← Library‹ 波乗りの島 アロハ・オエ 4

「スタジオに、ぜひ来きて」

と、ジェニファーは言いっていた。

「今夜こんや、録音ろくおんなのよ。リハーサルをずっと見みてたのだけど、マイケルは素晴すばらしい。でも不思議ふしぎな雰囲気ふんいきだわ。悲かなしくて、なんだかこわくて」

マイケル・ヘレアウカラニが、自作じさくの歌うた『ニシモト・カントリー・ストア』をシングル盤ばんのレコードにする。そのための録音ろくおんが、今夜こんや、スタジオでおこなわれる。

ワイメアの大波おおなみを撮影さつえいするための打うち合あわせが、夜よるまでワイキキのオフィスで続つづけられた。監督かんとくのウォーレン・シュローダーがワイキキを気きに入はいっていて、北きた海岸かいがんに出向でむいてもすぐに帰かえって来きてしまう。なにかといえばワイキキなのだ。

ほぼ終おわったところで、僕ぼくは打うち合あわせの席せきを抜ぬけ出だした。ワイキキでは冬ふゆの観光かんこう客きゃくたちのために、夜よるの時間じかんが始はじまっていた。夕方ゆうがたのラッシュ・アワーはすでに終おわりだ。月つきが昇のぼっていた。アラモアナの近ちかくにあるスタジオへ、僕ぼくは車くるまで向むかった。スタジオはなんの変哲へんてつもない倉庫そうこのような建物たてものだ。だがこのスタジオでは、これまでに数多かずおおくの歴史れきしに残のこる名めい演奏えんそうが録音ろくおんされてきた。

顔かおを知しった連中れんちゅうが、たくさん来きていた。くつろいだ親密しんみつな雰囲気ふんいきが、スタジオいっぱいに広ひろがっていた。マイケルをサポートする地元じもとのミュージシャンたちが、バックの演奏えんそう部分ぶぶんの練習れんしゅうをしていた。曲きょくにはきれいな編曲へんきょくがほどこされていた。簡素かんそな楽器がっき編成へんせいが、いい効果こうかをあげていた。

今夜こんやの録音ろくおんでは、マイケルの歌うたとバックの演奏えんそうを、いっしょにワン・テイクでテープにおさめてしまう。マイケルの希望きぼうで、そうすることになった。ミュージシャンたちの調子ちょうしは、やがて完璧かんぺきに仕上しあがった。スタジオのマイクの前まえに立たって、マイケルはうなずいていた。

本番ほんばんの準備じゅんびが進すすめられた。

マイクの前まえにギターをかかえて立たったマイケルは、目めを閉とじてじっとしていた。ミュージシャンたちが位置いちについた。最終さいしゅう的てきな音おとの調整ちょうせいがなされ、スタジオのドアが閉とじられた。分厚ぶあつい壁かべと二に重じゅうガラスの窓まどで仕切しきられたモニター・ルームに、僕ぼくたちは移うつった。コントロール・ルームのディレクターが、マイクをとおしてミュージシャンひとりひとりに呼よびかけた。短みじかい言葉ことばを交かわしあい、最後さいごに、

「マイケル。歌うたを聞きかせてくれないか」

と、言いった。

マイケルは静しずかに目めを開ひらいた。僕ぼくの位置いちから彼かれの横顔よこがおが見みえた。

「今夜こんやここに集あつまってくれた友人ゆうじんたちみんなに、この歌うたを捧ささげよう」

マイケルが言いった。

「ありがとう」

ディレクターが答こたえた。

「ありがとう、マイケル」

編曲へんきょく者しゃが、そうつけ加くわえた。

〈録音ろくおん中ちゅう〉の赤あかいランプがスタジオに灯ともった。歌うたと演奏えんそうが始はじまった。ジェニファーが言いっていたとおり、マイケルの歌うたは素晴すばらしい仕上しあがりだった。古ふるいもの、そして昔むかしから続つづいてきたものが少すこしずつ確実かくじつに失うしなわれていく自分じぶんたちの島しまについて、若わかい島育しまそだちたちがハートのありったけをこめて歌うたった。

長ながい歌詞かしが三さん番ばんまであった。古ふるくからの友人ゆうじんであるミュージシャンたちの絶妙ぜつみょうのサポートを得えて、マイケルは夢ゆめのように歌うたった。聴きく者ものの心臓しんぞうを、いつのまにかしっかりとつかんだ。おだやかで切せつない甘あまさに、強つよい説得せっとく力りょくがあった。

マイケルは歌うたい終おわった。スタジオのなかでミュージシャンたちがマイケルを囲かこみ、肩かたを叩たたき抱だき合あい、祝福しゅくふくした。ドアが開ひらいて全員ぜんいんが外そとへ出でて来きた。誰だれもがマイケルとミュージシャンたちを讃たたえた。プレイバックがモニター・スピーカーから静しずかに流ながれた。

場所ばしょを移うつして、簡単かんたんな祝賀しゅくがのパーティがあった。TV局きょくが提供ていきょうしてくれたヴィデオ・テープを、再生さいせいしてみんなで眺ながめた。ニシモト・カントリー・ストアが取とり壊こわしになる朝あさの、現場げんばの模様もようを撮影さつえいしたテープだ。

TVの明あかるい画面がめんを見みながら、あの朝あさの風かぜに確実かくじつに感かんじた不吉ふきつな予感よかんが、僕ぼくの内部ないぶによみがえった。あの予感よかんは、ディーンとロジャーの死しをまえもって知しらせてくれていたのだろうか。

全力ぜんりょくをあげて十とお日間かかんにわたっておこなわれた捜索そうさくのあと、ディーンとロジャーの生存せいぞんは絶望ぜつぼうであるという発表はっぴょうがなされた。ディーンの赤あかいサーフボードに続つづいて、黄色きいろいサーフボードが半分はんぶんだけ発見はっけんされ、回収かいしゅうされた。ロジャーのボードだった。それはまんなかからふたつに折おれていた。ふたりの謎なぞの行動こうどうをミステリーに仕立したてあげ、新聞しんぶんは大おおきく書かいていた。太古たいこの昔むかしからカフーラウェ島しまには呪のろいがあるのだ、というような内容ないようの記事きじだ。

パーティのあと僕ぼくは北きた海岸かいがんに向むかった。ジェニファーとウエイン・ニシモトがいっしょだった。ウエインは、ニシモト・カントリー・ストアの経営けいえい者しゃベンジャミン・ニシモトの甥おいにあたる。ワイメア湾わんできたえぬかれた、有望ゆうぼうな若わかいサーファーだ。この冬ふゆ、ワイメアの五十ごじゅうフィートの波なみに挑戦ちょうせんしようとしている三さん人にんのティーンエージャーのうちの最さい年長ねんちょう、十じゅう七なな歳さいだ。

ワイメア湾わんに大波おおなみが出来できる日ひは、ひと冬ふゆに二に週間しゅうかんもあればいいほうだ。十じゅう二に月がつから一いち月がつにほぼ集中しゅうちゅうする。今年ことしは少すこし遅おくれている。だが高たかさ二十にじゅうフィートから三十さんじゅうフィートの波なみは、すでに十とお日かほど前まえからワイメア湾わんを叩たたいている。ハリウッドの撮影さつえい隊たいは、ワイメアに連日れんじつ、カメラを据すえつけている。

大波おおなみが来くることが確実かくじつになると、北きた海岸かいがんの海沿うみぞいの一帯いったいには、大波おおなみ警報けいほうが発令はつれいされる。カメハメハ・ハイウエイが海うみに沿そっている部分ぶぶんを車くるまで走はしると、勢いきおいあまって陸りくにあがって来きた波なみに車くるまはつかまる。まっ白しろい飛沫しぶきのかたまりが屋根やねや側面そくめんに激突げきとつし、潮しおの匂においが車くるまに満みち、窓まどを開あけていればずぶ濡ぬれになる。小ちいさな車くるまが横よこあいからまともに波なみをくらうと、車くるまは路肩ろかたまで飛とんでいく。

ワイメアに波なみが立たちあがり始はじめてから毎日まいにち、北きた海岸かいがんの腕うでに覚おぼえのあるサーファーたちが波なみに挑戦ちょうせんしている。TV局きょくがその模様もようを中継ちゅうけいする。高たかさ三十さんじゅうフィートのまっ白しろい怪物かいぶつのような大波おおなみが、もうもうたる飛沫しぶきを天てんに向むけて噴出ふんしゅつさせつつ、内部ないぶから自みずからを不ふ気味きみに拡大かくだいさせながら、湾わんの入口いりぐちを目めざして沖おきから立たちあがって来くる。

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