山の向こうから、通り雨の雲が張り出して来た。青空を幅広く灰色にふさぎ、雲は山なみに沿って走った。砂糖キビ畑に向かって斜めに降る雨が、銀色に見えた。雨雲がカメハメハ・ハイウエイを横切った。僕の車は雨のなかを走った。ワイパーのスイッチをオンにした。ハイウエイに出て来てまだ二十分とたっていないのだが、雨はこれで三度目だ。北海岸はいま冬の通り雨の季節だ。
出て来たときとおなじように素早く、雨雲は去った。陽が射した。太陽とは反対の方向に虹が出来た。大きなアーチの虹だ。空中の雨がなくなると、虹は向こうの端から消えていった。こちらの端だけ、まっすぐな柱のように、虹が空に残った。
ハレイワの町にさしかかって、もう一度、雨が来た。そして町のまんなかで、雨はいきなり消えてなくなった。風が吹いた。ジャンクションを曲がるとき、向こうのガス・ステーションの給油ポンプのわきで、アテンダントのジョーが手を振った。
水曜日の朝、八時四十分。田舎町ハレイワは、いつもとおなじたたずまいだ。雨に濡れた椰子の葉が風に揺れ、きらめいて鮮明に光った。
この町も、しかし、いつのまにか人口が増えていた。新しい民家が町の外周に増え、古い建物が次々に消えていった。今日も懐かしい店がひとつ消える。
町の南のはずれ近く、ニシモト・カントリー・ストアの前には、すでに人が集まっていた。いまは使用されていない古い木造の倉庫のわきに、僕はフォルクスワーゲンを停めた。車を出てニシモト・カントリー・ストアに向かって歩いた。
ラジオ局の中継車が来ていた。ヴィデオ・カメラをかついだTV局の人もいた。近所の人たちや環境保全協会の人たちに混じって、仲間のサーファーたちの顔も数多く見えた。
大きなトラックから黄色いブルドーザーが一台、カントリー・ストアの前に降ろされているところだった。不用になった建物を破壊し、土地を更地になおすのを仕事にしている会社のブルドーザーだ。トラックの近くに立ち、ブルドーザーを降ろす作業を、僕は見守った。
ギターの音が、うしろから風に乗って、聞こえた。僕は振り返った。道路の向こう、椰子の樹の下の芝生にすわり、マイケル・ヘレアウカラニがギターを弾きながら歌っていた。手を振ってみた。マイケルは自分の歌に没頭していて、気づかなかった。
周囲に人が増え始めた。自動車で来ては、ニシモト・カントリー・ストアの前まで歩いて来るのだ。トラックの荷台に、スタンドにつけたマイクロフォンと小さなアンプが、設置された。スピーカーを組みこんだ簡単なアンプだ。
黄色いブルドーザーに作業員が乗りこんだ。エンジンが始動した。ブルドーザーはシャベルを高くあげた。車体の前部に、車幅いっぱいに大きく凶悪な雰囲気で顎のように突き出ている、鉄のシャベルだ。
ブルドーザーは後退した。キャタピラーでアスファルトの道路を踏みつけ、椰子の樹をかすめて芝生に入った。そして前進した。ニシモト・カントリー・ストアの西側の壁に、シャベルから先に衝突した。重い音があたりに広がった。
小さく後退したブルドーザーは、ふたたび前進した。三度目に建物にぶち当たったとき、古い木造の壁から土煙があがった。屋根が揺れた。ブルドーザーのエンジン音と、シャベルが建物に衝突する音が重なり合い、柱が折れ板が裂ける音が次第に大きくなった。
建物ぜんたいが、ぐらりと傾いだ。見物している人たちから、「オー」と声があがった。ニシモト・カントリー・ストアは、やがてあっけなく崩れ、倒れ、平たくなった。舞いあがる土埃に、朝の通り雨が降った。
一八九九年に創業した古い店だ。建物は何度か建て替えられたが、代々受けつがれてきた店だ。ハレイワのランドマークとなって久しい。僕も子供の頃からこの店でいろんなものを買った。思い出がたくさんある。しかし、ニシモト・カントリー・ストアは、もうない。この店の土地も含めて、付近一帯を再開発し、巨大なショッピング・センターがやがてつくられる。
ベンジャミン・ニシモトがトラックにあがった。マイクの前に立った。拍手が起こった。僕も手を叩いた。アロハ・シャツに白いスラックス、そして黒い樹の実で作ったレイを一本、彼は首にかけていた。シャツの襟や裾が、風にはためいた。集まった人たちを笑顔で見渡し、ベンジャミン・ニシモトはマイクに向かって喋った。
「みなさん、今日ここへ来てくれて、ありがとう。いまご覧になったとおり、ハレイワのニシモト・カントリー・ストアは、これで終わりです。長く続いてきたのですが、果たしてほんとうに長かったのか、あるいは短かったのか、よくわかりません。時代のほうが、ずっと続いていくからです。時代は、さまざまな変化をもたらします。きっと、我々は、変化を必要としているのでしょう。新しいものを歓迎しようではありませんか」
拍手が起こった。つらい気持を抑え、勇敢な笑顔をいまニシモトはみんなに向けていた。陽焼けした初老の顔に朝陽が当たった。ポマードでなでつけた白髪まじりの髪が、風にあおられて逆立った。
「私はハワイ島のコナに場所を変え、カントリー・ストアを開きます。アナザー・ニシモト・カントリー・ストア、と命名しました。売る品物の値段は、こことぜんぶおなじです。ありがとう」
盛んな拍手があった。ニシモトのかたわらに白人の初老の男が立った。新しく出来るショッピング・センターの経営者だと、ニシモトは紹介した。男は短いスピーチをおこなった。ニシモトの人格を讃え、新しい変化が良きものとなるよう最善をつくすことをみなさんに約束する、と彼は結んだ。
ブルドーザーの運転手に拍手を、とニシモトが言った。ブルドーザーの上で作業員が手をあげ、拍手に応えた。ギターをかかえたマイケル・ヘレアウカラニが、トラックの近くに来ていた。トラックを降りたふたりの男と入れ違いに、マイケルは荷台にあがった。目を閉じてマイクロフォンに向かい、悲しいコードを鳴らしながら、マイケルはこう言った。
「僕の作った歌を聴いてください。歌の題名は『ニシモト・カントリー・ストア』と言います」
マイケルは歌い始めた。