← Library‹ 七月の水玉 秋風と彼女の足もと 2

十じゅう年ねん前まえの中島なかじま裕美子ゆみこは三十さんじゅう六ろく歳さいだった。ちらし広告こうこくのモデルをしていたのはこの頃ごろだ。写真しゃしん家かのモデルを務つとめたのも、おなじ時期じきだ。この仕事しごとは楽たのしいものだった。写真しゃしん家かが月刊げっかん雑誌ざっしに連載れんさいした仕事しごとで、一いち年ねん続つづいた。毎月まいつき一いち度ど、二に、三さん泊はくの予定よていで、日本にっぽん国内こくないのどこかへいく。写真しゃしん家かと担当たんとうの編集へんしゅう者しゃ、そしてモデルの裕美子ゆみこの三さん人にんだ。三さん人にんそろって出でかけるときもあれば、三さん人にんが現地げんちで集合しゅうごうすることもあった。裕美子ゆみことしてはとにかく万全ばんぜんの体調たいちょうで、指定していされた日時にちじに指定していされた場所ばしょへいけばそれでよかった。写真しゃしん家かが撮とる街まちなみや景色けしきのなかに、なにげなくふといる、ひとりの謎なぞめいた美うつくしい女性じょせい、という役やくどころを裕美子ゆみこは演えんじた。タクシーであちこち移動いどうしながら、場所ばしょを見みつけては撮影さつえいする。夕方ゆうがたには終おわり、夕食ゆうしょくをともにすればその日ひはそれで終了しゅうりょうだった。帰かえりの時間じかんに合あわせて、次つぎの日ひも多少たしょうは撮影さつえいした。

一いち年ねん続つづいたこの仕事しごとが終おわったあと、裕美子ゆみこは女性じょせいの友人ゆうじんから一いち軒けんのバーを預あずかった。日本にっぽんを留守るすにするから、そのあいだだけの三さんか月げつ、という約束やくそくだった。ひと月がつのびて四よんか月げつになった。戦後せんごに出来できた歓楽かんらく街がいとしては東京とうきょうでおそらく一番いちばんの地帯ちたいの、ややはずれに近ちかいあたり、幅はばのせまい路地ろじが複雑ふくざつに交錯こうさくする奥おくに、その店みせはあった。

歓楽かんらく街がいにある酒さけと食事しょくじの店みせの、ありとあらゆる種類しゅるいや形態けいたいのぎっちりと詰つまった、屋根裏やねうらまで含ふくめると三さん階かい建だての、大おおきな木造もくぞうの建物たてものの隙間すきまのような部分ぶぶんに、そのバーはあった。路地ろじに面めんしたせまい入口いりぐちから、急きゅうな傾斜けいしゃの階段かいだんを上あがっていき、小ちいさな踊おどり場ばの奥おくにあるドアを開ひらくと、目めの前まえにそのバーの内部ないぶすべてが見みえた。

片方かたほうには壁かべを背せにしてカウンター、そしてもういっぽうのスペースでは、低ひくいテーブルをソファが囲かこんでいた。ただそれだけの店みせだ。カウンターの端はしに小ちいさなドアがひとつあった。そのなかは仮眠かみん室しつのように作つくったスペースで、物置ものおきとして使つかわれていた。その壁かべに垂直すいちょくな梯子段はしごだんがあり、それを上あがると屋根裏やねうらだった。かがんでしか歩あるくことは出来できないが、仮眠かみんするなら下したのスペースよりここのほうが楽らくだった。売春ばいしゅん防止ぼうし法ほう以前いぜんからある建物たてものだから、屋根裏やねうらは売春ばいしゅんに使用しようされることが多おおく、バーは売春ばいしゅんのための簡略かんりゃくな助走じょそう路ろとして機能きのうしたのではないか。年配ねんぱいの男性だんせい客きゃくが裕美子ゆみこにそんな説明せつめいをした。

そのバーに、ある日ひの夜よる、彼かれがあらわれた。十じゅう年ねん前まえのことだから、彼かれは二十にじゅう七なな歳さいだった。裕美子ゆみこが写真しゃしん家かのモデルを務つとめて一いち年ねん続つづいた、月刊げっかん雑誌ざっしの仕事しごとの担当たんとう編集へんしゅう者しゃとともに、夜よるのまだ早はやい時間じかん、彼かれは裕美子ゆみこが預あずかるバーの客きゃくになった。編集へんしゅう者しゃは裕美子ゆみこよりふたつ年下とししたの同どう世代せだいだった。二十にじゅう七なな歳さいの彼かれは、裕美子ゆみこにはたいそう若わかく思おもえた。今度こんどうちの雑誌ざっしで仕事しごとをしてもらうんですよ、と編集へんしゅう者しゃは彼かれを裕美子ゆみこに引ひき合あわせた。

当時とうじの彼かれはまだ作家さっかではなく、いろんな雑誌ざっしからさまざまな注文ちゅうもんを受うけて文章ぶんしょうを書かく、フリーランスの書かき手てだった。雑多ざったな文章ぶんしょうを書かくから雑文ざつぶん書かきなのだ、と彼かれは言いった。だから裕美子ゆみこにとっての彼かれの最初さいしょの印象いんしょうは、つかみどころがないまでに若わかい雑文ざつぶん書かき、というものだった。

さほど日ひを置おかずに、彼かれはふたたびあらわれた。そのときは別べつな編集へんしゅう者しゃといっしょだった。そして三さん度どめのときには、彼かれはひとりで裕美子ゆみこの店みせの客きゃくとなった。夜よるの八はち時じ前まえという、まだ客きゃくのいない時間じかんだった。

「これで三さん度どめね」

どこへ向むかうとも知しれない会話かいわのきっかけとして、裕美子ゆみこはそう言いってみた。

「そうです」

「今夜こんやはひとりなの?」

「そうです」

おなじ言葉ことばを繰くり返かえした彼かれに、

「なぜ?」

と、裕美子ゆみこは訊きいた。

「三さん度どめの正直しょうじきですから」

裕美子ゆみこは微笑びしょうした。

「今夜こんやのあなたは、正直しょうじきな人ひとなの?」

「そうです」

「なぜ?」

「裕美子ゆみこさんに強つよく惹ひかれている自分じぶんに対たいして、正直しょうじきなのです」

「あら、まあ。普通ふつうはそこが嘘うその始はじまりなのよ」

「どんな嘘うそですか」

男おとこを相手あいてのたいていの会話かいわでは、裕美子ゆみこは先手せんてを取とり続つづけることが出来できた。生うまれついての気性きしょうがその方向ほうこうだし、踊おどり子ことしての日々ひびのなかで、気性きしょうは鍛きたえ上あげられた。その裕美子ゆみこが、彼かれのその言葉ことばに対たいして、

「どうしましょ」

と言いった。

「返かえす言葉ことばがないわ。惹ひかれてる人ひとのところへは、ひとりで足あしを運はこぶの?」

「ほかに人ひとがいても、邪魔じゃまなだけですから」

「あら、なぜ?」

気きのきいた返事へんじなど、裕美子ゆみこは期待きたいしていなかった。だからただ微笑びしょうしている彼かれを、裕美子ゆみこは正解せいかいとして受うけとめた。

「お仕事しごとは忙いそがしいの?」

「多忙たぼうです」

「最初さいしょに見みえたとき、あの雑誌ざっしのかたといっしょだったわね。仕事しごとは始はじまったの?」

「まだです。なにか書かけと言いわれていて、考かんがえているところです」

「なにか見みつかるといいわね」

「連載れんさいです」

「毎月まいつき、ということね」

「そうです」

「これまで、どんなことを書かいてきたの?」

「いろんなことです。学生がくせいの頃ころから」

「だったら、もうひとかどのヴェテランでしょう」

「仕事しごとはあります」

「なにか目めざしてるものがあるのかしら。目標もくひょうとか」

「なにもありません」

「二十にじゅう七なな歳さいだとおっしゃってたわね。あと三さん年ねんで三十さんじゅうよ。三十路みそじと呼よぶのよ」

「どうなるのか、わかりません」

「自分じぶんでしてることなのに」

「これからどうなるのか、まるで不明ふめいです」

「早はやくからきめる必要ひつようはないのよ」

「そうだと思おもいます」

「でも、このままずっと、というのも困こまるでしょう」

「困こまります」

というような会話かいわを、カウンターをあいだにはさんで、ふたりは交かわした。

カウンターを出でて彼かれのかたわらへいきたい、と裕美子ゆみこはふと思おもった。これからの自分じぶんがどうなるのか、まったくわからない状況じょうきょうというものに、彼女かのじょは共感きょうかんがあった。いまの自分じぶんもそうなのだ。歳としを取とったとは言いいがたい年齢ねんれいだが、踊おどり子ことして現役げんえきであった頃ころからはすでに遠とおい。前方ぜんぽうに確かくたる当あてがあるわけではなく、現在げんざいがこれから先さきに向むけての足場あしばとして、期待きたい出来できるわけでもない。ないと言ゆうならなにもない。これからどうするの、と人ひとに訊きかれると、さあ、としか答こたえられない裕美子ゆみこだ。

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