モノクロームのフィルムはセピア色に変色していた。スクリーンに映った小さな四角いセピア色の世界に、映写機のハロゲン・ランプは、昔の快晴の日の、明るい陽ざしをよみがえらせていた。
双発のDC―3が、その明るい陽ざしのなかに登場した。脚を出し、着陸態勢に入って機首を下げていた。全員が声をあげ、拍手した。昔を感じさせるずんぐりした胴体に、左右一基ずつエンジンのついた、いかにもバランスのよさそうな主翼には、誰もが懐かしさを禁じ得なかった。
DC―3は着陸した。十八年前のハワイ島ヒロ空港だ。現在との違いに、ふたたび全員が歓声をあげた。カットが変わった。
DC―3の主翼のうしろにドアがある。そのドアが外に開き、タラップから人が降りていた。小さな女のこが、ドア口に立った。そして片手を振った。
「ジェニファー。これが、きみかい」
エドウィン・ナカムラという、僕たちの波乗り仲間が訊いた。
「そうよ」
うしろの席からジェニファーが答えた。
ジェニファーがタラップを降りて来た。五歳のジェニファーだ。すぐうしろに彼女の母親がいた。母親といっしょのジェニファーは、数人の出迎えを受けた。おたがいに抱き合い、頬に接吻を交わし、レイをかけあった。幼いジェニファーの首には三本のレイがかけられた。幼い彼女の顎が花のなかに埋まった。
8ミリのホーム・ムーヴィは16ミリにブロー・アップされた。セピア色の世界が大きく粒子荒れしていた。スクリーンによみがえっているこの遠い日の陽ざしの明るさもまた、拡大されていた。昔のホーム・ムーヴィを映写すると常にかもし出されるせつなさが、いまスクリーンいっぱいにあった。
五歳のジェニファーを、カメラはアップでとらえていた。ふと、彼女はカメラを見た。そして、人見知りして恥ずかしがったような表情とともに、かわいらしく微笑した。スクリーンを見ているみんなが、喜んで手を叩いた。
ジェニファーは歩き始めた。カメラがその彼女を横から追った。そしてストップ・モーションになり、「ジェニファー・マッキノン 五歳」と、字幕が出た。カットが変わった。
いきなり、まっ青な空とダーク・ブルーの海、白い波、そして波打ちぎわの黄金色に輝く砂浜が、スクリーンいっぱいに映し出された。
粒子の荒れたセピア色の画面から一転してこうなると、非常に効果的だった。カメラはパン・ダウンした。波打ちぎわからこちらに向かって歩いて来るひとりの若い女性が、スクリーンの中央にとらえてあった。陽焼けした、姿の美しい女性だ。黒い髪が風になびいた。
カメラに向かって接近すると、その女性はジェニファーだということがわかった。ビキニを身につけている。レインボー・カラーの、ニットのビキニだ。覆いかくす面積を極端に小さくしたビキニだ。胸の豊かさや腰の張りが、いやがうえにも強調されていた。
強調するに足るだけの美しさを持った体だ。ジェニファーはなおもカメラに向かって歩いて来た。腰から上がスクリーンいっぱいにアップになったとき、ふたたび彼女の名前が白抜きの字幕で出た。男たちが口笛を吹き、手を叩いて歓声をあげた。
海岸からあがって来た土手の上に、松の樹が生えている。その松の樹陰にジェニファーは立った。カメラに顔を向けて微笑し、喋り始めた。
「最初に見ていただいたのは五歳のときの私で、ホノルルから初めてハワイ島のヒロ空港に降り立ったときの情景でした。いまもこうして、私はハワイ島にいます。十八年前に初めて知ったハワイ島は、五歳の私にとってはオアフの田舎と変わりなかったのですが、いまの私にとってハワイ島は、いろんな意味を持っています。ハワイ島でのさまざまな出来事や体験のなかから、ぜひともみなさんにお伝えしたいことを、これから私の映画で見ていただきます。楽しんでいただけることを期待します」
拍手がおこった。カットが変わった。スクリーンいっぱいに、青空だった。左端のほうに、白く輝く雲が見えた。四角いフレームの上部から斜めに、銀色の飛行艇が一機、入りこんで来た。やがて方向を変えたその飛行艇は、カメラに向かって、青い空からまっすぐに飛んで来た。
オロマナ・ビーチパークで、六か月前、僕とジェニファーがいっしょに撮影したシークエンスだ。飛行艇は美しく着水し、プロペラが止まり、ふたりのサーファーが彼らのサーフボードに続いて、飛行艇から海へ飛びこんだ。ラリー・デイヴィスとクレイトン・カウアだ。
あの日、僕たちが16ミリのムーヴィ・カメラのレンズ越しに見たふたりの波乗りが、オロマナの第57番サーフとともに、そのままスクリーンの上に再現された。誰もが歓声をあげた。この第57番サーフも、いまは存在しない。
波乗りを終えたふたりのサーファーは、砂浜に向かって来る。波打ちぎわを砂浜にあがり、それぞれサーフボードをわきにかかえ、濡れた体を光らせながら、カメラに向かって歩いて来る。
歩いて来るふたりの体がぼやけてスクリーンいっぱいに広がり、『第57番サーフ最後の日々』と、タイトルが出た。きれいなタイトルだった。全員が盛大な拍手をした。滑らかな美しい運びのなかに、快適なテンポが脈動している映画だということは、ここまで見ただけで充分にわかった。
ジェニファーはついに我慢出来なくなった。自分が作っている16ミリの記録映画『第57番サーフ最後の日々』が九十パーセント完成したところで、仲間たちを集めた完成寸前の試写を、いまおこなっている。
これから撮影してつけ加える最後の部分をのぞいて、全篇のエディティングは完成している。音楽以外の音も入った。音入れをおこなっているスタジオの映写室で、僕たちはこうしてジェニファーの映画を見ている。
第57番サーフが消えるにいたるまでの事実経過を、けっして退屈にはならない画面の連続のなかに、ジェニファーは非常に要領よく的確に説明した。発電所の冷却排水管のことから始まって、抵抗運動、電力会社による詐欺的な妥協案とその発覚、コンクリートの人工海底、抵抗運動の分裂、そして昔の蒸気機関車の復活にいたるまでが、面白く画面に展開した。