若い女性の店員がいたほうがいいかな、とふと思ったその日の午後、よく来るその女性が店にあらわれた。カウンターの席にすわり、いつものとおり静かにコーヒーを飲んだ。そしてカウンターのなかの中島裕美子に、彼女は次のように言った。
「こちらのお店では、アルバイトの店員はご入り用ではありませんか」
裕美子は微笑した。
「いてもいいかな、と思ってたとこよ」
と、彼女は答えた。
「募集なさることがあれば、私は応募します」
その言葉を受けとめて、裕美子は彼女の声について判断した。体のなかからまっすぐに出て来る、いい声だった。細身の美人で清楚な雰囲気があり、静かな陰の部分には怜悧さが宿っていた。その彼女を、カウンターの内側という場所から、裕美子はあらためて観察した。この喫茶店の店員として、悪くない。もったいないくらいかもしれない。
「あなたが応募してくれるとわかってるなら、わざわざ募集することはないわね」
「ありがとうございます」
「仕事はしてないの?」
「いまは無職です。ラジオの仕事が好きで、民放でアルバイトをしていました。ひとつの番組の専属だったのですけれど、その番組が終わってしまいましたので。裏方の仕事はあるのですけれど、スタジオ・ワークがしたくて、チャンスを待っています」
「おいくつ?」
「二十七歳です」
その年齢でなぜ喫茶店のアルバイト店員になりたいのかと思いながら、四十六歳という自分の年齢に、裕美子は照合してみた。
「若いわね」
という平凡な感想に、
「ほんとにここで店員をしたければ、してもらってもいいのよ」
と、裕美子はつけ加えた。
「お願いします」
「最初にいらしたのは、半年ほども前になるかしら」
「三月でした」
「そうね」
「すっかり気にいって、それ以来です」
「いつから始めるの?」
「いつからでも」
「日曜と祝日が休みなのよ。時間は自由でいいわ。あんまり一定しないのも困るけど。お好きな時間帯で、無理のないところを」
「はい」
「営業時間は午前十一時から午後の七時まで、八時間営業。午後一時から六時までの五時間、というのはどうかしら」
「そうさせていただければ、たいへんうれしいです」
「あなたがいてくれれば、私は散歩が出来るわ。買い物にも歩けるし。服装は、働きやすければ、なんでもいいのよ。いまのような服で充分よ。いけなければ、私からそう言うわ。経験は?」
「ありません」
すんなりとした、しかし存分に頼りなくもあるそのひと言を受けとめて、いまの自分は面接をおこなっている採用担当者のようだ、と裕美子は思った。苦笑が唇の端に宿って消えた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「店の外へ出てみて」
ふたりは店の外へ出た。
「五十メートルほど歩いて、引き返して来て」
歩きかたさえ見ればすべてわかる、と口癖のように言っていた演出家がいた。中島裕美子が踊り子として舞台に立っていた頃のことだ。あの演出家と最後に仕事をしてから、早くも二十年になるだろうか、と裕美子は思った。
店のドアの前まで戻って来て、
「私は川崎律子と申します」
と、彼女は名乗った。そして字を説明した。
「私は中島裕美子よ。四十六歳」
ふたりは店のなかに入り、裕美子はカウンターのなか、そして律子は、さきほどとおなじ席にすわった。
「お若くておきれいですね」
律子がそう言った。
「私が?」
「はい。どんな経歴のかたなのかと、いつも思っていました」
中島裕美子はこの喫茶店の店主だ。五階建ての小ぶりな建物の一階のフロアぜんたいがこの店だ。五階に住んでいる大家に賃貸料を払っている。営業権だけが彼女のものだ。彼女が自分で始めた店ではない。前の経営者が引退したあとを、店名から造作、メニュー、コーヒー豆の仕入れなど、すべてをそのままに引き継いだものだ。四十歳になる直前のことだった。それ以来、ここが彼女の仕事場だ。
カウンターの内側が彼女の定位置だ。客が入って来ると、笑顔を向けていらっしゃいませと言う。どうぞお好きなところへ、奥の席もございます、などと言うこともある。グラスに水を入れて席へ持っていき、注文を受ける。カウンターのなかでそれを作る。そして席まで持っていく。あとはその客が店を出るとき、代金を受け取るだけだ。店で客に接する仕事としては、それだけのことの繰り返しでしかない。気楽でいい、と裕美子は思っている。
姿のいい大柄な女性だ。ひと目見て、ぱっと目立つ。彫りのきいた目鼻だちの美人であることとあいまって、明るく開放的で華やいだ雰囲気が持ち味だが、それは外見だけから生まれるものではない、とたいていの人は感じる。身についたものがにじみ出て来るものであり、そのいちばん底にあるのは、体つきや身のこなしなどを支える、鍛え抜かれた様子だ。
だからごく普通の堅気の主婦に見えることは、まずない。かと言って、水商売でもない。色気は充分だがどこか品の良さ、あるいは人の良さが、否定しがたい感触として常にある。一度も結婚したことはなく、いまも独身だ。喫茶店のある場所から電車で四十分ほどのところに、自分のものとしての一軒家を持っている。そこにひとりで暮らしている。
いま初めて名前を知った、二十七歳の常連客の女性から、どんな経歴なのかと興味を持たれた自分の過去へと、裕美子は視線をのばしてみた。経歴は生年月日から始まるのだろう、と彼女は思った。鹿児島のとある町で生まれてそこで育った。彼女が十五歳のとき、太平洋戦争は敗戦で終わった。父親は柔道と剣道の師範として知られた人で、その町および近隣に、三つの道場を持っていた。
裕美子は三人姉妹のまんなかだ。いちばん体が使えるのは彼女であることを見抜いた父親は、柔道と剣道を彼女に厳しく教えた。彼女が地元の高校を卒業するまで、それは続いた。裕美子にとっては、かならずしも望んだことではなかったが、鍛えられた身体はすぐに貴重な財産として機能することとなった。