← Library‹ 波乗りの島 シュガー・トレイン 5

午前ごぜん中ちゅうの時間じかんを、彼女かのじょはいつも窓辺まどべですごす。この四十よんじゅう年間ねんかん、ほとんど毎日まいにち、そうしてきた。今日きょうも彼女かのじょは窓辺まどべにいた。

七十ななじゅう二に歳さいの、やせた老体ろうたいを籐とう椅子いすに落おち着つけ、鉢植はちうえの観葉かんよう植物しょくぶつがいくつか乗のっている幅はばの広ひろい窓枠まどわくに片腕かたうでをもたせかけ、彼女かのじょはいつもとおなじように窓まどの外そとを見みていた。病院びょういんの四よん階かいの窓まどから見みえる光景こうけいは、毎日まいにちおなじだ。

明あかるい快晴かいせいの日ひなら、まっ青さおな空そらの広ひろがりの下したに、ダーク・ブルーの海うみと水平すいへい線せんが遠とおくに見みえる。太陽たいようの光ひかりを受うけて白しろくまぶしく輝かがやく雲くもが、いつもおなじ場所ばしょにおなじかたちで、浮うかんでいるように思おもえる。

オロマナ・ビーチパークの小高こだかくなった丘おか。その下したの海岸かいがん。ハイウエイ。ハイウエイの内側うちがわをハイウエイと並行へいこうして走はしっている土手どて。ここには、すでに鉄道てつどうの線路せんろが敷しきなおされている。線路せんろのさらに内側うちがわに沿そって帯状たいじょうにのびている林はやし。そして、砂糖さとうキビ畑ばたけの濃こい緑みどりの起伏きふく。畑はたけのなかをうねっている作業さぎょう用ようの道路どうろの赤土あかつち。砂糖さとうキビ畑ばたけのなかで作業さぎょうをしている黄色きいろいトラック。

こんなものいっさいが、強つよい陽ひざしのなかに輝かがやき続つづける。見みていて変化へんかを楽たのしめるような光景こうけいではない。いつだってまったくおなじだから、午前ごぜん中ちゅうを窓辺まどべですごす彼女かのじょは、変化へんかのほとんどないこの景色けしきのぜんたいを飽あかず眺ながめることにより、永遠えいえんというものの具現ぐげんを見みているような気持きもちに、次第しだいになっていく。

彼女かのじょの心こころは鎮静ちんせいしてくる。いつ見みても変化へんかのない光景こうけいは、普通ふつうならうんざりしてしまうのだが、彼女かのじょに対たいしては鎮静ちんせい剤ざいのような効果こうかを持もった。ベッドの上うえで目覚めざめてからの彼女かのじょぜんたいを、かなり強つよく支配しはいする不ふ安定あんていな気持きもち、そして原因げんいんも理由りゆうもないのになぜだか感かんじる、ごく軽かるい恐怖きょうふのような心理しんり状態じょうたいを、こうして窓辺まどべの籐とう椅子いすにすわって変化へんかにとぼしい光景こうけいを午前ごぜん中ちゅうずっと眺ながめることにより、彼女かのじょは自己じこ治療ちりょうする。

お昼ひるが近ちかづく頃ころ、彼女かのじょの気持きもちは落おち着ついてくる。籐とう椅子いすに腰こしだけ降おろして硬かたくしていた体からだは、ゆったりしたおだやかな状態じょうたいをとり戻もどす。背せもたれに背せを預あずけ、腕うでや脚あしから力ちからを抜ぬき、ほんのりと微笑びしょうすら浮うかべて、彼女かのじょは窓まどの外そとを見み続つづける。

雨期うきの雨あめの日ひや冬ふゆの終おわりの雨嵐あめあらしの日ひなどには、彼女かのじょはほとんど一日ついたち、ベッドですごす。窓まどの外そとを見みていられないからだ。雨あめや風かぜは動うごき続つづける。窓まどの外そとの景色けしきに変化へんかをあたえる。このことに、不ふ安定あんていな彼女かのじょの情緒じょうちょは、耐たえられない。動うごき続つづける雨あめや風かぜが、窓まどの外そとの景色けしきにさらに大おおきな変化へんかをもたらし、その変化へんかが彼女かのじょにのしかかっていく。

雨あめや風かぜの日ひに強つよく感かんじる不安ふあんを、彼女かのじょはそんなふうに看護かんご婦ふに説明せつめいしている。そんな日ひには、優やさしい看護かんご婦ふが一日ついたち、彼女かのじょにつきっきりになる。忍耐にんたい力りょくにおいて特とくにすぐれた、無限むげんの優やさしさの権化ごんげのような看護かんご婦ふが、その役やくにあたる。

朝あさから夜よるまで、態度たいどや気持きもちになんの変化へんかもなく自分じぶんに接せっし続つづけてくれる看護かんご婦ふといっしょだと、彼女かのじょの不安ふあんは少すこしずつ小ちいさくなっていく。部屋へやに明あかりを灯ともす頃ころ、彼女かのじょは普通ふつうと変かわりのない状態じょうたいになり、趣味しゅみの手芸しゅげいを始はじめたりする。

毎日まいにち、快晴かいせいの日ひが続つづいている。今日きょうも素晴すばらしく明あかるい陽ひざしだ。空そらも海うみも、そして海うみの波なみも、目めに映えいじるあらゆるものが、くっきりと鮮明せんめいだ。

いつもの景色けしきを窓まどのガラス越ごしに見渡みわたしながら、自分じぶんの気持きもちが次第しだいに鎮しずまっていくのを感かんじ、彼女かのじょはうれしかった。気持きもちがうまく落おち着つかないと、昼ひるの食事しょくじを彼女かのじょの体からだが拒否きょひしてしまう。食たべられなくなるのだ。お昼ひるが食たべられないと、夕方ゆうがたまで不安ふあんな状態じょうたいが続つづく。

毎日まいにちなんの変化へんかもない窓まどの外そとの景色けしきだが、この六ろくか月げつ間かんにふたつだけ、小ちいさな変化へんかがあった。

ひとつはオロマナ海岸かいがんの沖おきに出来できた、コンクリートの四角しかくい桶おけだ。近ちかくから見みると、不ふ気味きみに巨大きょだいな四角しかくいコンクリートのお化ばけなのだが、彼女かのじょの窓まどからだと、波なみのなかに置おいた玩具がんぐのようだ。海底かいていの石油せきゆを採掘さいくつするための作業さぎょう船せんのような船ふねが、連日れんじつ、沖おきに出でて建設けんせつ作業さぎょうをしていた。いまは、もういない。コンクリートの桶おけは完成かんせいしている。

もうひとつの変化へんかは、ハイウエイの内側うちがわの土手どてに敷しかれた鉄道てつどう線路せんろだ。土手どてに沿そった帯おび状じょうの林はやしが途切とぎれるところから、ある日ひいきなり、この線路せんろは顔かおを出だした。何なん人にんかの作業さぎょう員いんたちが、路床ろしょうを整地せいちしてはバラスを敷しき、枕木まくらぎをならべてその上うえにレールを少すこしずつ、敷しいていった。

この線路せんろもすでに完成かんせいしている。窓まどから何なん日にちにもわたって見みえていた作業さぎょう員いんたちの姿すがたは、もう見みえない。レールは二に本ほんの銀色ぎんいろの線せんとして、土手どての上うえに光ひかっている。そしてこの線路せんろも、彼女かのじょがいる窓辺まどべから見みると、玩具がんぐの国くにのもののようだ。

このふたつの変化へんかが起おき始はじめた頃ころ、彼女かのじょは例れいによって、少すくなからぬ不安ふあんを覚おぼえた。ふたつの小ちいさな変化へんかが、やがてもっと大おおきな変化へんかを生うみ、それが自分じぶんにひどい影響えいきょうをあたえるのではないか、という不安ふあんだ。

だがその不安ふあんも、すでに消きえ去さった。沖おきの波間なみまのコンクリート桶おけも、土手どての上うえに光ひかっているレールも、いつも窓まどから見みえる光景こうけいの一いち部分ぶぶんとして、完璧かんぺきにぜんたいに溶とけこんでいる。見みていても不安ふあんは感かんじない。

というよりも、見みることが楽たのしくさえなっている。コンクリート桶おけのほうはあまり楽たのしくないのだが、線路せんろは面白おもしろい。土手どての上うえをくっきりと、おたがいに並行へいこうに、銀色ぎんいろに輝かがやいてのびている。美うつくしい軌跡きせきだ。陽ひのあるあいだは、きらきらと光ひかって楽たのしい。

何なん度ども彼女かのじょはそのレールを見みる。林はやしの途切とぎれたところから始はじまって、内側うちがわに向むかって大おおきくカーヴを描えがきつつ、砂糖さとうキビ畑ばたけを縁取ふちどって、くっきりと銀色ぎんいろだ。窓まどから見みえる視界しかいの左側ひだりがわへ、その線路せんろは消きえている。

端はしから端はしまで何なん度ども、彼女かのじょは視線しせんでそのレールをたどる。風かぜに揺ゆれ続つづける砂糖さとうキビの葉はの海うみとは対照たいしょう的てきに、銀色ぎんいろの線路せんろはぴたりと二に本ほん寄より添そったまま、動うごかない。いつ見みても変かわりのない、おだやかな二に本ほんのカーヴは、彼女かのじょの心こころをなごませる。

籐とう椅子いすにすわり、窓まどの外そとの光景こうけいを午前ごぜん中ちゅうずっと眺ながめ続つづける彼女かのじょは、周期しゅうき的てきにレールに視線しせんを戻もどす。銀色ぎんいろに輝かがやく軌跡きせきを、視線しせんでいつくしむ。いまも彼女かのじょはレールを見みていた。

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