← Library‹ 波乗りの島 ベイル・アウト 2

ダフネ・ウォーカーはたいへんな美人びじんだ。この断定だんていに異論いろんをさしはさむ人ひとは、非常ひじょうに少すくないはずだ。理知りち的てきでクールな顔かおだちには、粘着ねんちゃくした部分ぶぶんのまったくない優やさしさが、いかなるときにも静しずかに宿やどっている。体からだつきはよく見みれば充分じゅうぶんに女おんならしいのだが、女おんならしさを必要ひつよう最小さいしょう限げん以上いじょうには感かんじさせない。

自分じぶんがなにをやろうとしているのか、よく承知しょうちしている人ひとだけが持もつ自信じしんが、身みのこなしのあらゆる部分ぶぶんに感かんじられる。体からだの動うごき方かたは適格てきかくで無駄むだがない。だが、機械きかいじかけのような張はりつめた固かたさのある動うごきではなく、うるおいを含ふくんだ滑なめらかな動うごきだ。女性じょせいとしての冷静れいせいなうるおい、というようなものがもしあるなら、それをダフネ・ウォーカーは確実かくじつに持もっていた。

家いえのドアを出でて前庭ぜんていを歩あるき、広ひろい階段かいだんを降おりて来くる彼女かのじょが、車くるまから見みえた。朝あさのきれいな陽ひざしが、ダフネに正面しょうめんから射さしていた。ダフネは輝かがやいて見みえた。

「俺おれにもやがてあんな女おんなが口説くどけるだろうか」

運転うんてん席せきのラリーが言いった。

「試ためしてみろよ」

うしろの席せきの僕ぼくが答こたえた。ドアを開ひらいて外そとに出でた僕ぼくは、ダフネを迎むかえた。

「お早はよう。空港くうこうまで、ラリーが送おくってくれる」

ダフネは笑顔えがおでラリーと挨拶あいさつを交かわした。僕ぼくといっしょに車くるまのうしろをまわった。後部こうぶドアを僕ぼくが開ひらいた。旅行りょこう鞄かばんを、ダフネは後部こうぶ座席ざせきに置おいた。そして助手じょしゅ席せきのドアを自分じぶんで開ひらき、乗のりこんだ。僕ぼくはうしろの席せきに入はいった。

「アランのフィルムは?」

僕ぼくが訊きいた。

「持もって来きたわ」

ラリーは車くるまを発進はっしんさせた。いつも彼かれがオフィスの駐車ちゅうしゃ場じょうに停とめておく、マーキュリーの4ドアだ。

「意外いがいに早はやかったわね。もっと時間じかんがかかるかと思おもってました」

「なにが?」

「アランについての情報じょうほう」

「早はやいといっても、すでに三さんか月げつたってる」

ラリーが言いった。

「そうね」

「しかもその三さんか月げつのあいだ、舞まいこんで来くる情報じょうほうは、なにひとつなかった」

「サーファーとしては知しられていない人ひとなのね、きっと」

「しかし、きみのフィルムで見みるかぎり、アランの波乗なみのりはたいへんな腕前うでまえだ。あのくらいの腕うでになっていくあいだには、かなりの数かずの波乗なみのり仲間なかまが自然しぜんに出来できるはずなんだが」

「西にし海岸かいがんからも、情報じょうほうはなにもなかったでしょう」

「なかった」

「以前いぜんにも言いったとおり、サンディエーゴで二に度ど、会あっただけなのよ。その二に度どで、あのフィルムのシークエンスを撮影さつえいしたの。アランという名前なまえしか知しらない。彼かれについてはそれ以外いがい、私わたくしはなにも知しらないの。偶然ぐうぜんに会あって、波乗なみのりを撮影さつえいし、ふっと別わかれてそれっきり」

大学だいがくにかよって勉強べんきょうするかたわら、ダフネは波乗なみのりの映画えいがを16ミリで撮とっている。アランが映うつっているのとは別べつの、一いち時間じかん十じゅう五ご分ぶんの長篇ちょうへんフィルムを見みせてもらったのだが、いわゆるよくあるサーフィン・フィルムとは、趣おもむきが明あきらかに違ちがっていた。ダフネの興味きょうみの中心ちゅうしんは海うみにあるのだ。

海うみと人間にんげんの出会であいの現場げんばに自然しぜんに生うまれて来くる、力強ちからづよくて美うつくしい情景じょうけいをフィルムにとらえることを主眼しゅがんとしている。波乗なみのりは、海うみと人間にんげんとの出会であいの、興味きょうみある一いち例れいにすぎない。しかし、ダフネの撮とる波乗なみのりは、非常ひじょうに美うつくしい。堂々どうどうたる静しずけさの彼方かなたから、海うみの強つよさが、人間にんげんをとおして黙々もくもくと伝つたわって来くる。そして画面がめんの流ながれは企たくらみのまったくない、きわめて流麗りゅうれいなものだ。

撮とりためたフィルムを編集へんしゅうし、音楽おんがくやナレーションを入いれて作品さくひんに仕上しあげ、西にし海岸かいがん一帯いったいのサーフ・エリアを自分じぶんでまわっては、有料ゆうりょうの上映じょうえい会かいを開ひらく。貸かし出だしもおこなう。フィルム代だいや撮影さつえいにかかった実費じっぴをさしひくと、わずかだが収益しゅうえきが残のこる。その現金げんきん収入しゅうにゅうで、また次つぎの作品さくひんを作つくる。作品さくひんと、その作品さくひんを作つくることに関かんして得えた体験たいけんとが、次々つぎつぎに彼女かのじょの内部ないぶに残のこっていく。

彼女かのじょがアランを探さがしているのは、アランひとりを使つかって波乗なみのり映画えいがを撮とるためだ。アランの登場とうじょうするサーフィン・フィルムを見みた西にし海岸かいがんのサーファーたちのあいだから、アランの波乗なみのりをもっと見みたい、という声こえがさかんにあがった。その要望ようぼうに応こたえるため、ダフネはアランを探さがし始はじめた。

「アランの波乗なみのりには、サーファーの心こころをとらえるなにかがあるのかしら」

と、ダフネが言いった。

「シーンぜんたいが美うつくしいからな。虹にじといい、あのワイプアウトといい」

アランを知しるふたりの男おとこたちが、アランはもう生いきてはいないはずだと言いっていることは、まだダフネには知しらせていない。僕ぼくから知しらせる必要ひつようはない。タヒチから来きたふたりの男おとこたちから、ダフネが直接ちょくせつに知しればいいことだ。

ラリーの運転うんてんするマーキュリーは、カイムキの住宅じゅうたく街がいを抜ぬけた。フリーウエイのH1にあがり、朝あさの光ひかりのなかを西にしに向むかった。ワイキキの上空じょうくうを、薄うすい雨雲あまぐもが走はしっていた。霧吹きりふきで吹ふいたような細こまかい雨あめが、アラワイの水路すいろやカラカウア通とおりに舞まっているはずだ。

顔かおに風かぜを受うけ、そんな光景こうけいを見みながら、僕ぼくは思おもい出だしていた。三さんか月げつ前まえ、僕ぼくたちのオフィスに初はじめてダフネが来きたときのことだ。

あの日ひの午後ごご遅おそく、僕ぼくとラリーはオフィスにいた。そろそろ北きた海岸かいがんへ帰かえろうとしている頃ころ、電話でんわが鳴なった。ラリーが電話でんわに出でた。短みじかいやりとりのあと、電話でんわを切きってラリーが言いった。

「客きゃくが来くる。とてもクールな声こえの、若わかい女性じょせいだ。波乗なみのりのフィルムを見みせてくれるそうだ」

三十さんじゅう分ふんほど待まって、ドアのチャイムが鳴なった。応対おうたいには僕ぼくが出でた。ドアを開ひらいたそのときが、僕ぼくとダフネとの初はつ対面たいめんのときだった。

客きゃくとの応接おうせつ用ようにしつらえた雰囲気ふんいきのいい部屋へやで、僕ぼくとラリーはダフネの話はなしを聞きいた。これから自分じぶんが撮影さつえいしたフィルムを上映じょうえいしてご覧らんに入いれるけど、そこに映うつっているサーファーについてなにかご存知ぞんじだったら、自分じぶんはいま彼かれを探さがしているところなので、出来できるかぎりのご協力きょうりょくをお願ねがいしたい、とダフネは言いった。

オフィスの奥おくの部屋へやで、僕ぼくたちは彼女かのじょのフィルムを映写えいしゃ機きにかけた。ブラインドを降おろし、照明しょうめいを消けして暗くらくした部屋へやのスクリーンに、ダフネのフィルムが映写えいしゃされた。

いちばん初はじめのシークエンスは、すさまじいワイプアウトだった。ゴム製せいのいかだに腹はらばいになって波なみのふもとに位置いちをとり、防水ぼうすいのハウジングに閉とじこめたアリフレックスで自分じぶんが撮とった、とダフネは言いっていた。

Click a word · hold for the whole sentence 0%