ダフネ・ウォーカーはたいへんな美人だ。この断定に異論をさしはさむ人は、非常に少ないはずだ。理知的でクールな顔だちには、粘着した部分のまったくない優しさが、いかなるときにも静かに宿っている。体つきはよく見れば充分に女らしいのだが、女らしさを必要最小限以上には感じさせない。
自分がなにをやろうとしているのか、よく承知している人だけが持つ自信が、身のこなしのあらゆる部分に感じられる。体の動き方は適格で無駄がない。だが、機械じかけのような張りつめた固さのある動きではなく、うるおいを含んだ滑らかな動きだ。女性としての冷静なうるおい、というようなものがもしあるなら、それをダフネ・ウォーカーは確実に持っていた。
家のドアを出て前庭を歩き、広い階段を降りて来る彼女が、車から見えた。朝のきれいな陽ざしが、ダフネに正面から射していた。ダフネは輝いて見えた。
「俺にもやがてあんな女が口説けるだろうか」
運転席のラリーが言った。
「試してみろよ」
うしろの席の僕が答えた。ドアを開いて外に出た僕は、ダフネを迎えた。
「お早う。空港まで、ラリーが送ってくれる」
ダフネは笑顔でラリーと挨拶を交わした。僕といっしょに車のうしろをまわった。後部ドアを僕が開いた。旅行鞄を、ダフネは後部座席に置いた。そして助手席のドアを自分で開き、乗りこんだ。僕はうしろの席に入った。
「アランのフィルムは?」
僕が訊いた。
「持って来たわ」
ラリーは車を発進させた。いつも彼がオフィスの駐車場に停めておく、マーキュリーの4ドアだ。
「意外に早かったわね。もっと時間がかかるかと思ってました」
「なにが?」
「アランについての情報」
「早いといっても、すでに三か月たってる」
ラリーが言った。
「そうね」
「しかもその三か月のあいだ、舞いこんで来る情報は、なにひとつなかった」
「サーファーとしては知られていない人なのね、きっと」
「しかし、きみのフィルムで見るかぎり、アランの波乗りはたいへんな腕前だ。あのくらいの腕になっていくあいだには、かなりの数の波乗り仲間が自然に出来るはずなんだが」
「西海岸からも、情報はなにもなかったでしょう」
「なかった」
「以前にも言ったとおり、サンディエーゴで二度、会っただけなのよ。その二度で、あのフィルムのシークエンスを撮影したの。アランという名前しか知らない。彼についてはそれ以外、私はなにも知らないの。偶然に会って、波乗りを撮影し、ふっと別れてそれっきり」
大学にかよって勉強するかたわら、ダフネは波乗りの映画を16ミリで撮っている。アランが映っているのとは別の、一時間十五分の長篇フィルムを見せてもらったのだが、いわゆるよくあるサーフィン・フィルムとは、趣きが明らかに違っていた。ダフネの興味の中心は海にあるのだ。
海と人間の出会いの現場に自然に生まれて来る、力強くて美しい情景をフィルムにとらえることを主眼としている。波乗りは、海と人間との出会いの、興味ある一例にすぎない。しかし、ダフネの撮る波乗りは、非常に美しい。堂々たる静けさの彼方から、海の強さが、人間をとおして黙々と伝わって来る。そして画面の流れは企みのまったくない、きわめて流麗なものだ。
撮りためたフィルムを編集し、音楽やナレーションを入れて作品に仕上げ、西海岸一帯のサーフ・エリアを自分でまわっては、有料の上映会を開く。貸し出しもおこなう。フィルム代や撮影にかかった実費をさしひくと、わずかだが収益が残る。その現金収入で、また次の作品を作る。作品と、その作品を作ることに関して得た体験とが、次々に彼女の内部に残っていく。
彼女がアランを探しているのは、アランひとりを使って波乗り映画を撮るためだ。アランの登場するサーフィン・フィルムを見た西海岸のサーファーたちのあいだから、アランの波乗りをもっと見たい、という声がさかんにあがった。その要望に応えるため、ダフネはアランを探し始めた。
「アランの波乗りには、サーファーの心をとらえるなにかがあるのかしら」
と、ダフネが言った。
「シーンぜんたいが美しいからな。虹といい、あのワイプアウトといい」
アランを知るふたりの男たちが、アランはもう生きてはいないはずだと言っていることは、まだダフネには知らせていない。僕から知らせる必要はない。タヒチから来たふたりの男たちから、ダフネが直接に知ればいいことだ。
ラリーの運転するマーキュリーは、カイムキの住宅街を抜けた。フリーウエイのH1にあがり、朝の光のなかを西に向かった。ワイキキの上空を、薄い雨雲が走っていた。霧吹きで吹いたような細かい雨が、アラワイの水路やカラカウア通りに舞っているはずだ。
顔に風を受け、そんな光景を見ながら、僕は思い出していた。三か月前、僕たちのオフィスに初めてダフネが来たときのことだ。
あの日の午後遅く、僕とラリーはオフィスにいた。そろそろ北海岸へ帰ろうとしている頃、電話が鳴った。ラリーが電話に出た。短いやりとりのあと、電話を切ってラリーが言った。
「客が来る。とてもクールな声の、若い女性だ。波乗りのフィルムを見せてくれるそうだ」
三十分ほど待って、ドアのチャイムが鳴った。応対には僕が出た。ドアを開いたそのときが、僕とダフネとの初対面のときだった。
客との応接用にしつらえた雰囲気のいい部屋で、僕とラリーはダフネの話を聞いた。これから自分が撮影したフィルムを上映してご覧に入れるけど、そこに映っているサーファーについてなにかご存知だったら、自分はいま彼を探しているところなので、出来るかぎりのご協力をお願いしたい、とダフネは言った。
オフィスの奥の部屋で、僕たちは彼女のフィルムを映写機にかけた。ブラインドを降ろし、照明を消して暗くした部屋のスクリーンに、ダフネのフィルムが映写された。
いちばん初めのシークエンスは、すさまじいワイプアウトだった。ゴム製のいかだに腹ばいになって波のふもとに位置をとり、防水のハウジングに閉じこめたアリフレックスで自分が撮った、とダフネは言っていた。