シャワーを浴びて着替えをした体に、夜の海風が心地良かった。さきほどまでいたオロマナ・ビーチパークの砂浜へ、ふたたびやって来た。暗い砂浜にまだ誰もがいた。砂浜や沖のサーフを見下ろす丘の公園にも、人は多いようだった。
今日は第57番サーフの最後の日だ。朝早くから、ハワイのサーファーたちが、オロマナの波に別れを告げるため、ビーチパークにあらわれた。地元のアマチュアも、北海岸のプロたちも、みんないっしょに海に入り、一日じゅうオロマナの波を楽しんだ。どのサーファーも、オロマナの波を相手に、自分だけのライディングを披露した。陽が高いあいだの時間を、僕も沖に出てすごした。
オロマナ・ビーチパーク始まって以来の人出だ。公園の駐車場は自動車でいっぱいになり、ひとつの波にとりついている数多くのサーファーを見物しに、地元の人たちがさらに車でたくさん来ていた。陽が傾いてからは、お祭りさわぎになった。公園にいくつかあるバーベキュー・ピットで肉が焼かれ、ビールが大量に消費された。
美人コンテストがおこなわれたし、乳房のかたちをしているオロマナ・ビーチパークの突端にある、まさに乳首としか言いようのない岩の上に何人の人間が乗ることが出来るかを競うコンテストもあった。
落日のオレンジ色に燃える海に入っていき、最後の波乗りを夕陽のなかで楽しんだ。そしていまは夜だ。地元の見物人たちの多くは帰ってしまった。まだ砂浜や公園に残っている人たちは、夜の静かな時間のなかで、オロマナの波を相手に自分たちが体験したことを、語り合っていた。
オロマナの波は、大きくてパワーに満ちているわりには、素直だった。波のまったく立たない真夏のわずかな期間をのぞいて、一年じゅういつでも、ここには波があった。オアフの北海岸がまっ平らなときでも、オロマナへ来れば巨大なチューブに入ることが出来た。
いい波だった。素直な波だから、テイクオフさえ間違えなければ、すんなりと波に抱きこまれることがいつだって出来た。挑戦し立ち向かう波、というよりも、波のパワーに自分のライディングをどこまで無理なく調和させることが出来るかを試すための波、という感じが強かった。
そのサーフも今日で終わりだ。沖の海は明日から正式に立入り禁止となる。去りがたい思いのサーファーたちが、砂浜にひとかたまりになっていた。僕を見つけたラリー・デイヴィスが、歩み寄って来た。
「なんだ、バリー。いなくなったと思ったら、服を着て来たのか」
「美人記者とやらのインタヴューを受けなくてはいけない」
「なるほど」
白いコットンのスラックスに洗いざらしのアロハ・シャツを着た僕を、ラリーは眺めた。
「さっきまで彼女はここにいたんだがな。上の公園にいるんだろう」
「ほんとに美人かい」
ラリーはうなずいた。
「いかにも翔んでるという感じの、金髪の美人だ。ジェーン・リンドバーグというんだ。公園へいってみな」
僕は公園の丘へ歩いていった。ここにもサーファーたちがいた。いくつかのグループに分かれ、談笑していた。
ジェーン・リンドバーグはすぐに見つかった。というよりも、彼女のほうから僕を見つけてくれた。敏腕なジャーナリストらしく、インタヴューの相手である僕を、初対面なのに鋭く嗅ぎつけ、華やかな微笑と自信に満ちた身のこなしを武器に、僕に歩み寄った。
「バリー・カネシロさん」
「そうです」
「楽しみにしてました」
首を片方にかしげ、ジェーンは訓練しつくしてすでに完璧の域に達している微笑を、惜しげもなく見せた。
「あなたから素敵なお話が聞けるって、デイヴィスさんがおっしゃってたから」
「説明役はいつでも僕にまわって来るのです」
「頭脳明晰な人の運命なのよ」
「きっとね」
月の明かりを受けて、彼女の金髪が青く輝いた。
ジェーン・リンドバーグは、アメリカ西海岸の新聞に記事を書いている記者だ。友人であるラリー・デイヴィスから、永久に消えてなくなる第57番サーフについて聞かされて興味を持ち、記事にするためハワイへ取材に来た。サーフが消えるにいたるまでの基本的ないきさつを説明し、さらに深く細かな取材の手がかりを与える役が、僕に振り当てられた。
「なにか飲みますか」
「いただいたわ」
「もっと飲めば」
ジェーンは首を振った。
「体重に気をつけなくてはいけないから」
Tシャツの下で平たくひき締まっている腹を、彼女は軽く叩いた。体重の心配などまったくない、ほっそりしたきれいなプロポーションの体だった。その体に相手の視線を導くために、体重が心配などと彼女は言う。
「話をしましょうか」
「そうね」
金髪を風になびかせ、彼女は夜の海を見渡した。そして僕に顔を向け、
「海沿いのハイウエイをドライヴしたら素敵だろうなと考えてたとこなの」
と言った。
「では、そうしましょう」
僕たちは丘の下の駐車場に降りた。
車の列に入って立ちどまり、ジェーンは一台を指さして言った。
「この島の友人が、こんな怪物を貸してくれたのよ」
一九五〇年代なかばの、フォード・サンダーバードのオープンだった。ていねいに細部までレストアされ、真紅の塗装をほどこされた大きな車体は、青い月光のなかで濡れたように輝いていた。
「夜の海辺のドライヴには、快適かもしれないわ」
僕が運転を引き受けなくてはならなかった。こんな大きな自動車は、扱いにくくて持てあます。車の混んだ駐車場をリヴァース・ギアで出ていき、外の道路でもしばらくそのままリヴァースで走った。そしてUターンした。
隣の席に、ジェーンは居心地良くポーズをきめていた。Tシャツの下で胸の隆起が丸く張っている。その丸い張りぐあいを、月明かりのなかに強調させずにはおかないポーズだった。
「オイル・パンからオイルがもれてるんじゃないかと思うの」
ジェーンが言った。
「夕方、蒸気機関車を見にいったとき、オイル・パンを強くぶつけたから」
海沿いのアイランド・ハイウエイを北に向かってゆっくり走りながら、第57番サーフが消えるにいたるまでのいきさつを、順序立てて僕はジェーンに語った。