりを吐はいて走はしっていた。

砂糖さとう会社かいしゃが砂糖さとうキビの刈かり入いれ作業さぎょう用ようにつくった鉄道てつどうだ。客車きゃくしゃも購入こうにゅうし、旅客りょかく列車れっしゃの定期ていき便びんもあった。何なん年ねんも前まえに線路せんろはとり払はらわれ、かつて線路せんろの敷しかれていた土手どてが一いち部分ぶぶん、残のこっているだけだ。砂糖さとうキビの輸送ゆそうはトラックが受うけ持もっている。

彼女かのじょたちが持もって来きた古ふるい写真しゃしんの複写ふくしゃを、マニュエルは僕ぼくたちに見みせてくれた。一いち九きゅう二に〇れい年ねん代だいだろうか。炎天えんてん下かの砂糖さとうキビ畑ばたけで働はたらくための作業さぎょう衣いに身みをかためた女性じょせいたちが、線路せんろのわきで昼食ちゅうしょくをとっている。写真しゃしんの端はしに機関きかん車しゃの前部ぜんぶが写うつっていた。機関きかん車庫しゃこの前まえに停とまった蒸気じょうき機関きかん車しゃのいたるところに畑仕事はたけしごとの男おとこたちが乗のり、なにかの記念きねん写真しゃしんのようにして撮とった写真しゃしんもあった。そんな昔むかしの光景こうけいの断片だんぺんが、複写ふくしゃされた写真しゃしんでひと束たばあった。

「ミカド型がたという蒸気じょうき機関きかん車しゃだ」

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