ジェーン・リンドバーグは早業をやった。見事なものだ。決断と行動の素早さは、まさにジャーナリズムの世界を達者に泳いでいる人間のものだった。
昔どおりによみがえった砂糖会社の鉄道が、全線公開試運転をおこなったその日、病院の窓から蒸気機関車を見た記憶喪失の老女が突然、記憶をとり戻した。そのニュースを、ハワイと西海岸の友人を介して、ジェーンはインディアナ州のフォート・ウエインで受け取った。ジェーンはハワイ島ヒロ行きのノースウエスト機に飛び乗った。
今回は僕にはほとんど頼ることなく、取材して記事を書きあげ、僕には電話を一度くれただけで、西海岸へ帰っていった。前回にジェーンが書いた第57番サーフについての記事の続きという感じで、記憶をとり戻したマーシア・レイノルズのことが記事になった。
ドラマチックな記事だった。すべてのいきさつをよく知っている僕でさえ、その記事が掲載された西海岸の新聞を、夢中で読んでしまった。新聞記事というよりも、読者を引っぱっていく要領を非常によく心得た娯楽読物になっていた。ジェーンの書き方もさることながら、出来事そのものがひどくロマンチックなのだ。
試運転の機関車を病室から見た記憶喪失のマーシア・レイノルズは、彼女が看護婦のメリーに言ったように、たしかに島のこの田舎町の先生だった。小学校の先生だ。
四十七年前、彼女がまだ二十四歳だったある日、自動車事故にあった。居眠り運転の対向車が車線へ斜めにはずれつつ猛スピードで突っこんでくるのをよけきれず、正面衝突した。
頭部に損傷を受けた彼女は、一週間にわたって意識不明だった。そして意識が戻ったときには、重傷の記憶喪失となっていた。初めのうちは、言葉もほとんど駄目だった。各地の病院を転々とし、一時はアメリカ本土に帰ってもいた。数年をそこですごしたのち、事故からちょうど十年後に、かつて自分が先生をしていたこの島の病院に帰って来た。
言葉に関する記憶はほとんど戻った。そのほかの記憶や知能も、日常生活にはなんら支障ないところまで回復したのだが、肝心の自分自身に関する記憶は、回復しなかった。かつての自分に関して、外部からいくら教えられても、マーシアは反応しなかった。
「わからない、わからない」を繰り返すだけで、自分が誰であるのかを自分自身がつかみきれないという、奇妙な空白の空間に宙吊りですごす年月が、二十年、三十年と、いつのまにか重なっていった。
情緒不安定が目立つようになり、不安感や鬱病に似た症状にとりつかれ始め、記憶喪失よりもそちらのほうが、治療の対象としては重要になった。病んだ心は体を弱らせていった。精神安定剤の連用は心臓に負担をかけた。肝臓や腎臓などにも、連鎖反応的な影響があらわれて来た。
記憶を喪失して四十年目に入る頃、マーシア・レイノルズの精神状態は少しだけ好転した。彼女を常に悩ませていた不安感や憂鬱感がやわらぎ、周期的なものへと変化した。不安感のおそって来る周期が、次第に長くなった。と同時に、不安感を彼女ひとりで多少はコントロール出来るようになった。
そんな彼女は、病室の窓から、オロマナの海とその周囲の景色を、毎日眺めていた。そして土手にレールが敷かれていくのを見守り、林の向こうから昔の蒸気機関車が走り出して来るのを、目撃した。小学校の先生をしていた当時、このミカド型の蒸気機関車が引っぱる客車に乗って、毎日マーシアは学校にかよった。
記憶を喪失した脳の、複雑に交錯したメカニズムが、ふとした小さな刺激をきっかけにどんな働きを見せるものなのか、見当もつかない。だがマーシアの場合は、昔とおなじたたずまいで走る蒸気機関車を見たとたん、四十七年間にわたって失われていた記憶の大半が、いきなり大量の輸血を受けたように、体内に戻って来た。
復元されていく鉄道と、その新品の線路を見下ろす丘の上の病院にいる記憶喪失の女性との、スリリングな接近の物語を、ジェーン・リンドバーグはサスペンス豊かに描いていた。
寺の広場では盆踊りがおこなわれていた。芝生の生えた広いスペースが寺の正面にあり、両わきは熱帯樹の林で黒い影になっている。広場の前は町を遠くはずれた田舎道だ。広場の中央に、背の高い椰子の樹が二本、寄り添うように立っている。その椰子の樹に寄せて、盆踊りのやぐらが組んであった。
やぐらから周囲の熱帯樹やお寺の建物にロープが張り渡され、明かりの灯った提燈がいくつも華やかに下がっていた。日本の歌のレコードが鳴り、きれいな色の浴衣を着た女性たちが、デモンストレーションの踊りを見せていた。人々が輪になってやぐらを囲み、楽しそうに踊りを見ていた。
今夜の寺は忙しい。日本から派遣されてこのお寺にいる僧侶は、五〇年代のダッジ・ダートを駆って檀家めぐりだ。奥さんは、手伝いに来てくれている近所の日系の老婦人たちを指揮して、冷たい飲み物や寿司、サンドイッチ、照り焼などを用意している。
お寺の広間には、男たちが集まっていた。深く陽焼けした、日系の初老の男たちだ。五十代なかばから六十代の前半にかけての年齢だ。僕が来たとき、集会はすでに始まっていた。初老の男たちに混じって、鉄道をよみがえらせたマニュエル・パヴァオやボブ・サントスたちの顔も見えた。
初老の男たちは、全員、かつての美しい白人の女教師、マーシア・レイノルズの教え子たちだ。記憶をとり戻したマーシアのために、合同でクラス会を開こう、という計画が持ちあがっている。その計画について語り合うのが、今夜の集会だ。マーシアにつきっきりになっている看護婦メリーのアシスタントである、ゲイル・モデストという女性が、マーシアの状態について説明した。
記憶が戻ってから、一時、マーシアは情緒不安定のきわみにあったという。記憶が戻ったのはよかったけれど、それと入れ違いに、四十七年という時間の経過の実感が、すっぽりと抜け落ちた。ある日の朝、目覚めたら、四十七年も年月がたってしまっていたのと、おなじ状態なのだ。よみがえったほんとうの自分に対して、マーシアはまだ完全には反応出来ずにいる。