湾は馬蹄のかたちをしている。奥は広い砂浜で、その両側は黒い岩で出来た、可愛らしい岬だ。湾の内部の水深はとても浅い。海底が透けて見える。ぜんたいの大きさは、とても手ごろだ。サーファーたちが、湾と呼ぶにふさわしい。北西を向いている湾に対して北から、太平洋のうねりが押し寄せて来る。
波乗りのための波は、砂浜から湾の外に向かって右側に出来る。右の岬のすぐ左側には十五フィートくらいまでの波が立ち、少し左に寄ってすぐ裏に二十フィート、その後方が三十フィートくらいの波だ。もちろん、乗れるような波が出来る日に限ってのことだが。そんなときには、湾のすぐ外を右から左へいっぱいにまっすぐ、四十フィート級の波が立ちふさがる。
灰色の朝だ。空気が重い。波の細かな飛沫がびっしりと空中にいつまでも漂っているようで、湿っぽい。そして息苦しい。湾の内部から沖にかけて、まっ白い波が、おたがいに少しずつずれては何段にも重なり合い、砕けている。地鳴りのような音が空気中に充満し続ける。その音は地面を伝わって両脚から体にのぼって来る。そして心臓をとり囲む。水平線はぼうっと灰色にかすんでいる。くすんだブルーと紫色を溶かしこんだような、不思議な灰色だ。
湾の周辺に人がたくさんいた。誰もが興奮していた。砂浜から一段高くなった草地は、セミ・プロやアマチュアたちのムーヴィ・カメラの砲列だった。岬の突端にも大勢の人が出ていた。高台のようになっている道路の両側には、自動車がつらなった。どの車の屋根にもサーフボードがあった。サンセット・ビーチのほうから、人と車が押し返されて来た。波は砂浜を越えて住宅を叩き、ラニアケアでは勇敢になりすぎた見物人たちのあいだで、怪我人が出た。
海軍や空軍の気象情報、それに人工衛星からの観測結果などを専門的に総合すれば、いつもいきなりやって来るので知られているワイメアの大波も、だいたいは予測がつく。波乗り情報のDJは、五十フィートの怪物がすでに湾の入口に立ちあがっているかのような興奮ぶりだ。異様に高揚した熱気をはらんで、朝の時間はスリリングに、サスペンスに満ちて展開した。刻一刻と、人々の興奮は、緊密に絞りあげられていった。
ハリウッド映画の撮影カメラは、歴戦の機関銃手のように、要所にぴたりとついていた。全部で五台。そのうち二台は、油圧の無振動マウントに支えられ、ヘリコプターに乗って空中だ。ヘリコプターは湾の上空を、いまや遅しと待ちかまえ、旋回中だ。
監督のシュローダーはヘリコプターに乗りこんでいる。陸上でいちばん重要なカメラのわきにラリー・デイヴィスがつきっきりになり、無線で空中のシュローダーとやりとりをしている。何日もかけて、ラリーは、シュローダーにワイメア湾の波を説明した。詳細なチャートを何枚も描き、ワイメアに命を賭けているサーファーたちの協力を得て、この湾について知り得るすべての知識を、シュローダーに叩きこんだ。
きちんと理解し記憶しているなら、いまのシュローダーは、車の屋根に見当違いなサーフボードを乗せてサーフ・バムを気どっている連中よりはるかに詳しく、ワイメアについて知っているはずだ。
三十フィートの波に、数人のサーファーがくらいついている。五十フィートに挑戦するサーファーたちは、かつておなじ大波に立ち向かった先輩のサーファーたちといっしょに、砂浜の奥にいた。
僕はラリー・デイヴィスのそばへいってみた。
「これを聞いてみろ。ものすごく面白い」
ヘリコプターと交信するためのヘッドフォーンを、ラリーは僕に渡してくれた。
シュローダーが救助隊のヘリコプター操縦士と無線でやりあっていた。
「ミスタ・シュローダー。二機のヘリコプターのうち少なくとも一機は、湾の上空から撤退してください」
「いやだ、撤退しない!」
シュローダーが怒鳴った。
「危険です」
「危険は承知だ。我々のパイロットは海兵隊あがりの猛者だ。危険なんて、いつも朝食といっしょに、おいしく食べている」
「私も海兵隊にいました」
「面白い、勝負しようじゃないか」
「ミスタ・シュローダー」
「うるせえ!」
怒鳴ったシュローダーは、僕の隣で望遠レンズつきの撮影カメラをのぞいているスティーヴ・レイマーを呼んだ。
「スティーヴ」
「なんですか、ボス」
「呑気な声を出すな! これは戦争だ。救助隊のヘリコプターを射ち落とせ。邪魔だ!」
「ヘリコプターどうしで射ちあったらどうですか」
「対空機関砲はないのか」
「ありません」
「それでおまえはよく俺の仕事が務まるな!」
スティーヴは僕にウインクしてみせた。救助隊のヘリコプターが交信に割って入った。
「ミスタ・シュローダー、命令を聞いていただかないと逮捕されますよ」
「きみらは」
と、シュローダーが怒鳴った。
「きみらは、この俺がどんなふうに仕事をするか、知らないようだな。俺は、撮ると言ったものはかならず撮るんだ!」
ラリー・デイヴィスが僕の肩を叩いた。砂浜の奥を示した。挑戦する三人の若いサーファーが、ほかのサーファーたちと握手をしていた。
「シュローダー、波が来る」
顎の前に突き出ている小さなマイクに、僕は言った。湾の外は狂気の波でいっぱいだった。轟々と押し寄せる大波がまっ白に砕け、沸き立ち、海岸を叩きのめした。
三人のサーファーは海に入った。岸にすさまじい体あたりをくらわせてから、沖へ猛然と引いていく潮流がある。海岸の右側をなめ、浜のほぼ中央から沖へ向かって、その流れはカーヴしていく。この流れに乗ってサーファーたちは急速に沖に出た。上空から落下して白く噴きあがる巨大な爆発の陰に、何度もサーファーたちは見えなくなった。