← Library‹ 波乗りの島 ベイル・アウト 6

「バリー。これがそのフィルムだ!」

ラリー・デイヴィスは、いちばん内側うちがわの包装ほうそう紙しにそう書かいていた。

ビル・ハミルトンがまだアランに出会であう以前いぜん、南みなみ太平たいへい洋ようのトゥアモツ郡ぐん島とうの無人むじんの環礁かんしょうで撮とった、五十ごじゅうフィートのカラー8ミリだ。

フィルムがアラモアナのオフィスに航空こうくう便びんで届とどいたとき、オフィスには僕ぼくひとりしかいなかった。だから僕ぼくは、ひとりでそのフィルムを見みた。

「サーファーの白日はくじつ夢むのような、完璧かんぺきなサーフ」

と、ビル・ハミルトンは言いっていた。

ハミルトンは正ただしい。まさに白日はくじつ夢むだった。見渡みわたすかぎり海うみと空そら以外いがいなにもない。一いち直線ちょくせんに引ひかれた水平すいへい線せんをはるかな背景はいけいに、サーフが盛もりあがる。南極なんきょく大陸たいりくからのうねりが、海中かいちゅうのリーフに乗のりあげてサーフになる。

神々こうごうしいほどの美うつくしさ、と言いっても過言かごんにはならない。波乗なみのりに興味きょうみのない人ひとでも、これを見みせられたら、見みとれてしまうはずだ。明あかるくそして悲かなしく、容赦ようしゃの気持きもちなどどこにもないブルーの海うみに、横よこにまっすぐな稜線りょうせんが一いち本ほん、浮うきあがる。見みる人ひとの心こころをしめあげる絶妙ぜつみょうのスピードで、その稜線りょうせんは高たかさと量りょうを増ます。

横よこに長ながく、波なみのスロープが立たちあがる。底辺ていへんの長ながい美うつくしい三角さんかく形けいへと盛もりあがる。高たかさは僕ぼくの背丈せたけの三さん倍ばいに少すこし足たらないだろうか。のびあがりきった波なみは、そのままそこに静止せいしするかに見みえて、次つぎの瞬間しゅんかん、頂上ちょうじょうからまっ白しろに砕くだけつつ、前まえへ倒たおれていく。チューブを巻まきながら、左ひだりへ去さっていく。

あまりの美うつくしさに、ハミルトンが言いっていたとおり、パワーのさほどない波なみのように感かんじられる。だが底力そこぢからを存分ぞんぶんに秘ひめた、粘ねばりのあるパワーを持もった波なみだ。美うつくしさに気きをとられていると、稜線りょうせんがさらなる高たかさを自みずからに加くわえていくときの、不ふ気味きみに分厚ぶあつい裾野すそのにある途方とほうもない力強ちからづよさを見逃みのがす。

三脚さんきゃくを使つかったのだろうか、ビル・ハミルトンの8ミリ・カメラは、サーフをとらえたままぴたりと動うごかなかった。サーフを真ま正面しょうめんから狙ねらってわずかに右みぎにずれた位置いちからだ。五十ごじゅうフィートぜんぶ、カメラを据すえっぱなしだ。ハミルトンの撮影さつえい方法ほうほうは非常ひじょうに賢明けんめいであると言いえた。

何なん度ども繰くり返かえし、僕ぼくはそのフィルムを見みた。数すう度ど、電話でんわが鳴なった。僕ぼくは無視むしした。そしてふと気きがつくと、二に時間じかんたっていた。映写えいしゃ機きのスイッチをオフにしてフィルムを巻まきなおし、暗くらくしたままの部屋へやのソファに僕ぼくはひっくりかえった。全身ぜんしんの力ちからを抜ぬいてぐったりとなったまま、長ながいあいだそうしていた。

予定よていの日ひよりも一いち日にちだけ早はやく、ダフネたちがホノルルに帰かえって来きた。オフィスで仕事しごとをしている僕ぼくのところへ、パン・アメリカンの空港くうこうオフィスから連絡れんらくが入はいった。午後ごごの最初さいしょの到着とうちゃく便びんに、ダフネ、ラリー、そしてビル・ハミルトンが乗のっているという。

マーキュリーの4ドアで空港くうこうへ迎むかえにいった。三さん人にんとも元気げんきだった。彼かれらのうれしそうな顔かおは、仕事しごとが成功せいこうしたことを物語ものがたっていた。ダフネが撮とりあげた16ミリ・フィルムの入はいった重おもい罐かまを、三さん人にんで手分てわけしていくつも持もっていた。

車くるまに乗のりこんだダフネは、ひと言こと、

「現像げんぞうラボラトリー」

と、言いった。言いわれるままに、フィルムの現像げんぞうラボへまわった。

仕事しごとは大だい成功せいこうだった、とラリーが言いっていた。いつもはもの静しずかに落おち着ついているビル・ハミルトンも、いささか興奮こうふんぎみだった。ダフネは普段ふだんより口数くちかずが少すくなかった。

「俺おれも波乗なみのりはもうずいぶん長ながい」

と、ラリーが言いった。

「小学しょうがく生せいの頃ころからだ。だけど、バリー、こんどのような経験けいけんは、初はじめてだ。あのアランというサーファーは正ただしい」

「どんなふうに正ただしいんだ」

訊きかなくてもいいことを、僕ぼくは訊きいた。

「ビルの8ミリを見みてあの島しまへいき、ひとりで住すみ、そして消きえたということが、正ただしいんだ」

ラリー・デイヴィスは素直すなおな男おとこだ。いかなる場合ばあいでも癖くせのない直球ちょっきゅうを投なげる。いまの返事へんじだってそうだ。

「なるほど、そうか」

と僕ぼくは答こたえた。

「ビルのフィルムは受うけ取とってくれたか」

「たしかに」

「どうだった」

「そういう初歩しょほ的てきな質問しつもんに、なんと答こたえたらいいんだ」

「なにごとも初歩しょほが大切たいせつだ」

やりとりを聞きいていたビル・ハミルトンが笑わらった。

「ほかの連中れんちゅうは、なんと言いってた」

「まだ見みせてない」

「なんだって!」

「見みせてない」

「この野郎やろう」

「レイモンドには見みせた。彼かれはきみたちが出発しゅっぱつした次つぎの日ひから毎日まいにち電話でんわして来きて、フィルムはまだか、フィルムはまだかと言いうんだ」

「彼かれの反応はんのうはどうだった」

「繰くり返かえし何なん度ども見みた。あのフィルムはコピーを五ご、六ろく本ほん作つくって一いち本ほんにつないでおこう。フィルムをかけ換かえる手間てまが省はぶける」

ハミルトンがまた笑わらった。

「あのフィルムは、五十ごじゅうフィートぜんぶ、こんどの私わたくしの映画えいがに使つかうわ」

ダフネがとどめをさした。

ホクレア号ごうはとても小ちいさく感かんじられた。マウイ島とうの北西ほくせい端たん、ホノルアという可愛かわいらしい湾わんの海うみに、いま浮うかんでいる。丘おかを越こえておだやかな貿易ぼうえき風ふうが吹ふいた。快晴かいせいの午後ごごだ。ホクレア号ごうが湾わんの上うえで揺ゆれ続つづけた。

簡素かんそで同時どうじに優美ゆうびな、双胴そうどうのカヌーだ。左右さゆうおなじかたちをした細ほそい船体せんたいをデッキがまたいでかぶさり、そこに二に本ほんのマストが立たっている。

マストには一いち枚まいずつ帆ほがつく。かたちも大おおきさも、少すこしずつ違ちがっている。前まえに立たっている帆ほのほうが大おおきい。帆ほのかたちは独特どくとくだ。蟹かにがハサミをふりかざしているような印象いんしょうがあるから、クラブ・クロー・セイルと誰だれもが呼よんでいる。二に本ほんのマストのあいだには、覆おおいをつけた船室せんしつのような部分ぶぶんが見みえる。

いまでは南みなみ太平たいへい洋ようから完全かんぜんに消きえている、古代こだいポリネシアの双胴そうどうのカヌーの復元ふくげんだ。一いち七なな七なな八はち年ねん、ハワイに初はじめて来きたジェームズ・クック船長せんちょう以来いらい、多おおくのヨーロッパ人にんたちが、古代こだいの双胴そうどうカヌーを絵えに描えがき残のこした。ホクレア号ごうの設計せっけい図ずは、そのような絵えから作成さくせいされた。

材料ざいりょうも作つくりかたも現代げんだいのものだが、海うみに出でてからの性能せいのうや特性とくせいは、大昔おおむかしのそれと大差たいさないだろうという。エンジンは積つんでいない。風かぜが良よく、しかも海うみが荒あれていなければ、全長ぜんちょう六十ろくじゅうフィートのこのカヌーで、一いち日にちに百ひゃく八十はちじゅうキロ近ちかい距離きょりをこなすことが出来できる。凪ないだときには櫂かいを使用しようする。

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