午前中の時間を、彼女はいつも窓辺ですごす。この四十年間、ほとんど毎日、そうしてきた。今日も彼女は窓辺にいた。
七十二歳の、やせた老体を籐椅子に落ち着け、鉢植えの観葉植物がいくつか乗っている幅の広い窓枠に片腕をもたせかけ、彼女はいつもとおなじように窓の外を見ていた。病院の四階の窓から見える光景は、毎日おなじだ。
明るい快晴の日なら、まっ青な空の広がりの下に、ダーク・ブルーの海と水平線が遠くに見える。太陽の光を受けて白くまぶしく輝く雲が、いつもおなじ場所におなじかたちで、浮かんでいるように思える。
オロマナ・ビーチパークの小高くなった丘。その下の海岸。ハイウエイ。ハイウエイの内側をハイウエイと並行して走っている土手。ここには、すでに鉄道の線路が敷きなおされている。線路のさらに内側に沿って帯状にのびている林。そして、砂糖キビ畑の濃い緑の起伏。畑のなかをうねっている作業用の道路の赤土。砂糖キビ畑のなかで作業をしている黄色いトラック。
こんなものいっさいが、強い陽ざしのなかに輝き続ける。見ていて変化を楽しめるような光景ではない。いつだってまったくおなじだから、午前中を窓辺ですごす彼女は、変化のほとんどないこの景色のぜんたいを飽かず眺めることにより、永遠というものの具現を見ているような気持に、次第になっていく。
彼女の心は鎮静してくる。いつ見ても変化のない光景は、普通ならうんざりしてしまうのだが、彼女に対しては鎮静剤のような効果を持った。ベッドの上で目覚めてからの彼女ぜんたいを、かなり強く支配する不安定な気持、そして原因も理由もないのになぜだか感じる、ごく軽い恐怖のような心理状態を、こうして窓辺の籐椅子にすわって変化にとぼしい光景を午前中ずっと眺めることにより、彼女は自己治療する。
お昼が近づく頃、彼女の気持は落ち着いてくる。籐椅子に腰だけ降ろして硬くしていた体は、ゆったりしたおだやかな状態をとり戻す。背もたれに背を預け、腕や脚から力を抜き、ほんのりと微笑すら浮かべて、彼女は窓の外を見続ける。
雨期の雨の日や冬の終わりの雨嵐の日などには、彼女はほとんど一日、ベッドですごす。窓の外を見ていられないからだ。雨や風は動き続ける。窓の外の景色に変化をあたえる。このことに、不安定な彼女の情緒は、耐えられない。動き続ける雨や風が、窓の外の景色にさらに大きな変化をもたらし、その変化が彼女にのしかかっていく。
雨や風の日に強く感じる不安を、彼女はそんなふうに看護婦に説明している。そんな日には、優しい看護婦が一日、彼女につきっきりになる。忍耐力において特にすぐれた、無限の優しさの権化のような看護婦が、その役にあたる。
朝から夜まで、態度や気持になんの変化もなく自分に接し続けてくれる看護婦といっしょだと、彼女の不安は少しずつ小さくなっていく。部屋に明かりを灯す頃、彼女は普通と変わりのない状態になり、趣味の手芸を始めたりする。
毎日、快晴の日が続いている。今日も素晴らしく明るい陽ざしだ。空も海も、そして海の波も、目に映じるあらゆるものが、くっきりと鮮明だ。
いつもの景色を窓のガラス越しに見渡しながら、自分の気持が次第に鎮まっていくのを感じ、彼女はうれしかった。気持がうまく落ち着かないと、昼の食事を彼女の体が拒否してしまう。食べられなくなるのだ。お昼が食べられないと、夕方まで不安な状態が続く。
毎日なんの変化もない窓の外の景色だが、この六か月間にふたつだけ、小さな変化があった。
ひとつはオロマナ海岸の沖に出来た、コンクリートの四角い桶だ。近くから見ると、不気味に巨大な四角いコンクリートのお化けなのだが、彼女の窓からだと、波のなかに置いた玩具のようだ。海底の石油を採掘するための作業船のような船が、連日、沖に出て建設作業をしていた。いまは、もういない。コンクリートの桶は完成している。
もうひとつの変化は、ハイウエイの内側の土手に敷かれた鉄道線路だ。土手に沿った帯状の林が途切れるところから、ある日いきなり、この線路は顔を出した。何人かの作業員たちが、路床を整地してはバラスを敷き、枕木をならべてその上にレールを少しずつ、敷いていった。
この線路もすでに完成している。窓から何日にもわたって見えていた作業員たちの姿は、もう見えない。レールは二本の銀色の線として、土手の上に光っている。そしてこの線路も、彼女がいる窓辺から見ると、玩具の国のもののようだ。
このふたつの変化が起き始めた頃、彼女は例によって、少なからぬ不安を覚えた。ふたつの小さな変化が、やがてもっと大きな変化を生み、それが自分にひどい影響をあたえるのではないか、という不安だ。
だがその不安も、すでに消え去った。沖の波間のコンクリート桶も、土手の上に光っているレールも、いつも窓から見える光景の一部分として、完璧にぜんたいに溶けこんでいる。見ていても不安は感じない。
というよりも、見ることが楽しくさえなっている。コンクリート桶のほうはあまり楽しくないのだが、線路は面白い。土手の上をくっきりと、おたがいに並行に、銀色に輝いてのびている。美しい軌跡だ。陽のあるあいだは、きらきらと光って楽しい。
何度も彼女はそのレールを見る。林の途切れたところから始まって、内側に向かって大きくカーヴを描きつつ、砂糖キビ畑を縁取って、くっきりと銀色だ。窓から見える視界の左側へ、その線路は消えている。
端から端まで何度も、彼女は視線でそのレールをたどる。風に揺れ続ける砂糖キビの葉の海とは対照的に、銀色の線路はぴたりと二本寄り添ったまま、動かない。いつ見ても変わりのない、おだやかな二本のカーヴは、彼女の心をなごませる。
籐椅子にすわり、窓の外の光景を午前中ずっと眺め続ける彼女は、周期的にレールに視線を戻す。銀色に輝く軌跡を、視線でいつくしむ。いまも彼女はレールを見ていた。