双発のアイランダーは、昼間に見ると美しく可愛い。胴体や翼の上半分は燃え立つようなまっ赤だ。そして下半分は銀色。海上を低く飛ぶときには、海面を機体の影が走る。僕のほかにはプロ・ゴルファーが六人、乗っていた。ひとりは女性だ。夜間飛行のアイランダーは強く揺れた。機体が強風にあおられてきしんだ。
「砂糖キビ畑の上に不時着すれば、怪我はしませんよ。キビの林が、このくらいの機体なら支えてくれるから」
パイロットがそんな冗談を言った。
カアナパリの小さな滑走路に、アイランダーは着陸した。空港オフィスにディーン・ワイアウが迎えに来てくれていた。ディーンたちがオロワルに借りている家へ、車で向かった。白いボディが赤錆だらけになった、クライスラーのハードトップだ。平坦な路面の上でも、その車は常に左に大きく傾いて走った。
「ジェニファーは元気かい」
ディーンが訊いた。
「空港に出迎えてキッスしたら、ロサンゼルスのスモッグの香りがした」
僕たちの古いジョークだ。いまではワイキキから来た僕も、排気ガスの臭いがするはずだ。
ディーンたちの家は海のすぐ近くだった。ビーチパークに寄せる波の音は、次第に強さを増していく風のなかで、椰子の葉の音にかき消されていた。白くペンキを塗った板張りの部屋で、僕とディーンは話をした。ラリー・デイヴィスといっしょに来たハリウッドの連中のことを、僕はディーンに聞かせた。カーペットを敷いたフロアにディーンはすわり、僕は壁ぎわのソファに横たわった。
「僕たちの運動が、思わしくない」
ディーンが重く言った。顔の下半分が、濃いひげに覆われていた。細かくカールした髪が、長くのび始めている。
「アメリカ海軍も海兵隊も、あの島を手放すつもりはまったくない。役所のいろんな部署や外郭の団体が、僕たちの運動の敵にまわりつつある」
「新聞で読んで知っている」
「新聞に出るのは、おもてむきのほんの一部分だ。それに、この運動に関して、地元の新聞は論調を変えつつある」
ディーンは、プロテクト・カフーラウェ・オハナ、という運動に深くかかわっている。マウイ島の西側、たとえばラハイナから海のほうを見渡せば、北から南へ順に、モロカイ島、ラナイ島、そして、カフーラウェ島が、いずれも海の向こう、さほど遠くないところに見える。
カフーラウェ島がいちばん小さい。島の中心となる山、ルア・マキカが標高千五百フィート足らずだから、赤茶けた平たい島に見える。この島の上空に雲があるのを、僕は一度も見たことがない。
このカフーラウェ島は、昔は個人の所有地だった。かつては牧場が経営されていたこともあったが、島の土地そのものの性質や気候が不利で、牧場は失敗した。やがてアメリカ軍の管理下になり、いまでは無人島だ。島にはなにもない。民間人の立入りや接近は厳禁されている。無断で島に渡ると不法侵入罪に問われる。島じたい、非常に危険だ。全島が海軍や海兵隊の爆撃演習の標的として使用されていて、不発の模擬爆弾が陸といわず周辺の海といわず、ごろごろしている。
この島をハワイ人たちの手にとり戻そうという運動が、プロテクト・カフーラウェ・オハナだ。中心となる何人かのリーダーのひとりが、サーファーのディーン・ワイアウだ。大学で彼は精神障害児童の心理指導を勉強している。
ディーンがこの運動にことのほか熱心なのは、ディーンの遠い祖先がカフーラウェ島の出身だからだ。この島は重要な宗教儀式のおこなわれた神聖な島でもある。運動に対する賛同者は多いのだが、暗礁に乗りあげた感じがある。アメリカ軍がこの島を手放さないことが、誰の目にもはっきりしてきたからだ。
爆撃演習の標的として、あらゆる条件が整いすぎている。気象は良く、いつも雲がない。乱気流もないし、人口密集地から離れた海の上なので、騒音の心配もない。爆弾の誤投下の危険もゼロだ。それに、ハワイに集結している軍事施設から、至近距離にある。
「島を占拠しようと思う」
「占拠?」
「無断で島に渡り、ストライキのようなデモンストレーションをおこなう。それに、カフナ(僧侶)を呼んで来て、宗教儀式も」
「よく考えた行動なのか」
「これしかない」
「僕は支持する」
「ありがとう、バリー」
風はいちだんと強くなっていた。フロアにすわっているディーンの、ハワイ系のたくましい顔に影が濃かった。
あくる朝、夜明けが来てすぐに、僕は叩き起こされた。
「バリー、起きてちょうだい、バリー!」
と、僕の肩をつかんで揺する人がいた。
ソファの上に、僕は体を起こした。ジェーンが不安そうに体を寄せた。
「なにかたいへんなことが起こったのよ。バリー、どうしよう」
ジェーンは僕の手をとった。外は雨嵐だった。風に吹きちぎられそうになっている椰子の葉の音に、家の板壁を叩きまくる大粒の雨の音が、分厚く重なっていた。
「バリー」
「どうしたんだ」
ジェーンはディーンたちの運動の広報関係の責任者だ。赤く陽焼けした顔にそばかすが一面に散っている。
「ディーンとロジャーが、どこにもいないの」
「仕事に出たんだろう」
「たったいま、警察から電話があったわ」
「警察?」
「ディーンとロジャーのふたりが、サーフボードをかかえて海のほうへ歩いていくのを見た人がいるの。びしょ濡れになって、風によろめきながら、ハイウエイを裸足で歩いていったって言うの。車でとおりかかった人が見たのよ。車から声をかけたら、ディーンが振り向いて手を振って、そのまま海のほうへいってしまったって。その人が警察に通報し、警察からここに電話があったの」
「ディーン!」
ソファを飛び降り、僕は大声で叫んだ。いきなり不安感にとりつかれたのだ。理由はない。両脚から力が抜けて軽く、心臓が喉もとで鼓動した。
いくつかあるほかの部屋に走った。どの部屋も、からっぽだった。ジェーンがついて来た。
「どこにもいないのよ。私も探したの」
「サーフボードは?」
「ディーンが赤、ロジャーが黄色。ディーンのは、おもてにDEANと名前が入ってる。目撃者の証言」
サーフボードを置いておく部屋に、僕は走った。ふたりのサーフボードは、なかった。
「いっしょに来てくれ」