世田谷区役所へふたりで婚姻届を提出しにいった帰り道、舞子はかたわらを歩く彼に次のように言った。
「私たちのこの結婚は、ふたりにそれぞれ同時に訪れた転機なのだ、ととらえればいちばんいいのではないかしら」
秋晴れの陽ざしのなかに、いま自分たちが歩いている、世田谷の一角の平凡きわまりない光景があった。その光景のなかに、舞子の声で転機という言葉が放たれ、陽ざしを短くかいくぐって消える様子を、彼は受けとめた。
「転機と言うほかないだろうね」
「転機とはつまり、ここからの私たち、ということね」
「まさかこうなるとは、思ってもみなかった。中学と高校の先輩の、近所に住んでいて顔見知りの、三条舞子さんと僕とが、同時に転機のなかにいるとは」
「これからの私は、すでに以前からきまっていたことの実行として、ヨーロッパへいきます。自分のピアノを試してみるのよ。試験を受ける気持ち、とでも言えばいいかしら。しかし実際には試験ではないから、合格とか不合格といった、ある一線上での決定というものは、ないのね。だからそのかわりに、時間が必要なのよ。少ない場合でも三年。ただし、どんなに長くても、五年にもなることはないと思うの。五年になると、それはもう生活でしょう。私の場合は、どこまで自分のピアノがヨーロッパで通用するか、試してみたいだけなの。住みついて現地の人になるとか、そういうことではないのよ。私は日本の女ですから、日本へ帰って来ます。帰って来たら、あなたの奥さんをします」
「きめたことは実行しないといけない」
自分の言葉の平凡さを、彼はまず自分で受けとめた。
「やみくもに実行するのは、賢い方法ではないと思うわ」
「徹底させるといい」
「自分のピアノを、どこまで受けとめてもらえるか。お客が余興に弾くピアノではなくて、その土地に住んでピアノで仕事をしていくひとりの人として、どこまで好いて支持してもらえるのか、どんな拍手を受けることが出来るのか。そういうことを、ぜひとも試してみたいの」
「あちこちに悔いを残さないように」
「アメリカには両親がいるだけで、友だちはいないの。ヨーロッパには多くて、心強いのよ。まず落ち着く場所はフランクフルトで、そこにいる知り合いのかたは、もとは商社の駐在員で、いまはご夫婦で放送の仕事をなさってるかたなの。LPが出来るたびに送って聴いていただいて、あまりにも気にいったから地元の放送局に話をしたら、局のほうでもたいへんに好いてくださって、その局での仕事がすでになかばきまってるのよ。ウイーク・デーの一日のしめくくりとして、夕方にニュースがあって、ニュースが終わると次の定時まで、十二、三分から十五分くらいの、クッションに使える時間がいつも空くのですって。ひとりのアナウンサーがいろんな話をしながら、その合間に、私がスタジオでピアノを弾く、という番組なの。くつろいで聴くことの出来る、心あたたまってほっとするひとときなのだと思うわ。毎週、月曜から金曜まで、夕方」
「僕も聴きたい」
「カセット・テープに録って送ります」
「楽しみだ」
「ヨーロッパは、お好みではないかしら」
「接点はなにもないけれど、あちこち見ておきたい気持ちはある」
「一年くらい、いかがかしら」
「いいね。計画しよう」
「実現すると、私はうれしいわ」
「僕だってうれしい」
「現地に到着して、日常生活が落ち着いたら、その局で簡単なオーディションを受けて、すぐにいま言ったような仕事を始めることになると思うのよ。だからしばらくのあいだは、私の生活はそのラジオ番組が中心になります。三条舞子の、ライヴ・イン・フランクフルトだわ」
そう言って彼女は笑った。
「デュッセルドルフ、ブレーメン、ハンブルク、ベルリンに友人や知人がいて、アムステルダムやコペンハーゲンにもいるのよ。そういう時代なのかしら」
「世田谷には僕がいます」
もう一度、舞子は笑った。
「ホテルのバーで、午後から夕方にかけてピアノを弾く仕事の話もあって、早くも私はかけもちなのよ。お店の経営者が私のLPを聴いて、気にいってくださってるのですって」
「そういう話を聞くと、僕も安心だ」
「帝国ホテルのラウンジで弾いてたときの話をしておきましょうか。これも安心の種になると思うわ。ある日の夕方、見るからにヨーロッパの人という雰囲気の、中年の男性たちが四、五人、そのラウンジに来たの。ひとりだけ奥さんを連れてたわ。奥の席に入ったのですけど、やがてピアノが見える席へ移って来て、弾いてる私を全員で熱心に見るのよ。これはほんとに偶然なのですけど、その日の私はコンチネンタル・タンゴばかり弾いてたの。『夜のタンゴ』『薔薇のタンゴ』『真珠採りのタンゴ』『ジェラシー』『ただ一度の機会』といった名曲を、次々に。感心したような雰囲気で聴いてくださってることはよくわかったので、私も気分良く弾いたのよ。ラウンジを出るとき彼らは私のところへきて、親しみの感情を満面に浮かべて、私を見るの。そしてなにか話しかけるのだけど英語ではなくて、私の怪しい英語でやりとりしていて突然に閃いたのは、彼ら男性たち全員が、音楽の人だということなの。音楽のプロフェッショナルだということが、そのとき突然に、わかったのよ。だから私は、どちらのバンドのかたですかと訊いたら、答えを聞いてびっくりしたわ、マランド楽団のメンバーなのよ。奥さんを連れてひときわにこにこしてた男性が、リーダーのアリー・マースランドなの。日本公演に来ていて、その日はお休みだったのですって。私がピアノで弾いたコンチネンタル・タンゴは、マランド楽団に褒めていただけたのよ」
「オランダで再会があるかもしれないよ」
「可能性は充分ね」
十一月のなかば、舞子はヨーロッパに向けて出発した。準備はすでに整い、フランクフルトへ送るべきものはすべて発送し終えていた。だから出発当日の舞子は、気楽な小旅行に出る人の雰囲気だった。空港まで彼とふたりでいき、空港にはたくさんの人たちが見送りに来ていた。