「スタジオに、ぜひ来て」
と、ジェニファーは言っていた。
「今夜、録音なのよ。リハーサルをずっと見てたのだけど、マイケルは素晴らしい。でも不思議な雰囲気だわ。悲しくて、なんだかこわくて」
マイケル・ヘレアウカラニが、自作の歌『ニシモト・カントリー・ストア』をシングル盤のレコードにする。そのための録音が、今夜、スタジオでおこなわれる。
ワイメアの大波を撮影するための打ち合わせが、夜までワイキキのオフィスで続けられた。監督のウォーレン・シュローダーがワイキキを気に入っていて、北海岸に出向いてもすぐに帰って来てしまう。なにかといえばワイキキなのだ。
ほぼ終わったところで、僕は打ち合わせの席を抜け出した。ワイキキでは冬の観光客たちのために、夜の時間が始まっていた。夕方のラッシュ・アワーはすでに終わりだ。月が昇っていた。アラモアナの近くにあるスタジオへ、僕は車で向かった。スタジオはなんの変哲もない倉庫のような建物だ。だがこのスタジオでは、これまでに数多くの歴史に残る名演奏が録音されてきた。
顔を知った連中が、たくさん来ていた。くつろいだ親密な雰囲気が、スタジオいっぱいに広がっていた。マイケルをサポートする地元のミュージシャンたちが、バックの演奏部分の練習をしていた。曲にはきれいな編曲がほどこされていた。簡素な楽器編成が、いい効果をあげていた。
今夜の録音では、マイケルの歌とバックの演奏を、いっしょにワン・テイクでテープにおさめてしまう。マイケルの希望で、そうすることになった。ミュージシャンたちの調子は、やがて完璧に仕上がった。スタジオのマイクの前に立って、マイケルはうなずいていた。
本番の準備が進められた。
マイクの前にギターをかかえて立ったマイケルは、目を閉じてじっとしていた。ミュージシャンたちが位置についた。最終的な音の調整がなされ、スタジオのドアが閉じられた。分厚い壁と二重ガラスの窓で仕切られたモニター・ルームに、僕たちは移った。コントロール・ルームのディレクターが、マイクをとおしてミュージシャンひとりひとりに呼びかけた。短い言葉を交わしあい、最後に、
「マイケル。歌を聞かせてくれないか」
と、言った。
マイケルは静かに目を開いた。僕の位置から彼の横顔が見えた。
「今夜ここに集まってくれた友人たちみんなに、この歌を捧げよう」
マイケルが言った。
「ありがとう」
ディレクターが答えた。
「ありがとう、マイケル」
編曲者が、そうつけ加えた。
〈録音中〉の赤いランプがスタジオに灯った。歌と演奏が始まった。ジェニファーが言っていたとおり、マイケルの歌は素晴らしい仕上がりだった。古いもの、そして昔から続いてきたものが少しずつ確実に失われていく自分たちの島について、若い島育ちたちがハートのありったけをこめて歌った。
長い歌詞が三番まであった。古くからの友人であるミュージシャンたちの絶妙のサポートを得て、マイケルは夢のように歌った。聴く者の心臓を、いつのまにかしっかりとつかんだ。おだやかで切ない甘さに、強い説得力があった。
マイケルは歌い終わった。スタジオのなかでミュージシャンたちがマイケルを囲み、肩を叩き抱き合い、祝福した。ドアが開いて全員が外へ出て来た。誰もがマイケルとミュージシャンたちを讃えた。プレイバックがモニター・スピーカーから静かに流れた。
場所を移して、簡単な祝賀のパーティがあった。TV局が提供してくれたヴィデオ・テープを、再生してみんなで眺めた。ニシモト・カントリー・ストアが取り壊しになる朝の、現場の模様を撮影したテープだ。
TVの明るい画面を見ながら、あの朝の風に確実に感じた不吉な予感が、僕の内部によみがえった。あの予感は、ディーンとロジャーの死をまえもって知らせてくれていたのだろうか。
全力をあげて十日間にわたっておこなわれた捜索のあと、ディーンとロジャーの生存は絶望であるという発表がなされた。ディーンの赤いサーフボードに続いて、黄色いサーフボードが半分だけ発見され、回収された。ロジャーのボードだった。それはまんなかからふたつに折れていた。ふたりの謎の行動をミステリーに仕立てあげ、新聞は大きく書いていた。太古の昔からカフーラウェ島には呪いがあるのだ、というような内容の記事だ。
パーティのあと僕は北海岸に向かった。ジェニファーとウエイン・ニシモトがいっしょだった。ウエインは、ニシモト・カントリー・ストアの経営者ベンジャミン・ニシモトの甥にあたる。ワイメア湾できたえぬかれた、有望な若いサーファーだ。この冬、ワイメアの五十フィートの波に挑戦しようとしている三人のティーンエージャーのうちの最年長、十七歳だ。
ワイメア湾に大波が出来る日は、ひと冬に二週間もあればいいほうだ。十二月から一月にほぼ集中する。今年は少し遅れている。だが高さ二十フィートから三十フィートの波は、すでに十日ほど前からワイメア湾を叩いている。ハリウッドの撮影隊は、ワイメアに連日、カメラを据えつけている。
大波が来ることが確実になると、北海岸の海沿いの一帯には、大波警報が発令される。カメハメハ・ハイウエイが海に沿っている部分を車で走ると、勢いあまって陸にあがって来た波に車はつかまる。まっ白い飛沫のかたまりが屋根や側面に激突し、潮の匂いが車に満ち、窓を開けていればずぶ濡れになる。小さな車が横あいからまともに波をくらうと、車は路肩まで飛んでいく。
ワイメアに波が立ちあがり始めてから毎日、北海岸の腕に覚えのあるサーファーたちが波に挑戦している。TV局がその模様を中継する。高さ三十フィートのまっ白い怪物のような大波が、もうもうたる飛沫を天に向けて噴出させつつ、内部から自らを不気味に拡大させながら、湾の入口を目ざして沖から立ちあがって来る。