いま太陽が地球の向こうへ沈もうとしている。落日だ。空がいちめんオレンジ色に燃えている。雲の多い夕暮れだ。雲の薄い部分から、夕陽が雲を射しつらぬいて来る。いまにも燃え立ちそうなほどに鮮烈な輝きを、薄い雲は放っている。厚い雲は灰色であったりくすんだ紫色であったりする。空いっぱいに濃淡さまざまに雲が埋めつくし、夕陽と雲のドラマが劇的に展開されていた。
海は黒い。沖の波も、黒く盛りあがるシルエットだ。だが波が高く盛りあがると、水の壁は薄くなる。北海岸でも特に薄くなるところを選んだ。波の壁が半透明になり、うっすらと明るくなる。あと少しで水平線に接する太陽の光を、波の壁はなかばとおすのだ。
太陽の周囲にだけ雲がない。燃える空に、ことのほか大きく、完璧に丸く、太陽が宙吊りだ。まわりの雲は、ハリウッドの美術監督が入念に作りあげたセットのようにみごとに、太陽をひきたてていた。沖の波にサーファーがいた。
波は右から左へ美しく走り、きれいにのびあがって自らをチューブに巻きこみ、砕けていく。左へ左へと進みながら、波の壁がのびあがる。その波の斜面を、サーファーは限度いっぱいに飛ばしていた。波のスピードと互角の競争だ。
波のスロープのなかほどを使い、淡いシルエットのサーファーは、アップ・アンド・ダウンを繰り返した。体重を乗せた鋭い切りかえしでスロープを軽々と上下しつつ速度をたくわえ、波よりも早く進もうと試みる。
サーファーの頭上を越えて、波の頂上は水のアーチになって空中に突き出し、自らの裾野に向かって斜めに落下していく。この水のアーチに抱きこまれて、内部には楕円形の空洞が出来る。
アーチが左に向かって猛烈なスピードで進む。空洞がのびていく。のびたぶんだけ、サーファーのすぐ後方で、アーチが崩れて閉じられる。閉じるとき、行き場をなくした空気が、ガラス玉のような飛沫を巻きこみながら、チューブの前方に噴き出て来る。サーファーは背後からそれを浴びる。
サーファーはなおもアップ・アンド・ダウンを繰り返す。スピードを充満させて追いすがるチューブを振りきり、波の壁を彼はひとりで滑走した。ボトムへ降りていき、鋭いカーヴでターンをすると、いっきに波の壁のてっぺんに駆けあがった。頂上に到達したサーファーは、せりあがっている波の壁を征服した。舞い立つ銀色の飛沫をボードで空中へ蹴り飛ばし、波の頂上に躍り出た。
丸い大きなオレンジ色の太陽を背景に、くっきりとした黒いシルエットのサーファーがサーフボードごと、空中に舞いあがった。燃える太陽のなかで、一瞬、サーファーは鳥のように飛んだ。サーフボードがきりもみしてさらに高く飛んでいき、サーファーは空中で両腕と両脚を広げ、二転、三転しつつ波に向かって落ちた。チューブが走り去り、波は崩れ落ちて平たくなり、黒い海の広がりの向こうにオレンジ色の太陽が静かな狂気をたたえて、ひとつ残った。映像はそこで終わった。
スクリーンに黄色い四角が映った。数字や図形がたて続けに映り、ふたたび黄色い四角になった。部屋ぜんたいが、おだやかなスピードで明るくなっていった。拍手が起こった。僕も手を叩いた。
「いまのサーファーが、みなさん、ラリー・デイヴィスです。この夕陽とサーファーをとらえたワン・ショットは、今回の私たちの映画のなかで重要なモーメントとして使用されます。見事なパフォーマンスをしてくれたラリー・デイヴィスに感謝しなくてはいけません」
監督のシュローダーが映写室からマイクでそう言った。ふたたび盛大な拍手があった。両手をあげてラリーは拍手に応えた。
「では次のショットを見ます。これも、おそるべきワン・ショットで撮ったものです」
シュローダーは上機嫌だ。
部屋の照明が暗く落ちた。ワイメアの大波がスクリーンに映った。望遠レンズで沖合いをとらえたものだ。巨大なうねりがいくつも重なり合い、スクリーンの奥からこちらに向けて突進して来た。この奇怪な生き物は波なのだということがわかって、部屋のなかにはどよめきが起こった。
うねりは浅瀬に乗りあげ、四十フィートを超える高さまでせりあがり、そこで雄大に爆発して白く砕けた。底に近い部分のスロープを、ボードの上で美しくポーズをきめながら、ひとりのサーファーが必死で逃げていた。
崩れた波は白い巨大な連続爆発だった。海面から少し距離を置いて浮かんだ凶悪な白雲のかたまりのように、湾の奥に向かって進んで来た。轟々たる海底のうめきを、視覚だけが頼りのいまでも、感じることが出来た。
さらに浅瀬に乗りあげ、湾を右から左へいっぱいにふさいだ白い段丘は、巨大な爆発を続けながら湾の奥を襲った。砂浜に轟然と白い波が襲いかかり、人々は逃げた。逃げる人を手前に、そして白い大波をその背後に、望遠レンズは絶妙の重ねあわせでとらえていた。逃げる人のスピードと追いかけて来る白い怪物の速度の一致が、スクリーンを見る人たちを内部からしめあげた。
海岸に自らを激突させた白い波は、高さがまだ十数メートルはある。分厚く横に広がりながら、波はハイウエイに跳ねあがった。停まっていた何台もの自動車に人々が逃げこみ、自動車はまるで機械じかけの蟻の子のように散り散りに走った。
そこへ上空から波が襲いかかった。二台の自動車がおたがいに進路をふさぎあい、衝突した。そのわきを、ほかの車が全速力ですり抜けた。どの車をも一様に波が押さえこんだ。あやういところで波の牙を逃れ、こちらに向かって走って来る車があった。民家が、椰子の樹が、波のなかに抱きこまれた。
そして一瞬のうちに、波は引いた。自動車がハイウエイ上にふたたびあらわれた。退いていく波に方向を変えられたりしながら、ハイウエイを自動車が逃げまどった。
「俺の右腕だ」
シュローダーの太い声が、暗いままの室内にひびいた。
「俺の右腕であるカメラマン、スティーヴ・レイマーが、いま見たフィルムをワン・ショットで撮った。スティーヴがもし死ぬようなことがあれば、俺は自分の右腕を切り落とす」
酔っ払ってはいるが気迫と誠意のこもったシュローダーの言葉に、重厚な拍手が長く続いた。