かつて自分が書いた六篇の短篇小説の校正刷りを、ひとまとめに読んだ。その僕は、いまはもうとっくに、第三者のひとりだ。第三者として気づいたことひとつをめぐって、あとがきを試みることにしよう。書いた当人ではあるけれど、いまは第三者のひとりだと言い張る人による、短いあとがきだ。六篇ともにわたって、家が重要な位置と役を演じている。ここでの家とは、人が住む場所である住居、という意味だ。
『彼女が謎だった夏』では、直子がひとりで経営している喫茶店の裏に、彼女の住む家がある。日本に滞在していた特派員のフランス人が建てた家だ、と直子は説明している。ぜんたいの間取りが簡単に説明してある。その僕の言葉を頼りに、略図を起こすことは充分に可能だ。その図面を見るなら、あるいは見るまでもなく、この時代の建て売り住宅によくあった間取りとは、世界がまるで異なっている。直子のような人がひとりで住む家は、こうでなくてはならなかったからだろう。そのことを小説らしく可能にするために、フランス人の特派員が建てた、といういきさつになっている。原田という青年は、この短編が終わるところから始まる直子との親密な関係を、主としてこの家のなかで、これから持っていくことになる。
『写真家がすべてを楽しむ』という短編では、恵子は自分で建てた家にひとりで住んでいる。間取りが説明してある。部屋の基本的な配置は、この説明をもとに図面にすることが、ここでも可能だ。この間取りもかなり変わっている。恵子がひとりで生活する場所として、彼女の家はこうでなくてはならない、ということなのだろう。写真家の田島がこの家をときたま訪れる。恵子の母親がかつて住んでいた一軒家について、母親自身の台詞による説明があるし、映画女優として役を演じる自分が撮影された、セットではない現実のアパートをめぐる記述にも、興味深いものがある。
『七月の水玉だった』になると、家の問題はもっと複雑に設定してある。ヨシオが両親と住んでいる家と、扶美子が父親と住むことになる家とは、崩れ落ちた生け垣をあいだにはさんで、おたがいに庭を接し合っている。両家の主人の提案により、役に立たない生け垣は、ヨシオの手によって取り払われる。二軒の家の庭はひとつになる。そこへ扶美子が登場する。
ヨシオと扶美子は隣どうしに住み、垣根の消えた庭を共有する。その庭は扶美子にとっては洗濯物を干す場所であり、干していく作業をする彼女の姿は、ヨシオの目にとまらざるを得ない。さらにこの庭は、雨の夜、素肌に浴衣一枚で傘をさした扶美子が、ヨシオの部屋に遊びにいくために横切るスペースであったりもする。
事情があって扶美子は父とともに東京を去ることになる。家と敷地はヨシオの父親が買い取る。空家になる扶美子の家は、いちばん居心地が良いと扶美子が言う彼女の部屋を、勉強部屋としてヨシオが使うことにする。扶美子を親しく包んだはずの空間に、扶美子がそこを去ったあとで、ヨシオが身を置く。そこで彼は扶美子をなんらかのかたちで材料にして小説を書こうとするのだから、隣り合う二軒の家とそのあいだの庭は、ヨシオと扶美子との、かなりなところまで複雑な関係を支える場となっていることは確かだ。
『寝室には天窓を』では、物語が始まったとき、川島という青年は二十三歳だ。自宅のすぐ近くにある一軒家で彼はひとり暮らしをしている。この家に関しても、僕の説明だけで、間取りは正確に描けると思う。変わった家だが、変わっているぶんだけ確実に住みやすいはずだ、と僕は思う。
二十歳年上の恵子がここに住むことになる。川島は自宅に戻る。その自宅の離れが、彼の場所だという。川島から提供を受けたその一軒家に恵子が住むことによって、彼と恵子との関係のぜんたいが、なんの無理もなく支えられ包み込まれる。川島はこの家に暗室を持つから、彼はいつここに立ち寄ってもいいし、何日続けてそこにとどまっても、異議をとなえる人はいない。
川島青年が二十三歳で始まったこの物語のなかでは、十二年という時間が経過する。恵子はそれまで続けてきた仕事の仕上げとして、神戸へ場所を移す。建物は充分に古くなった。自分ひとりの場所となったその家を、彼は建て替えることを考える。いまあるその家をそっくりに新しく復元する、というかたちの建て替えだ。恵子という存在を彼が身辺に保ちつつ、どこかでそれを更新していくような機能が、建て替えられた新しい家によって、発揮されるのではないか。
ひとりの女性が姿を消したあとの家に、男性がひとりで住むはめになるという構造は、『これは自分の理想だった』においても採用されている。彼がまだ両親と住んでいる自宅のすぐ近くにあり、子供の頃から顔見知りだった女性がひとりで住んでいる、という設定の家だ。ふたりが結婚したとたん、彼女は自分がそれまで考えてきたことを完遂させるため、ヨーロッパへいってしまう。あとに残された彼は、彼女の家でひとりだけの時間を紡いでいくほかない。
『秋風と彼女の足もと』では、主人公である四十六歳の裕美子がひとりで営む喫茶店が、ストーリーにとっての現在における舞台になっている。すでに過ぎ去った、いまはもうどこにもない時間としては、彼女が十五歳のときから記述されている。相手役の男性とはいまでも親しい関係が続いている。その彼と知り合ったのは裕美子が三十六歳のときで、彼は二十七歳だった。
彼らふたりのあいだに親しい関係を確定させた場所は、当時の彼女が住んでいた、小さな平屋の一軒家だった。私鉄の線路のすぐそばにその家はあり、急行が通過していくときの振動を受けて、寝室に使っている部屋の襖がはずれ、布団の上のふたりに向けて倒れてくる、というような体験をすることの出来た家だ。物語の終わりの部分で、いまの彼がひとりで住む集合住宅の部屋へ、裕美子は彼とともに向かう。広いとは言いがたいヴェランダのある、六階の部屋だということだが、いまの彼女がひとりで暮らしている一軒家へ向かったほうが、よかったのではないか。その家の造りと彼女らしさとが、好ましく重なり合う様子に、ほんの少しでいいから文字数を費やしておけば。
六篇の物語それぞれが進行していく時間の背景となっている時代は、探していくとどの作品でも、時代をあらわす具体的な数字に言及がなされている。掲載されている順に年号だけを列挙すると、次のようになる。一九六六年。一九八八年。一九六〇年。一九六七年。一九七七年。一九七六年。ただしこの最後の作品では、裕美子が彼と知り合った十年前に視点を置くなら、その時代は一九六六年だった。
一九六〇年代が三篇。その時代の延長と言っていい一九七〇年代後半が二篇。そして八〇年代の終わり近くが一篇。どれも物語それぞれにとって必然性があってそうなっている、といまは第三者の僕は思う。六〇年代や七〇年代のほうが、人が自分らしく住まう環境は、いまよりもはるかに個人の自由がきいたという意味で、いまとはくらべものにならないほどに豊かだった、というような必然性だ。
二〇〇二年六月一日
片岡義男