← Library‹ 物のかたちのバラッド 孤独をさらに深める 3

太平たいへい洋よう側がわは晴天せいてんが続つづく、という予報よほうが出でていた。矢野やのは日ひを選えらび、新しん幹線かんせんの列車れっしゃもきめて、コンパルサに電話でんわをした。そのとおりにしましょうと三津子みつこは言いい、それで約束やくそくは出来できた。そして当日とうじつ、小しょう旅行りょこうの鞄かばんを持もって、矢野やのは東京とうきょう駅えきまでいった。プラットフォームには列車れっしゃがすでにいた。乗車じょうしゃが始はじまるのを待まち、ドアが開ひらいたらすぐに車両しゃりょうに入はいった。いったん席せきにすわり、発車はっしゃしてから三津子みつこを探さがした。自由じゆう席せきの三さん両りょう目めに彼女かのじょはいた。隣となりの席せきはおそらく空席くうせきだと彼女かのじょは言いった。だから矢野やのはそこにすわった。走はしる新しん幹線かんせんの外そとは晴天せいてんの真夏まなつ日ひだった。

「一いち九きゅう四よん二に年ねん生うまれなのね、あなたは」

「ですからいま二十にじゅう四よん歳さいです」

「絵えはどこで勉強べんきょうしたの?」

「美大びだいです。物心ものごころついたときにはすでに絵えが得意とくいで、いろんな人ひとに褒ほめられて。絵えを描えがくことだけが出来できるのです」

「手塚てづかさんとは長ながいつきあいなの?」

「美大びだいの学生がくせいの頃ころ、手塚てづかさんの会社かいしゃで僕ぼくはアルバイトをしていました。そのときに手塚てづかさんが僕ぼくに絵えの仕事しごとをさせてくれて、それ以来いらいです。卒業そつぎょうしてデザイン事務じむ所しょに勤つとめたのですが、すぐに辞やめて、それからはいまのようなフリーランスです。手塚てづかさんが仕事しごとをくれて、同業どうぎょうの仲間なかまたちに紹介しょうかいしてくれて、忙いそがしいです」

「今日きょうの予定よていは?」

「明あかるいうちに京都きょうとに着つければ」

「私わたくしたちは普通ふつうの列車れっしゃに乗のり換かえるのよ。あと一いち時間じかん三十さんじゅう分ふんくらいかしら。これを降おりて乗のり換かえるの」

「降おりて、乗のり換かえて」

「そしてそれも降おりて、今度こんどはバス」

「どこへ向むかうのですか」

「海うみ、とでも言いっておきましょうか。毎年まいとし、いってるところなの。今年ことしも、こんなふうにそこへいけるのが、ちょっと怖こわいような気持きもちもあって、ほんとにそこに着つくまでは、あまり言いいたくないのよ。言ゆうとなんだか実現じつげんしなくなるような気きもするし」

「ついていきます。連つれていってください」

三津子みつこが降おりると言いった停車ていしゃ駅えきでふたりは新しん幹線かんせんを降おりた。長ながい跨線こせん橋きょうを渡わたり、従来じゅうらいからある駅えきへいき、そこで急行きゅうこうに乗のり換かえた。ふたつ目めの駅えきで降おりるとお昼ひるだった。駅えきから少すこし離はなれたところにある商店しょうてん街がいの食堂しょくどうで、ふたりは昼食ちゅうしょくを食たべた。そして駅前えきまえに戻もどった。バスの乗のり場ばには、それぞれに行いく先さきの異ことなるバスが、数すう台だい停とまっていた。そのうちのひとつを指ゆびさし、

「あれに乗のるのよ」

と、三津子みつこは言いった。

乗のって料金りょうきんを払はらい、座席ざせきにならんですわってしばらくすると、バスは発車はっしゃした。すぐに市街しがい地ちを出でた。知しらなければここが日本にっぽんのどこともわからない田舎道いなかみちをいき、やがて海沿うみぞいの県道けんどうに出でた。走はしるバスの窓まどから海うみがすぐ近ちかくに見みえた。道路どうろはやがて小ちいさな岬みさきの内側うちがわに入はいった。その岬みさきの突端とったんに向むかっているのだということが、矢野やのにもわかった。海岸かいがん前まえという名なのついた停留ていりゅう所しょで、ふたりはバスを降おりた。

道路どうろから海うみに向むけて少すこし下さがったところが、見晴みはらし台だいのような地形ちけいになっていた。そこに海うみの家いえという屋号やごうの店みせがあった。岬みさきは岩場いわばで海うみと接せっしているように見みえた。下したの海うみまで、かなりの高低こうてい差さがあった。

「階段かいだんがあるのよ」

見晴みはらし台だいの端はしへ三津子みつこは歩あるいた。鉄棒てつぼうによる手てすりのついた狭せまいコンクリートの階段かいだんが、何なん度ども折おれ曲まがりながら、下したの岩場いわばまで届とどいていた。

「降ふりましょう」

そう言いって三津子みつこは階段かいだんを降おりていった。矢野やのがそのあとに従したがった。

「こんないい天気てんきなのに、人ひとがひとりもいませんね」

「みんな忙いそがしいのよ」

笑わらいながら三津子みつこが言いった。

「冬ふゆの海うみが荒あれている寒さむい日ひなら、ここは陰気いんきな推理すいり小説しょうせつに描えがかれる、犯行はんこう現場げんばですよ」

「画家がかはそんなことを思おもうの?」

「すべては光ひかりですから」

「どんな光ひかりが当あたるかによって、おなじ景色けしきでもまるで違ちがったものになるのね」

「そうです」

そんな話はなしをしながらふたりは階段かいだんを下したまで降おりた。最後さいごの部分ぶぶんはなだらかな坂さかになっていて、黒くろい玉砂利たまじゃりの海岸かいがんのなかに浅あさい角度かくどでめり込こむように終おわっていた。模型もけいのような小ちいさな海岸かいがんだった。濡ぬれた黒くろい玉砂利たまじゃりの広ひろがりは、玉砂利たまじゃりのひとつひとつをよく吟味ぎんみして敷しきつめたような、人工じんこう的てきな雰囲気ふんいきを持もっていた。

「天然てんねんの海岸かいがんでしょうか」

矢野やのが訊きいた。

「こんなところに、わざわざ作つくらないでしょう。でも、奇妙きみょうな海岸かいがんね」

「スパイ小説しょうせつだと、ひとり乗のりの小型こがた秘密ひみつ潜水せんすい艇ていで、工作こうさく員いんが夜中よなかに密ひそかにここに上陸じょうりくするのです」

「そういう小説しょうせつが好すきなの?」

「しきりに読よんだ時期じきがあります」

持もっていた紙かみの手提てさげ袋ふくろから、なにかでふくらんでいる小こぶりな紙袋かみぶくろ、そしてクラッチ・バッグを、取とり出だした。そのふたつを矢野やのに持もたせ、三津子みつこは上体じょうたいをかがめてサンダルを脱ぬいだ。細ほそいヒールのある、夏なつの赤あかいサンダルだった。それを三津子みつこは手提てさげ袋ふくろの底そこに入いれ、その上うえに小ちいさな紙袋かみぶくろ、そしてクラッチ・バッグを収おさめた。そして手提てさげ袋ふくろを矢野やのに持もたせた。シャツのボタンを下したからはずしていき、三津子みつこはシャツを脱ぬいだ。水着みずぎ姿すがたの上うえ半身はんしんがあらわになった。

「気合きあいを入いれるために、水着みずぎは自宅じたくから身みにつけて来きたのよ」

シャツをたたんで手提てさげ袋ふくろに入いれた彼女かのじょは、スカートを脱ぬいだ。それも袋ふくろに入いれ、髪かみをうしろで束たばね、海うみの向むこうの岬みさきを示しめした。

「こことおなじような岬みさきが、向むこうにもあるのよ。ここからそこまで、私わたくしはこれからひとりで泳およぎます。一いち時間じかん三十さんじゅう分ふんかかるの」

三津子みつこの言葉ことばを受うけとめながら、真夏まなつの陽ひざしに輝かがやく三津子みつこの白しろい体からだを、矢野やのは見みた。肩幅かたはばや厚あつい胸板むないたは、コンパルサのカウンターでいつも想像そうぞうしていたとおりだった。矢野やのの想像そうぞうよりもはるかに、彼女かのじょの筋骨すじぼねは逞たくましく出来できていた。かつては踊おどり子こだった女性じょせいの脚あしは、やはりこのような素晴すばらしい出来できばえなのか、と矢野やのは思おもった。

「あなたはバスでさっきの駅えきまで引ひき返かえし、灯台とうだい前まえ行いきという別べつのバスに乗のって、向むこうの岬みさきの見晴みはらし台だい前まえという停留ていりゅう所しょで降おりて。ここにあるのとおなじような階段かいだんで岩場いわばまで降おりるとそこは防波ぼうは堤ていで、その突端とったんに階段かいだんがあって、下したの玉砂利たまじゃりの海岸かいがんへ降おりることが出来できるから。防波ぼうは堤ていで待まってて」

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