← Library‹ 波乗りの島 ベイル・アウト 5

リトル・リーグのための野球やきゅう場じょうから道路どうろをへだてた向むかい側がわに、巨大きょだいなモンキーポッドの樹きが何なん本ほんもならんで立たっている。残酷ざんこくなまでに青あおい空そらから照てりつけるマウイの太陽たいようのなかに、モンキーポッドの樹きは快適かいてきな陽陰ひかげをつくってくれていた。

徐行じょこうして来きた僕ぼくは、その陽陰よういんに車くるまを停とめた。エンジンを切きり、歩道ほどうの側がわのドアを大おおきく開あけ放はなった。シートをうしろへいっぱいにずらし、腰こしを前まえに出だしてだらしなくすわりなおした僕ぼくは、ダッシュボードに裸足はだしの両足りょうあしをあげた。

朝あさの十じゅう時じ前まえから西にしマウイの陽ひざしはこの熱あつさだが、樹陰じゅいんに入はいると気持きもちいい。風かぜが少すこし吹ふいて来くる。トランクス一いち枚まいの体からだに、その風かぜは心地良ここちよい。右足みぎあしの親指おやゆびで、僕ぼくはカー・ラジオのスイッチを押おしこんだ。

地元じもとの日本にっぽん語ご放送ほうそうがスピーカーから聞きこえて来きた。おかしな抑揚よくようだということが僕ぼくにもわかる日本にっぽん語ごで、人生じんせい相談そうだんがおこなわれていた。聴きいている人ひとたちから次々つぎつぎにかかって来くる電話でんわに応こたえながら、初老しょろうらしい男おとこが人生じんせいの相談そうだんに乗のっていく。電話でんわをかけて来くる人ひとたちは老人ろうじんばかりだった。

自動じどう車しゃの走はしらない、そして人ひとの姿すがたもまったくない静しずかな裏通うらどおりに、陽ひざしだけが強烈きょうれつに明あかるい。車くるまのラジオからは、人生じんせいの最終さいしゅうコーナーをいま抜ぬけていきつつある人ひとたちの悩なやみごとの相談そうだんが、聞きこえて来くる。聞きいていて三さん分ぶんの一いちくらいなら、僕ぼくにも理解りかい出来できた。

リトル・リーグの野球やきゅう場じょうの斜ななめ向むかいは小しょう学校がっこうだ。金網かなあみのフェンスの向むこうに、濃こい褐色かっしょくの土つちをむきだしにした校庭こうていがあり、殺風景さっぷうけいと呼よんだほうがいい簡単かんたんな造つくりの校舎こうしゃが、その校庭こうていの端はしにあった。

バスケットボールのコートが、半分はんぶんだけ陽陰よういんになっていた。白しろいショートパンツの女おんなのこがひとり、バスケットボールをネットに入いれていた。半はん円形えんけいにドリブルしながら走はしっていき、ボールを両手りょうてに持もって、ジャンプ。ボールはボードに当あたり、跳はね返かえってかならずネットに落おちる。ジャンプしてそのボールを取とり、ふたたび半はん円形えんけいにドリブルして走はしり、こんどは反対はんたい側がわからジャンプ。女おんなのこは規則きそく的てきにその作業さぎょうを繰くり返かえした。

彼女かのじょのジャンプとシュートを遠とおくから眺ながめていると、校舎こうしゃのまんなかの出入でいり口くちから、子供こどもたちが何なん人にんか校庭こうていに出でて来きた。子供こどもたちは白しろい大おおきな雪ゆきダルマをかかえていた。雪ゆきで作つくったダルマではない。骨組ほねぐみをこしらえ、紙かみを貼はりつけて白しろく塗ぬり、目鼻めはなや口くちを描えがきこんだものだ。ダルマの高たかさは、それをかかえている生徒せいとたちの身長しんちょうの、倍ばいはあった。彼かれらの手作てづくりのスノー・マンだ。

大騒おおさわぎしながら、スノー・マンを校庭こうていのまんなかまで、生徒せいとたちはかつぎ出だした。照てりつける陽ひざしのなかに、スノー・マンは安置あんちされた。

楽天らくてん家かのような笑顔えがおを浮うかべているスノー・マンは、しかし、子供こどもたちが手てを離はなすとぐらりと重おもくかしぎ、なかば横倒よこだおしになった。

生徒せいとたちは歓声かんせいをあげてスノー・マンに駆かけ寄より、何なん人にんかが助たすけ起おこした。まっすぐに立たてなおし、スノー・マンの尻しりを地面じめんに押おしつけてから、大半たいはんの生徒せいとが手てを離はなしてうしろにさがった。残のこる生徒せいとが同時どうじに手てを離はなすと、スノー・マンはそのまま直立ちょくりつしているかに見みえてそうではなく、さきほどとおなじく傾かたむき、笑顔えがおを白しろい雲くものきらめく青空あおぞらに向むけた。

何なん度どやっても、おなじことが繰くり返かえされた。ミニ・スカートをはいた、頑丈がんじょうそうな体格たいかくの女おんなの先生せんせいが、生徒せいとたちを指導しどうしていた。腰こしに両手りょうてを当あてて陽ひざしのなかに突つっ立たち、大声おおごえで怒鳴どなりつつ、先生せんせいは生徒せいとたちから対策たいさくを引ひき出だしていった。

生徒せいとたちは校庭こうていの隅すみから土つちくれを持もってきた。スノー・マンの丸まるい尻しりの下したに、彼かれらは土つちを置おいていった。土つちの量りょうがある程度ていどにまで達たっすると、スノー・マンは倒たおれなくなった。

問題もんだいが解決かいけつされてもまだ先生せんせいは大声おおごえをあげ続つづけ、生徒せいとたちは直立ちょくりつしたスノー・マンをしばらく眺ながめてから、走はしって教室きょうしつへ引ひき揚あげた。うしろから、先生せんせいが、ゆっくり歩あるいていった。

この騒さわぎのあいだずっと、バスケットボール・コートの女おんなのこは、スノー・マンには目めもくれず、ドリブルとジャンプとシュートを繰くり返かえし続つづけた。校庭こうていはふたたび静しずかになった。

しばらくして、うしろから自動じどう車しゃの音おとが近ちかづいた。トラックだということは見みなくてもわかった。徐行じょこうして来きたトラックは、僕ぼくの車くるまのわきに停とまった。マウイ郡ぐんの道路どうろ建設けんせつ工事こうじ用ようのトラックだった。

運転うんてん台だいのドアが開ひらき、作業さぎょう員いんが僕ぼくを見下みおろした。ハワイ系けいのたくましい男おとこだ。両袖りょうそでをとってしまった白しろいTシャツが、厚あつい筋肉きんにくの胸むねに貼はりついていた。

「働はたらけ、この馬鹿ばか!」

その男おとこは、笑わらいながら僕ぼくに怒鳴どなった。

「朝あさからこんなとこで、なにやってんだ。不精ぶしょうをきめこんだ檻おりのなかの猿さるじゃないか」

「人間にんげんに近ちかづこうと思おもって、こうしてラジオを聴ききながら人生じんせいの哲学てつがくを勉強べんきょうしてるんだ」

僕ぼくは、カー・ラジオを指ゆびさした。

「人間にんげんになりたかったら、汗あせをかいて働はたらくことだ」

と、その男おとこは言いった。

「働はたらくことによって、猿さるは類人るいじん猿さるになり人間にんげんとなった」

「いったい誰だれの学説がくせつだい」

僕ぼくの言葉ことばに、男おとこは右手みぎての親指おやゆびで自分じぶんの胸むねを示しめした。

「この俺おれさまだよ。真しんの人間にんげんとは、俺おれみたいな人ひとのことだ」

男おとこはかたわらのシートからなにか手てに取とり、僕ぼくにほうってよこした。両手りょうてでそれを僕ぼくは受うけとめた。黄色きいろいバナナだった。

「食くえ、エテ公こう!」

男おとこを見上みあげ、僕ぼくはバナナを振ふってみせた。

「猿さるを甘あまやかしては駄目だめだよ。つけあがるばかりだ」

男おとこは深ふかく何なん度どもうなずいた。

「たしかに、そのとおりだ。マウイ島とうは猿さるを甘あまやかしてる。マアラエア湾わんにも、猿さるがたくさんいたからなあ」

反射はんしゃ的てきに僕ぼくは両足りょうあしをダッシュボードから降おろした。片手かたてでラジオを切きり、もういっぽうの手てでエンジンをかけた。ドアを閉とじ、シートを前まえに引ひき戻もどした。

男おとこを見上みあげ、

「餌えさをありがとう。湾わんの猿さるたちと分わけて食くうよ」

そう言いって車くるまを発進はっしんさせ、僕ぼくはマアラエア湾わんに向むかった。

湾わんには波なみが来きていた。なかなか来こないが、待まてばかならず来くる波なみだ。南みなみあるいは西にしからのうねりは、ラナイ島しまやカフーラウェ島しまにはばまれ、マウイ島とうの西にし海岸かいがんには届とどきにくい。たとえ届とどいても、サーフになるための条件じょうけんの整ととのったうねりは、数かず少すくない。

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