← Library‹ 波乗りの島 シュガー・トレイン 6

ジェーン・リンドバーグは早業はやわざをやった。見事みごとなものだ。決断けつだんと行動こうどうの素早すばやさは、まさにジャーナリズムの世界せかいを達者たっしゃに泳およいでいる人間にんげんのものだった。

昔むかしどおりによみがえった砂糖さとう会社かいしゃの鉄道てつどうが、全線ぜんせん公開こうかい試し運転うんてんをおこなったその日ひ、病院びょういんの窓まどから蒸気じょうき機関きかん車しゃを見みた記憶きおく喪失そうしつの老女ろうじょが突然とつぜん、記憶きおくをとり戻もどした。そのニュースを、ハワイと西にし海岸かいがんの友人ゆうじんを介かいして、ジェーンはインディアナ州しゅうのフォート・ウエインで受うけ取とった。ジェーンはハワイ島とうヒロ行いきのノースウエスト機きに飛とび乗のった。

今回こんかいは僕ぼくにはほとんど頼たよることなく、取材しゅざいして記事きじを書かきあげ、僕ぼくには電話でんわを一いち度どくれただけで、西にし海岸かいがんへ帰かえっていった。前回ぜんかいにジェーンが書かいた第だい57番ばんサーフについての記事きじの続つづきという感かんじで、記憶きおくをとり戻もどしたマーシア・レイノルズのことが記事きじになった。

ドラマチックな記事きじだった。すべてのいきさつをよく知しっている僕ぼくでさえ、その記事きじが掲載けいさいされた西にし海岸かいがんの新聞しんぶんを、夢中むちゅうで読よんでしまった。新聞しんぶん記事きじというよりも、読者どくしゃを引ひっぱっていく要領ようりょうを非常ひじょうによく心得こころえた娯楽ごらく読物よみものになっていた。ジェーンの書かき方かたもさることながら、出来事できごとそのものがひどくロマンチックなのだ。

試し運転うんてんの機関きかん車しゃを病室びょうしつから見みた記憶きおく喪失そうしつのマーシア・レイノルズは、彼女かのじょが看護かんご婦ふのメリーに言いったように、たしかに島しまのこの田舎町いなかまちの先生せんせいだった。小しょう学校がっこうの先生せんせいだ。

四十よんじゅう七なな年ねん前まえ、彼女かのじょがまだ二十にじゅう四よん歳さいだったある日ひ、自動じどう車しゃ事故じこにあった。居眠いねむり運転うんてんの対向たいこう車しゃが車線しゃせんへ斜ななめにはずれつつ猛もうスピードで突つっこんでくるのをよけきれず、正面しょうめん衝突しょうとつした。

頭部とうぶに損傷そんしょうを受うけた彼女かのじょは、一いち週間しゅうかんにわたって意識いしき不明ふめいだった。そして意識いしきが戻もどったときには、重傷じゅうしょうの記憶きおく喪失そうしつとなっていた。初はじめのうちは、言葉ことばもほとんど駄目だめだった。各地かくちの病院びょういんを転々てんてんとし、一時いちじはアメリカ本土ほんどに帰かえってもいた。数すう年ねんをそこですごしたのち、事故じこからちょうど十じゅう年ねん後ごに、かつて自分じぶんが先生せんせいをしていたこの島しまの病院びょういんに帰かえって来きた。

言葉ことばに関かんする記憶きおくはほとんど戻もどった。そのほかの記憶きおくや知能ちのうも、日常にちじょう生活せいかつにはなんら支障ししょうないところまで回復かいふくしたのだが、肝心かんじんの自分じぶん自身じしんに関かんする記憶きおくは、回復かいふくしなかった。かつての自分じぶんに関かんして、外部がいぶからいくら教おしえられても、マーシアは反応はんのうしなかった。

「わからない、わからない」を繰くり返かえすだけで、自分じぶんが誰だれであるのかを自分じぶん自身じしんがつかみきれないという、奇妙きみょうな空白くうはくの空間くうかんに宙吊ちゅうづりですごす年月としつきが、二十にじゅう年ねん、三十さんじゅう年ねんと、いつのまにか重かさなっていった。

情緒じょうちょ不ふ安定あんていが目立めだつようになり、不安ふあん感かんや鬱病うつびょうに似にた症状しょうじょうにとりつかれ始はじめ、記憶きおく喪失そうしつよりもそちらのほうが、治療ちりょうの対象たいしょうとしては重要じゅうようになった。病やんだ心こころは体からだを弱よわらせていった。精神せいしん安定あんてい剤ざいの連用れんようは心臓しんぞうに負担ふたんをかけた。肝臓かんぞうや腎臓じんぞうなどにも、連鎖れんさ反応はんのう的てきな影響えいきょうがあらわれて来きた。

記憶きおくを喪失そうしつして四十よんじゅう年ねん目めに入はいる頃ころ、マーシア・レイノルズの精神せいしん状態じょうたいは少すこしだけ好転こうてんした。彼女かのじょを常つねに悩なやませていた不安ふあん感かんや憂鬱ゆううつ感かんがやわらぎ、周期しゅうき的てきなものへと変化へんかした。不安ふあん感かんのおそって来くる周期しゅうきが、次第しだいに長ながくなった。と同時どうじに、不安ふあん感かんを彼女かのじょひとりで多少たしょうはコントロール出来できるようになった。

そんな彼女かのじょは、病室びょうしつの窓まどから、オロマナの海うみとその周囲しゅういの景色けしきを、毎日まいにち眺ながめていた。そして土手どてにレールが敷しかれていくのを見守みまもり、林はやしの向むこうから昔むかしの蒸気じょうき機関きかん車しゃが走はしり出だして来くるのを、目撃もくげきした。小しょう学校がっこうの先生せんせいをしていた当時とうじ、このミカド型がたの蒸気じょうき機関きかん車しゃが引ひっぱる客車きゃくしゃに乗のって、毎日まいにちマーシアは学校がっこうにかよった。

記憶きおくを喪失そうしつした脳のうの、複雑ふくざつに交錯こうさくしたメカニズムが、ふとした小ちいさな刺激しげきをきっかけにどんな働はたらきを見みせるものなのか、見当けんとうもつかない。だがマーシアの場合ばあいは、昔むかしとおなじたたずまいで走はしる蒸気じょうき機関きかん車しゃを見みたとたん、四十よんじゅう七なな年間ねんかんにわたって失うしなわれていた記憶きおくの大半たいはんが、いきなり大量たいりょうの輸血ゆけつを受うけたように、体内たいないに戻もどって来きた。

復元ふくげんされていく鉄道てつどうと、その新品しんぴんの線路せんろを見下みおろす丘おかの上うえの病院びょういんにいる記憶きおく喪失そうしつの女性じょせいとの、スリリングな接近せっきんの物語ものがたりを、ジェーン・リンドバーグはサスペンス豊ゆたかに描えがいていた。

寺てらの広場ひろばでは盆踊ぼんおどりがおこなわれていた。芝生しばふの生はえた広ひろいスペースが寺てらの正面しょうめんにあり、両りょうわきは熱帯ねったい樹じゅの林はやしで黒くろい影かげになっている。広場ひろばの前まえは町まちを遠とおくはずれた田舎道いなかみちだ。広場ひろばの中央ちゅうおうに、背せの高たかい椰子やしの樹きが二に本ほん、寄より添そうように立たっている。その椰子やしの樹きに寄よせて、盆踊ぼんおどりのやぐらが組くんであった。

やぐらから周囲しゅういの熱帯ねったい樹じゅやお寺てらの建物たてものにロープが張はり渡わたされ、明あかりの灯ともった提ひさげ燈あかりがいくつも華はなやかに下さがっていた。日本にっぽんの歌うたのレコードが鳴なり、きれいな色いろの浴衣ゆかたを着きた女性じょせいたちが、デモンストレーションの踊おどりを見みせていた。人々ひとびとが輪わになってやぐらを囲かこみ、楽たのしそうに踊おどりを見みていた。

今夜こんやの寺てらは忙いそがしい。日本にっぽんから派遣はけんされてこのお寺てらにいる僧侶そうりょは、五ご〇れい年ねん代だいのダッジ・ダートを駆かって檀家だんかめぐりだ。奥おくさんは、手伝てつだいに来きてくれている近所きんじょの日系にっけいの老ろう婦人ふじんたちを指揮しきして、冷つめたい飲のみ物ものや寿司すし、サンドイッチ、照てり焼やきなどを用意よういしている。

お寺てらの広間ひろまには、男おとこたちが集あつまっていた。深ふかく陽焼ひやけした、日系にっけいの初老しょろうの男おとこたちだ。五十ごじゅう代だいなかばから六十ろくじゅう代だいの前半ぜんはんにかけての年齢ねんれいだ。僕ぼくが来きたとき、集会しゅうかいはすでに始はじまっていた。初老しょろうの男おとこたちに混まじって、鉄道てつどうをよみがえらせたマニュエル・パヴァオやボブ・サントスたちの顔かおも見みえた。

初老しょろうの男おとこたちは、全員ぜんいん、かつての美うつくしい白人はくじんの女おんな教師きょうし、マーシア・レイノルズの教おしえ子ごたちだ。記憶きおくをとり戻もどしたマーシアのために、合同ごうどうでクラス会かいを開ひらこう、という計画けいかくが持もちあがっている。その計画けいかくについて語かたり合あうのが、今夜こんやの集会しゅうかいだ。マーシアにつきっきりになっている看護かんご婦ふメリーのアシスタントである、ゲイル・モデストという女性じょせいが、マーシアの状態じょうたいについて説明せつめいした。

記憶きおくが戻もどってから、一時いちじ、マーシアは情緒じょうちょ不ふ安定あんていのきわみにあったという。記憶きおくが戻もどったのはよかったけれど、それと入いれ違ちがいに、四十よんじゅう七なな年ねんという時間じかんの経過けいかの実感じっかんが、すっぽりと抜ぬけ落おちた。ある日ひの朝あさ、目覚めざめたら、四十よんじゅう七なな年ねんも年月としつきがたってしまっていたのと、おなじ状態じょうたいなのだ。よみがえったほんとうの自分じぶんに対たいして、マーシアはまだ完全かんぜんには反応はんのう出来できずにいる。

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