「バリー。これがそのフィルムだ!」
ラリー・デイヴィスは、いちばん内側の包装紙にそう書いていた。
ビル・ハミルトンがまだアランに出会う以前、南太平洋のトゥアモツ郡島の無人の環礁で撮った、五十フィートのカラー8ミリだ。
フィルムがアラモアナのオフィスに航空便で届いたとき、オフィスには僕ひとりしかいなかった。だから僕は、ひとりでそのフィルムを見た。
「サーファーの白日夢のような、完璧なサーフ」
と、ビル・ハミルトンは言っていた。
ハミルトンは正しい。まさに白日夢だった。見渡すかぎり海と空以外なにもない。一直線に引かれた水平線をはるかな背景に、サーフが盛りあがる。南極大陸からのうねりが、海中のリーフに乗りあげてサーフになる。
神々しいほどの美しさ、と言っても過言にはならない。波乗りに興味のない人でも、これを見せられたら、見とれてしまうはずだ。明るくそして悲しく、容赦の気持などどこにもないブルーの海に、横にまっすぐな稜線が一本、浮きあがる。見る人の心をしめあげる絶妙のスピードで、その稜線は高さと量を増す。
横に長く、波のスロープが立ちあがる。底辺の長い美しい三角形へと盛りあがる。高さは僕の背丈の三倍に少し足らないだろうか。のびあがりきった波は、そのままそこに静止するかに見えて、次の瞬間、頂上からまっ白に砕けつつ、前へ倒れていく。チューブを巻きながら、左へ去っていく。
あまりの美しさに、ハミルトンが言っていたとおり、パワーのさほどない波のように感じられる。だが底力を存分に秘めた、粘りのあるパワーを持った波だ。美しさに気をとられていると、稜線がさらなる高さを自らに加えていくときの、不気味に分厚い裾野にある途方もない力強さを見逃す。
三脚を使ったのだろうか、ビル・ハミルトンの8ミリ・カメラは、サーフをとらえたままぴたりと動かなかった。サーフを真正面から狙ってわずかに右にずれた位置からだ。五十フィートぜんぶ、カメラを据えっぱなしだ。ハミルトンの撮影方法は非常に賢明であると言えた。
何度も繰り返し、僕はそのフィルムを見た。数度、電話が鳴った。僕は無視した。そしてふと気がつくと、二時間たっていた。映写機のスイッチをオフにしてフィルムを巻きなおし、暗くしたままの部屋のソファに僕はひっくりかえった。全身の力を抜いてぐったりとなったまま、長いあいだそうしていた。
予定の日よりも一日だけ早く、ダフネたちがホノルルに帰って来た。オフィスで仕事をしている僕のところへ、パン・アメリカンの空港オフィスから連絡が入った。午後の最初の到着便に、ダフネ、ラリー、そしてビル・ハミルトンが乗っているという。
マーキュリーの4ドアで空港へ迎えにいった。三人とも元気だった。彼らのうれしそうな顔は、仕事が成功したことを物語っていた。ダフネが撮りあげた16ミリ・フィルムの入った重い罐を、三人で手分けしていくつも持っていた。
車に乗りこんだダフネは、ひと言、
「現像ラボラトリー」
と、言った。言われるままに、フィルムの現像ラボへまわった。
仕事は大成功だった、とラリーが言っていた。いつもはもの静かに落ち着いているビル・ハミルトンも、いささか興奮ぎみだった。ダフネは普段より口数が少なかった。
「俺も波乗りはもうずいぶん長い」
と、ラリーが言った。
「小学生の頃からだ。だけど、バリー、こんどのような経験は、初めてだ。あのアランというサーファーは正しい」
「どんなふうに正しいんだ」
訊かなくてもいいことを、僕は訊いた。
「ビルの8ミリを見てあの島へいき、ひとりで住み、そして消えたということが、正しいんだ」
ラリー・デイヴィスは素直な男だ。いかなる場合でも癖のない直球を投げる。いまの返事だってそうだ。
「なるほど、そうか」
と僕は答えた。
「ビルのフィルムは受け取ってくれたか」
「たしかに」
「どうだった」
「そういう初歩的な質問に、なんと答えたらいいんだ」
「なにごとも初歩が大切だ」
やりとりを聞いていたビル・ハミルトンが笑った。
「ほかの連中は、なんと言ってた」
「まだ見せてない」
「なんだって!」
「見せてない」
「この野郎」
「レイモンドには見せた。彼はきみたちが出発した次の日から毎日電話して来て、フィルムはまだか、フィルムはまだかと言うんだ」
「彼の反応はどうだった」
「繰り返し何度も見た。あのフィルムはコピーを五、六本作って一本につないでおこう。フィルムをかけ換える手間が省ける」
ハミルトンがまた笑った。
「あのフィルムは、五十フィートぜんぶ、こんどの私の映画に使うわ」
ダフネがとどめをさした。
ホクレア号はとても小さく感じられた。マウイ島の北西端、ホノルアという可愛らしい湾の海に、いま浮かんでいる。丘を越えておだやかな貿易風が吹いた。快晴の午後だ。ホクレア号が湾の上で揺れ続けた。
簡素で同時に優美な、双胴のカヌーだ。左右おなじかたちをした細い船体をデッキがまたいでかぶさり、そこに二本のマストが立っている。
マストには一枚ずつ帆がつく。かたちも大きさも、少しずつ違っている。前に立っている帆のほうが大きい。帆のかたちは独特だ。蟹がハサミをふりかざしているような印象があるから、クラブ・クロー・セイルと誰もが呼んでいる。二本のマストのあいだには、覆いをつけた船室のような部分が見える。
いまでは南太平洋から完全に消えている、古代ポリネシアの双胴のカヌーの復元だ。一七七八年、ハワイに初めて来たジェームズ・クック船長以来、多くのヨーロッパ人たちが、古代の双胴カヌーを絵に描き残した。ホクレア号の設計図は、そのような絵から作成された。
材料も作りかたも現代のものだが、海に出てからの性能や特性は、大昔のそれと大差ないだろうという。エンジンは積んでいない。風が良く、しかも海が荒れていなければ、全長六十フィートのこのカヌーで、一日に百八十キロ近い距離をこなすことが出来る。凪いだときには櫂を使用する。