← Library‹ 波乗りの島 アロハ・オエ 5

湾わんは馬蹄ばていのかたちをしている。奥おくは広ひろい砂浜すなはまで、その両側りょうがわは黒くろい岩いわで出来できた、可愛かわいらしい岬みさきだ。湾わんの内部ないぶの水深すいしんはとても浅あさい。海底かいていが透すけて見みえる。ぜんたいの大おおきさは、とても手てごろだ。サーファーたちが、湾わんと呼よぶにふさわしい。北西ほくせいを向むいている湾わんに対たいして北きたから、太平たいへい洋ようのうねりが押おし寄よせて来くる。

波乗なみのりのための波なみは、砂浜すなはまから湾わんの外そとに向むかって右側みぎがわに出来できる。右みぎの岬みさきのすぐ左側ひだりがわには十じゅう五ごフィートくらいまでの波なみが立たち、少すこし左ひだりに寄よってすぐ裏うらに二十にじゅうフィート、その後方こうほうが三十さんじゅうフィートくらいの波なみだ。もちろん、乗のれるような波なみが出来できる日ひに限かぎってのことだが。そんなときには、湾わんのすぐ外そとを右みぎから左ひだりへいっぱいにまっすぐ、四十よんじゅうフィート級きゅうの波なみが立たちふさがる。

灰色はいいろの朝あさだ。空気くうきが重おもい。波なみの細こまかな飛沫しぶきがびっしりと空中くうちゅうにいつまでも漂ただよっているようで、湿しめっぽい。そして息苦いきぐるしい。湾わんの内部ないぶから沖おきにかけて、まっ白しろい波なみが、おたがいに少すこしずつずれては何なん段だんにも重かさなり合あい、砕くだけている。地鳴じなりのような音おとが空気くうき中ちゅうに充満じゅうまんし続つづける。その音おとは地面じめんを伝つたわって両脚りょうあしから体からだにのぼって来くる。そして心臓しんぞうをとり囲かこむ。水平すいへい線せんはぼうっと灰色はいいろにかすんでいる。くすんだブルーと紫色むらさきいろを溶とかしこんだような、不思議ふしぎな灰色はいいろだ。

湾わんの周辺しゅうへんに人ひとがたくさんいた。誰だれもが興奮こうふんしていた。砂浜すなはまから一段いちだん高たかくなった草地くさちは、セミ・プロやアマチュアたちのムーヴィ・カメラの砲列ほうれつだった。岬みさきの突端とったんにも大勢おおぜいの人ひとが出でていた。高台たかだいのようになっている道路どうろの両側りょうがわには、自動じどう車しゃがつらなった。どの車くるまの屋根やねにもサーフボードがあった。サンセット・ビーチのほうから、人ひとと車くるまが押おし返かえされて来きた。波なみは砂浜すなはまを越こえて住宅じゅうたくを叩たたき、ラニアケアでは勇敢ゆうかんになりすぎた見物けんぶつ人にんたちのあいだで、怪我けが人にんが出でた。

海軍かいぐんや空軍くうぐんの気象きしょう情報じょうほう、それに人工じんこう衛星えいせいからの観測かんそく結果けっかなどを専門せんもん的てきに総合そうごうすれば、いつもいきなりやって来くるので知しられているワイメアの大波おおなみも、だいたいは予測よそくがつく。波乗なみのり情報じょうほうのDJは、五十ごじゅうフィートの怪物かいぶつがすでに湾わんの入口いりぐちに立たちあがっているかのような興奮こうふんぶりだ。異様いように高揚こうようした熱気ねっきをはらんで、朝あさの時間じかんはスリリングに、サスペンスに満みちて展開てんかいした。刻こく一刻いっこくと、人々ひとびとの興奮こうふんは、緊密きんみつに絞しぼりあげられていった。

ハリウッド映画えいがの撮影さつえいカメラは、歴戦れきせんの機関きかん銃手じゅうしゅのように、要所ようしょにぴたりとついていた。全部ぜんぶで五ご台だい。そのうち二に台だいは、油圧ゆあつの無む振動しんどうマウントに支ささえられ、ヘリコプターに乗のって空中くうちゅうだ。ヘリコプターは湾わんの上空じょうくうを、いまや遅おそしと待まちかまえ、旋回せんかい中ちゅうだ。

監督かんとくのシュローダーはヘリコプターに乗のりこんでいる。陸上りくじょうでいちばん重要じゅうようなカメラのわきにラリー・デイヴィスがつきっきりになり、無線むせんで空中くうちゅうのシュローダーとやりとりをしている。何なん日にちもかけて、ラリーは、シュローダーにワイメア湾わんの波なみを説明せつめいした。詳細しょうさいなチャートを何なん枚まいも描えがき、ワイメアに命いのちを賭かけているサーファーたちの協力きょうりょくを得えて、この湾わんについて知しり得えるすべての知識ちしきを、シュローダーに叩たたきこんだ。

きちんと理解りかいし記憶きおくしているなら、いまのシュローダーは、車くるまの屋根やねに見当けんとう違ちがいなサーフボードを乗のせてサーフ・バムを気きどっている連中れんちゅうよりはるかに詳くわしく、ワイメアについて知しっているはずだ。

三十さんじゅうフィートの波なみに、数すう人にんのサーファーがくらいついている。五十ごじゅうフィートに挑戦ちょうせんするサーファーたちは、かつておなじ大波おおなみに立たち向むかった先輩せんぱいのサーファーたちといっしょに、砂浜すなはまの奥おくにいた。

僕ぼくはラリー・デイヴィスのそばへいってみた。

「これを聞きいてみろ。ものすごく面白おもしろい」

ヘリコプターと交信こうしんするためのヘッドフォーンを、ラリーは僕ぼくに渡わたしてくれた。

シュローダーが救助きゅうじょ隊たいのヘリコプター操縦そうじゅう士しと無線むせんでやりあっていた。

「ミスタ・シュローダー。二に機きのヘリコプターのうち少すくなくとも一いち機きは、湾わんの上空じょうくうから撤退てったいしてください」

「いやだ、撤退てったいしない!」

シュローダーが怒鳴どなった。

「危険きけんです」

「危険きけんは承知しょうちだ。我々われわれのパイロットは海兵かいへい隊たいあがりの猛者もさだ。危険きけんなんて、いつも朝食ちょうしょくといっしょに、おいしく食たべている」

「私わたくしも海兵かいへい隊たいにいました」

「面白おもしろい、勝負しょうぶしようじゃないか」

「ミスタ・シュローダー」

「うるせえ!」

怒鳴どなったシュローダーは、僕ぼくの隣となりで望遠ぼうえんレンズつきの撮影さつえいカメラをのぞいているスティーヴ・レイマーを呼よんだ。

「スティーヴ」

「なんですか、ボス」

「呑気のんきな声こえを出だすな! これは戦争せんそうだ。救助きゅうじょ隊たいのヘリコプターを射うち落おとせ。邪魔じゃまだ!」

「ヘリコプターどうしで射うちあったらどうですか」

「対空たいくう機関きかん砲ほうはないのか」

「ありません」

「それでおまえはよく俺おれの仕事しごとが務つとまるな!」

スティーヴは僕ぼくにウインクしてみせた。救助きゅうじょ隊たいのヘリコプターが交信こうしんに割わって入はいった。

「ミスタ・シュローダー、命令めいれいを聞きいていただかないと逮捕たいほされますよ」

「きみらは」

と、シュローダーが怒鳴どなった。

「きみらは、この俺おれがどんなふうに仕事しごとをするか、知しらないようだな。俺おれは、撮とると言いったものはかならず撮とるんだ!」

ラリー・デイヴィスが僕ぼくの肩かたを叩たたいた。砂浜すなはまの奥おくを示しめした。挑戦ちょうせんする三さん人にんの若わかいサーファーが、ほかのサーファーたちと握手あくしゅをしていた。

「シュローダー、波なみが来くる」

顎あごの前まえに突つき出でている小ちいさなマイクに、僕ぼくは言いった。湾わんの外そとは狂気きょうきの波なみでいっぱいだった。轟々ごうごうと押おし寄よせる大波おおなみがまっ白しろに砕くだけ、沸わき立たち、海岸かいがんを叩たたきのめした。

三さん人にんのサーファーは海うみに入はいった。岸きしにすさまじい体たいあたりをくらわせてから、沖おきへ猛然もうぜんと引ひいていく潮流ちょうりゅうがある。海岸かいがんの右側みぎがわをなめ、浜はまのほぼ中央ちゅうおうから沖おきへ向むかって、その流ながれはカーヴしていく。この流ながれに乗のってサーファーたちは急速きゅうそくに沖おきに出でた。上空じょうくうから落下らっかして白しろく噴ふきあがる巨大きょだいな爆発ばくはつの陰かげに、何なん度どもサーファーたちは見みえなくなった。

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