← Library‹ 物のかたちのバラッド いまはそれどころではない 4

「スリップは持もってますか」

柴崎しばざきが訊きいた。

「スリップ?」

美枝子みえこが訊きき返かえした。

「そうです」

「下着したぎのスリップ?」

「はい」

「いろいろ持もってるわ」

「スリップ姿すがたでアイロンをかけている、大人おとなのいい女おんなを絵えにしてくれ、という注文ちゅうもんを受うけたのです。外国がいこくふうというか、ヨーロッパ風味ふうみで、ということでした」

「いまはアイロンをかけているという、その女おんなの人ひとの日常にちじょうの一いち場面ばめんね」

「そうだと思おもいます。アイロン台だいというものがありますね。立たってアイロンをかけるための。この家いえにもあります、洗濯せんたく機きの脇わきに立たてかけてあります」

「あるわね」

「アイロン台だいを使つかって、スリップ姿すがたで立たってアイロンをかけている、大人おとなのいい女おんなだそうです。アイロン台だいから上うえを、彼女かのじょの頭あたまのてっぺんくらいまで、画面がめんに取とり込こめばいいのです。彫ほりの深ふかい大人おとなの美人びじんが、スリップ一いち枚まいでアイロンをかけているところです」

柴崎しばざきの説明せつめいを聞きいた美枝子みえこは、

「映画えいがで見みたような気きがするわ」

と言いった。

「なんという映画えいがだったかしら。確たしかフランス映画えいがよ。そんな場面ばめんがあったわ。有名ゆうめいな映画えいがよ」

「注文ちゅうもんしてくれたのは美枝子みえこさんとおなじ年代ねんだいの編集へんしゅう者しゃですから、その映画えいがのことが記憶きおくにあるのかもしれません」

「きっとそうよ。私わたくしがスリップ一いち枚まいでアイロン台だいでアイロンをかけている姿すがたを、あなたは見みたいのね」

「そうです」

「今度こんど、いろんなスリップを持もって来くるわ。すっきりしたのがいいわね、肩紐かたひもが細ほそくて」

「髪かみは変かえないでください。いまのその髪かみは、ぴったりですから」

「私わたくしが映画えいがで見みたのは、くわえ煙草たばこだったような気きがするわ。スリップ一いち枚まいのくわえ煙草たばこで、アイロンをかけてるの。確たしかに大人おとなのいい女おんなだけど、どこか娼婦しょうふ的てきでもあって」

「そういう絵えを望のぞんでいるのだと思おもいます。小説しょうせつ雑誌ざっしの挿絵さしえです」

「私わたくしにそっくりに描えがいてね」

裸はだかのふたりは横向よこむきに抱だき合あっていた。彼かれにさらに深ふかく体からだを預あずけた美枝子みえこは、片方かたほうの太腿ふとももを大おおきく彼かれの腰こしにまわした。

「ね。そっくりに」

「そうします。なぜか女性じょせいの絵えの注文ちゅうもんが多おおいのです」

「あれだけうまければ。それに、そういう時代じだいでもあるのよ。女おんながいろいろとおもてに出でて来きて、活躍かつやくするのね」

「主題しゅだいとしては不滅ふめつですからね」

「そうね。自画じが像ぞうの次つぎが女おんなで、その次つぎが裸婦らふかしら。そこから富士ふじ山やまとか南瓜かぼちゃなどへ、分わかれていくのよ」

美枝子みえこの言いいかたに柴崎しばざきは笑わらった。

「あなたの絵えは洒落しゃれてるわ。絵えとして作つくり出だされる雰囲気ふんいきのなかに、どこか外国がいこくふうなところがあって」

「女おんなシリーズという企画きかくの注文ちゅうもんも受うけました。毎号まいごう、いろんな人ひとが、その人ひとの思おもい描えがく女性じょせいを描えがくのです。カラーのページで、折おりたたんであるのを開ひらくと二にページになるのです」

「どんな人ひとを描えがくの?」

「西瓜すいかを食たべる女おんな、というタイトルにしようと思おもっています」

「きれいな女おんなの人ひとが、食卓しょくたくで西瓜すいかを食たべてるの?」

「裸はだかです」

と、柴崎しばざきは答こたえた。

「この外そとの庭にわが、背景はいけいとして最適さいてきです。タイル敷しきのテラスがあって、デッキ・チェアが置おいてあり、そこにすわった裸はだかの女性じょせいが、テーブルに両足りょうあしを上あげて無心むしんに西瓜すいかを食たべてます。夏なつの陽ひざしを全身ぜんしんに浴あびて」

「ビキニくらい着きせたら?」

「それも考かんがえましたけれど、裸はだかのほうがいいようです。三日月みかつきに切きった赤あかい西瓜すいかです」

「そういうことを、自分じぶんもしてみたいと私わたくしは思おもうわ」

「ここに住すんだら、いつでも出来できますよ。もうすぐ夏なつですし」

「あなたの絵えのとおりに再現さいげんしてみたいわ」

「おなじ出版しゅっぱん社しゃの、別べつの企画きかくも引ひき受うけました。社長しゃちょうがアメリカで買かって来きた、ポストカード・ブックという企画きかくです。切きり離はなすと絵葉書えはがきになっていて、三十さんじゅう枚まいで一いち冊さつです。シリーズで何なん冊さつも刊行かんこうしたいと言いってます。雑誌ざっしで試こころみる女おんなシリーズを、そこへ延長えんちょうさせることは出来できないだろうかと相談そうだんを受うけて、一いち冊さつまるごと、僕ぼくがいろんな女性じょせいを描えがくことになりました」

「大変たいへんだわ」

「印税いんぜいという支払しはらい方式ほうしきで、前払まえばらいの半額はんがくを小切手こぎってでもらいました。六千ろくせん部ぶを印刷いんさつするそうです」

「遊あそんでるように見みえても、責任せきにんはそれなりに伴ともなうのね。三十さんじゅう人にんも女性じょせいを描えがくのは、大変たいへんなことだわ。場面ばめんも女性じょせいも、空想くうそうで作つくるの?」

美枝子みえこのその質問しつもんに、柴崎しばざきは次つぎのように答こたえた。

「考かんがえてもなかなか解決かいけつしないことでも、ひと目め見みれば、ああ、そうか、と解決かいけつすることはたくさんあります」

「女おんなを描えがくとき、この私わたくしは参考さんこうになるかしら」

「なります」

「どんなとこが?」

「一いち挙手きょしゅ一いち投足とうそくです。呼吸こきゅうのひと息いき。なにげないひと言こと。ふとした視線しせんの動うごき」

「観察かんさつするのね」

「そうです」

「そして記憶きおくしておくの?」

「そうです。自分じぶんのものにするのです」

「よく見みておいて。なんでも見みせるわ」

彼かれの腰こしに上あげていた太腿ふとももで、美枝子みえこは彼かれの体からだを自分じぶんに引ひき寄よせた。

「西瓜すいかを食たべる人ひとも、私わたくしにそっくりに描えがいて」

「都電とでんの人ひともそっくりですよ」

「アイロンをかける人ひとも」

「そうです」

「最近さいきんのきみは、おなじ女おんなばかり描えがくね、と言いわれるわ、きっと」

ふたりは笑わらった。

「女おんなだけでなく、どんな絵えでも描えがくの?」

「そうです」

「選より好ごのみはしないの?」

「いまはそれどころではないのです」

「なんでも引ひき受うけて、なんでも取とり込こむのね」

「はい」

「だからついでに、私わたくしも抱いだいてもらえるのね。よかったわ。うれしいのよ」

「僕ぼくもです」

「油絵あぶらえは描えがかないの?」

「来年らいねんの夏なつに展覧てんらん会かいの予定よていがあります。僕ぼくも含ふくめて三さん人にんで作つくっている、自転じてんの会かい、という私的してきなグループがあります。僕ぼくが十じゅう八はち歳さいのときに出品しゅっぴんしたコンクールで、次点じてんになった三さん人にんで作つくったものです。次点じてんをもじって、自転じてんとしたのです。最さい年長ねんちょうの人ひとは七十ななじゅう歳さいになります。この三さん人にんの展覧てんらん会かいが、来年らいねんの夏なつに予定よていされてます」

「出品しゅっぴんするのね」

「します。踏切ふみきりを描えがきます」

「電車でんしゃがとおるのを人ひとが待まってるのね」

「商店しょうてん街がいのなかの踏切ふみきりです。遮断しゃだん棒ぼうが降おりていて、何なん人にんもの人ひとたちが、踏切ふみきりのこちら側がわと向むこう側がわで、電車でんしゃの通過つうかを待まっています」

「人生じんせいにすればいいのよ。いろんな人ひとが踏切ふみきりの前まえに立たっていて、よく見みると人生じんせいなの。生うまれたばかりの赤子あかごから、腰こしの曲まがったおばあさんまで。いろんな年齢ねんれい、つまり人生じんせいのいろんな段階だんかいの人ひとたち。わざとらしくしなければいいのよ。ごく自然しぜんに」

「それはいいですね」

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