← Library‹ 波乗りの島 アロハ・オエ 6

いま太陽たいようが地球ちきゅうの向むこうへ沈しずもうとしている。落日らくじつだ。空そらがいちめんオレンジ色いろに燃もえている。雲くもの多おおい夕暮ゆうぐれだ。雲くもの薄うすい部分ぶぶんから、夕陽ゆうひが雲くもを射しゃしつらぬいて来くる。いまにも燃もえ立たちそうなほどに鮮烈せんれつな輝かがやきを、薄うすい雲くもは放ほうっている。厚あつい雲くもは灰色はいいろであったりくすんだ紫色むらさきいろであったりする。空そらいっぱいに濃淡のうたんさまざまに雲くもが埋うめつくし、夕陽ゆうひと雲くものドラマが劇的げきてきに展開てんかいされていた。

海うみは黒くろい。沖おきの波なみも、黒くろく盛もりあがるシルエットだ。だが波なみが高たかく盛もりあがると、水みずの壁かべは薄うすくなる。北きた海岸かいがんでも特とくに薄うすくなるところを選えらんだ。波なみの壁かべが半はん透明とうめいになり、うっすらと明あかるくなる。あと少すこしで水平すいへい線せんに接せっする太陽たいようの光ひかりを、波なみの壁かべはなかばとおすのだ。

太陽たいようの周囲しゅういにだけ雲くもがない。燃もえる空そらに、ことのほか大おおきく、完璧かんぺきに丸まるく、太陽たいようが宙吊ちゅうづりだ。まわりの雲くもは、ハリウッドの美術びじゅつ監督かんとくが入念にゅうねんに作つくりあげたセットのようにみごとに、太陽たいようをひきたてていた。沖おきの波なみにサーファーがいた。

波なみは右みぎから左ひだりへ美うつくしく走はしり、きれいにのびあがって自みずからをチューブに巻まきこみ、砕くだけていく。左ひだりへ左ひだりへと進すすみながら、波なみの壁かべがのびあがる。その波なみの斜面しゃめんを、サーファーは限度げんどいっぱいに飛とばしていた。波なみのスピードと互角ごかくの競争きょうそうだ。

波なみのスロープのなかほどを使つかい、淡あわいシルエットのサーファーは、アップ・アンド・ダウンを繰くり返かえした。体重たいじゅうを乗のせた鋭するどい切きりかえしでスロープを軽々けいけいと上下じょうげしつつ速度そくどをたくわえ、波なみよりも早はやく進すすもうと試こころみる。

サーファーの頭上ずじょうを越こえて、波なみの頂上ちょうじょうは水みずのアーチになって空中くうちゅうに突つき出だし、自みずからの裾野すそのに向むかって斜ななめに落下らっかしていく。この水みずのアーチに抱だきこまれて、内部ないぶには楕円だえん形けいの空洞くうどうが出来できる。

アーチが左ひだりに向むかって猛烈もうれつなスピードで進すすむ。空洞くうどうがのびていく。のびたぶんだけ、サーファーのすぐ後方こうほうで、アーチが崩くずれて閉とじられる。閉とじるとき、行ゆき場ばをなくした空気くうきが、ガラス玉たまのような飛沫しぶきを巻まきこみながら、チューブの前方ぜんぽうに噴ふき出でて来くる。サーファーは背後はいごからそれを浴あびる。

サーファーはなおもアップ・アンド・ダウンを繰くり返かえす。スピードを充満じゅうまんさせて追おいすがるチューブを振ふりきり、波なみの壁かべを彼かれはひとりで滑走かっそうした。ボトムへ降おりていき、鋭するどいカーヴでターンをすると、いっきに波なみの壁かべのてっぺんに駆かけあがった。頂上ちょうじょうに到達とうたつしたサーファーは、せりあがっている波なみの壁かべを征服せいふくした。舞まい立たつ銀色ぎんいろの飛沫しぶきをボードで空中くうちゅうへ蹴けり飛とばし、波なみの頂上ちょうじょうに躍おどり出でた。

丸まるい大おおきなオレンジ色いろの太陽たいようを背景はいけいに、くっきりとした黒くろいシルエットのサーファーがサーフボードごと、空中くうちゅうに舞まいあがった。燃もえる太陽たいようのなかで、一瞬いっしゅん、サーファーは鳥とりのように飛とんだ。サーフボードがきりもみしてさらに高たかく飛とんでいき、サーファーは空中くうちゅうで両腕りょううでと両脚りょうあしを広ひろげ、二転にてん、三転さんてんしつつ波なみに向むかって落おちた。チューブが走はしり去さり、波なみは崩くずれ落おちて平ひらたくなり、黒くろい海うみの広ひろがりの向むこうにオレンジ色いろの太陽たいようが静しずかな狂気きょうきをたたえて、ひとつ残のこった。映像えいぞうはそこで終おわった。

スクリーンに黄色きいろい四角しかくが映うつった。数字すうじや図形ずけいがたて続つづけに映うつり、ふたたび黄色きいろい四角しかくになった。部屋へやぜんたいが、おだやかなスピードで明あかるくなっていった。拍手はくしゅが起おこった。僕ぼくも手てを叩たたいた。

「いまのサーファーが、みなさん、ラリー・デイヴィスです。この夕陽ゆうひとサーファーをとらえたワン・ショットは、今回こんかいの私わたくしたちの映画えいがのなかで重要じゅうようなモーメントとして使用しようされます。見事みごとなパフォーマンスをしてくれたラリー・デイヴィスに感謝かんしゃしなくてはいけません」

監督かんとくのシュローダーが映写えいしゃ室しつからマイクでそう言いった。ふたたび盛大せいだいな拍手はくしゅがあった。両手りょうてをあげてラリーは拍手はくしゅに応こたえた。

「では次つぎのショットを見みます。これも、おそるべきワン・ショットで撮とったものです」

シュローダーは上じょう機嫌きげんだ。

部屋へやの照明しょうめいが暗くらく落おちた。ワイメアの大波おおなみがスクリーンに映うつった。望遠ぼうえんレンズで沖合おきあいをとらえたものだ。巨大きょだいなうねりがいくつも重かさなり合あい、スクリーンの奥おくからこちらに向むけて突進とっしんして来きた。この奇怪きっかいな生いき物ものは波なみなのだということがわかって、部屋へやのなかにはどよめきが起おこった。

うねりは浅瀬あさせに乗のりあげ、四十よんじゅうフィートを超こえる高たかさまでせりあがり、そこで雄大ゆうだいに爆発ばくはつして白しろく砕くだけた。底そこに近ちかい部分ぶぶんのスロープを、ボードの上うえで美うつくしくポーズをきめながら、ひとりのサーファーが必死ひっしで逃にげていた。

崩くずれた波なみは白しろい巨大きょだいな連続れんぞく爆発ばくはつだった。海面かいめんから少すこし距離きょりを置おいて浮うかんだ凶悪きょうあくな白雲はくうんのかたまりのように、湾わんの奥おくに向むかって進すすんで来きた。轟々ごうごうたる海底かいていのうめきを、視覚しかくだけが頼たよりのいまでも、感かんじることが出来できた。

さらに浅瀬あさせに乗のりあげ、湾わんを右みぎから左ひだりへいっぱいにふさいだ白しろい段丘だんきゅうは、巨大きょだいな爆発ばくはつを続つづけながら湾わんの奥おくを襲おそった。砂浜すなはまに轟然ごうぜんと白しろい波なみが襲おそいかかり、人々ひとびとは逃にげた。逃にげる人ひとを手前てまえに、そして白しろい大波おおなみをその背後はいごに、望遠ぼうえんレンズは絶妙ぜつみょうの重かさねあわせでとらえていた。逃にげる人ひとのスピードと追おいかけて来くる白しろい怪物かいぶつの速度そくどの一致いっちが、スクリーンを見みる人ひとたちを内部ないぶからしめあげた。

海岸かいがんに自みずからを激突げきとつさせた白しろい波なみは、高たかさがまだ十じゅう数すうメートルはある。分厚ぶあつく横よこに広ひろがりながら、波なみはハイウエイに跳はねあがった。停とまっていた何なん台だいもの自動じどう車しゃに人々ひとびとが逃にげこみ、自動じどう車しゃはまるで機械きかいじかけの蟻ありの子このように散ちり散ぢりに走はしった。

そこへ上空じょうくうから波なみが襲おそいかかった。二に台だいの自動じどう車しゃがおたがいに進路しんろをふさぎあい、衝突しょうとつした。そのわきを、ほかの車くるまが全ぜん速力そくりょくですり抜ぬけた。どの車くるまをも一様いちように波なみが押おさえこんだ。あやういところで波なみの牙きばを逃のがれ、こちらに向むかって走はしって来くる車くるまがあった。民家みんかが、椰子やしの樹きが、波なみのなかに抱だきこまれた。

そして一瞬いっしゅんのうちに、波なみは引ひいた。自動じどう車しゃがハイウエイ上じょうにふたたびあらわれた。退しりぞいていく波なみに方向ほうこうを変かえられたりしながら、ハイウエイを自動じどう車しゃが逃にげまどった。

「俺おれの右腕みぎうでだ」

シュローダーの太ふとい声こえが、暗くらいままの室内しつないにひびいた。

「俺おれの右腕みぎうでであるカメラマン、スティーヴ・レイマーが、いま見みたフィルムをワン・ショットで撮とった。スティーヴがもし死しぬようなことがあれば、俺おれは自分じぶんの右腕みぎうでを切きり落おとす」

酔よっ払ぱらってはいるが気迫きはくと誠意せいいのこもったシュローダーの言葉ことばに、重厚じゅうこうな拍手はくしゅが長ながく続つづいた。

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