島の西側はおだやかな起伏の広い山裾だ。いちめんの緑だ。上空から見ると、その緑のなかに、不規則に道が出来ている。赤土がむきだしの、作業用の道だ。いちめんの緑は砂糖キビ畑だ。遠くに、島の中心となっている山が見える。海抜三千メートルを超える山だ。なだらかな山裾をどこまでものぼっていくと、垂直に近い険しい山なみが、重く目の前に立ちはだかり、のしかかって来る。
海岸線はとても単純だ。北西の部分が大きく半円形に海へ向かって突き出し、そこから南西へ、ほぼまっすぐに下って来る。南の湾まで直線なのだが、その単調さが一か所だけ破られるのは、第57番サーフの出来るところだ。
直線の海岸線の途中に、ちょうど若い女性の乳房を横から見たようなかたちに、突起が出来ている。突起の尖端には、乳首に相当する岩まである。その突起は小高い丘だ。丘ぜんたいが公園になっている。上空から見たかたちが乳房であることから、さまざまな呼び名で呼ばれているが、正式にはオロマナ・ビーチパークという。
海岸線と砂糖キビ畑とのあいだを、海岸線に沿ってハイウエイが走っている。北からそのハイウエイを下って来てオロマナ・ビーチパークに出るには、走行車線から分かれている車線に入ればいい。南から来た場合は、走行車線から分かれた道路でいったん右へ大きくそれたのち、ハイウエイの下を立体交叉でくぐり抜け、ピーチパークの丘のふもとに出る。
ハイウエイの少し内側に、ハイウエイと並行して、鉄道の線路が敷いてあった。南の湾の近くに砂糖の精製工場があり、北西の林のなかからこの工場まで、線路はつながっていた。林のなかには機関車庫のような木造の古風な建物があった。線路はハイウエイよりもいちだんと高くなった土手の上をのびていた。
オロマナ・ビーチパークからハイウエイと線路をはさんだ内側には、土手とおなじ高さの林が、帯状に長くある。その林の裏から砂糖キビ畑は広がっていて、畑の向こう、いちだんと高くなったところに、ピンクの長方形の建物がある。病院だ。病院からは、線路、ハイウエイ、ビーチパークなど、すべてを遠くに見渡すことが出来る。
第57番サーフは、オロマナ・ビーチパークの乳房状の突起と、海底でつながっている。乳房の先端にひっかけられるようにして、沖の海にサーフが何本も出来る。乳房の下の、ちょうどみぞおちにあたる部分が、第57番サーフに出ていくための砂浜だ。
林のなかの機関車庫から、濃いグリーンに塗られた蒸気機関車が一台、出て来た。古風な蒸気機関車だ。前部にはカウ・キャッチャーが装備してあり、煙突の前、ボイラーの突端には、ランタンのようなヘッドランプが乗っていた。
線路の上を、その蒸気機関車は、滑らかに走った。海岸線に沿って下っていき、オロマナ・ビーチパークにさしかかった。この部分で線路は大きくカーヴしている。内側につらなる林をかすめるようにそのカーヴを出ると、あとはふたたび南の湾まで一直線だ。湾の近くにある砂糖精製工場に、ダーク・グリーンの蒸気機関車は到着した。
マニュエル・パヴァオが、小さなコントロール台のスイッチをオフにした。HOゲージの電気で走る模型の蒸気機関車は、精製工場の建物のわきにぴたりと停まった。五メートル四方ほどの大きさの木製の台の上に、海もハイウエイもそして線路も、風景のすべてが乗っていた。現実を模し、紙粘土や塗料、それに鉄道模型用品を巧みに使って、作りあげたものだ。
第57番サーフも、感じを出して巧みに作ってあった。ひとりのサーファーがいままさにテイクオフする瞬間であり、もうひとり、そのサーフに向かって砂浜からパドリングしているサーファーがいた。
「こいつは、俺かな」
ラリー・デイヴィスが台にかがみこみ、小さな模型のサーファーを見た。
「誰ということはないんだ」
いつもの真面目な口調で、マニュエル・パヴァオが言った。
「あのサーフを愛してきた数多くの人たちの象徴として作ってみた」
「なるほど」
「しかし、この蒸気機関車はよく出来ている」
かがみこんで模型をしげしげと見ていたクレイトン・カウアが、感心して言った。
「これも、きみたちが作ったのかい」
「それは違うんだ。僕たちは色を塗っただけさ」
マニュエルの答えに、彼の親しい仲間であるボブ・サントスが言葉をつけ加えた。
「日本製の鉄道模型だ。未塗装の完成品を日本から取り寄せ、色を塗ったんだ」
「昔ここで走ってたのと、おなじ型式のものなのかい」
「まったくおなじだ」
「そんなものが、よくあったね」
「日本には、なんでもある」
ボブ・サントスの言葉に、模型レイアウトを眺めていたふたりの中年女性が、軽く笑った。ふたりとも初老に近い年齢だった。ひとりは日系、もうひとりはフィリピン系。日系の女性はゴムぞうりにバミューダ・ショーツ。袖なしの白いシャツ。目尻の吊りあがった眼鏡をかけていた。フィリピン系の女性は、膝の上で切った古いブルージーンズに、リーヴァイ・ストラウスの赤いマークをプリントしたTシャツを着ていた。
マニュエル・パヴァオは、ふたりを僕たちに紹介してくれた。古い写真の複写を、資料として提供しに来てくれたのだという。彼女たちがまだ十歳にもならない子供だった頃、島のここには実際に鉄道があり、いまマニュエルが走らせたのとおなじ型の蒸気機関車が、煙を吐いて走っていた。
砂糖会社が砂糖キビの刈り入れ作業用につくった鉄道だ。客車も購入し、旅客列車の定期便もあった。何年も前に線路はとり払われ、かつて線路の敷かれていた土手が一部分、残っているだけだ。砂糖キビの輸送はトラックが受け持っている。
彼女たちが持って来た古い写真の複写を、マニュエルは僕たちに見せてくれた。一九二〇年代だろうか。炎天下の砂糖キビ畑で働くための作業衣に身をかためた女性たちが、線路のわきで昼食をとっている。写真の端に機関車の前部が写っていた。機関車庫の前に停まった蒸気機関車のいたるところに畑仕事の男たちが乗り、なにかの記念写真のようにして撮った写真もあった。そんな昔の光景の断片が、複写された写真でひと束あった。
「ミカド型という蒸気機関車だ」