バーや飲み屋へいくこと、そしてそこで夜遅くまで酒を飲んだりすることに関して、矢野哲郎はもともとさほど熱心ではなかった。何軒ものいきつけの店をめぐっては酒を飲む、という種類の酒飲みでもなかった。コンパルサへは五度しかいってない。コンパルサの他に、彼の知っている酒の店はなかった。コンパルサが東の端にあったあの歓楽街がそもそも、彼が自ら足を向ける場所ではなかった。そしてコンパルサは手塚とつながっていた。手塚に誘われ、彼とともにいく店だった。
その手塚の体は回復した。しかし部署は編集とは関係のないところになった。手塚にしばらくは楽をさせるための、会社による配慮だということだった。銀座で偶然に会って以来、手塚とも疎遠になった。手塚に頼まれる仕事、そしてそれらを引き受ける自分の都合といった状況のぜんたいが、手塚に誘われて訪ねるコンパルサに重なっていた。そしてその状況を構成していたいくつかの要素が、ほぼ同時に消えた。
時代が変わった、という言いかたは大げさにすぎるが、時代の急激な変化、つまり次の段階への移行というものは、矢野の身の上にすら変化をもたらした。仕事の内容がそれまでとは微妙に異なっていく、というような変化だ。それにともなって、つきあう編集者たちの顔ぶれが変わり、彼らと打ち合わせをしたり、あるいは食事や酒となるとき、そのための場所は以前とは異なるところになっていった。
そして時間は経過していき、その経過は十年分へと積み重なった。コンパルサが消えてから数年後に、ある作家が雑誌に書いていたのを、矢野はいまでも記憶している。東京オリンピックの前と後、という時代や社会の区切りかたをめぐる文章だった。一九六四年を明確な一本の線のような境界として、そこでその前後にくっきりと日本社会が分かれるのではなく、前後少なくとも二、三年の幅で、つまりオリンピックを中心として五年ほどの時間のなかに、それ以前と以後を決定的に分けるさまざまな分岐点があるはずだ、という趣旨の文章だった。この文章はコンパルサや三津子にも触れていた。店が消えたあと三津子は鹿児島で母親とともに住み、学校の先生をしている、とそこには書いてあった。
あれから十年が経過した。十年という時間などなにほどのこともない、という態度はあり得るとしても、十年は確実に経過して去ったのであり、そのなかで消えたり変化したりしたものは多いはずだ。あの頃の自分は二十四歳で、いまは三十四歳だ。独身のまま、そして両親は健在で、彼らが住んでいる家の敷地のなかに作った別棟が、いまの矢野の住処だ。
この十年、イラストレーターの矢野哲郎は多忙だった。いまはさらに忙しい。いろんな注文に応じた。イラストレーション、そしてそれに添える場合とそうではない場合とを含めて、文章による仕事。それなりの存在になった。名前は知られている。しかし、なにかが違うかな、という思いは彼の感覚の片隅に確実にあった。なにが違うのかと自問すると、このままでは横這いが確定されていくだけ、というような自答をしなければならない。はまり込んでそこを自分の世界としている。はまり込んでいるなら、やがてそこに取り残されるのではないか。
そしてこのような思いはおおむね不愉快だ。楽しくない。嫌だ。したがって、思いはするけれど、深くは考えないようにして退けている。しかし、自分はこの問題を意識的に退けている、という認識は常にあるのだから、そのことがさらに不愉快であり、その不愉快さをどこかで否定したり無視したりしなければならない。自分のこういった状態を、人から端的に指摘されるのは、けっして楽しいことではない。しかし、指摘には感謝しなくてはいけないのではないか。たとえば、荻野景子による指摘には。
荻野景子は彼とおなじ年齢だ。スタジオ・ミュージシャンとして、ピアノを中心とする鍵盤楽器を演奏するのが仕事だが、彼女自身としては歌人であることが拠りどころになっている。ものごとのとらえかたや判断のしかたは、きわめて鋭く正しい。そしてそれを言いあらわす言葉は彼女独特のものだが、鋭く正しい判断にいたる論理の筋道は、共有することが出来る。
絵を描く人である彼の鑑賞眼に堪える景子の美貌は、ひどくきつい性格の冷たい人にしか見えない、という方向で端正にまとまりすぎている。容姿は誰の目にも端麗そのものだ。しかしその端麗さは人の視線を撥ねつける性質を常に帯び、寄らば斬るぞ、というような雰囲気がかならず漂う。髪のつくりや化粧、そして服の好みなどを総合して彼女の容貌や容姿に重ねると、ほとんどの場合、彼女は銀座の店のホステスに見える。なにかのパーティに出席すると必ずコンパニオンに見られる。夜の八時頃に銀座を歩くと、黒いスーツに身をかためた男たちから、お早うございます、と挨拶される。十一時前後には、お疲れさまです、という挨拶に変わる。こうした外見が彼女の性格とどのように重なるのか、あるいははずれているのか、つきあって三年になるいまでも、矢野にはよくわからない。かたや男、かたや女としての相性はたいへんいい、と景子は言っている。
いまの自分のありかたに関して、どこかでなにかが違い始めているという淡い認識は、景子の鋭さが以前にくらべるとより深く突き刺さる自分を作り出している、と矢野は思ったりする。そのような思いの延長として、自分を景子に診断させるようなきっかけを、矢野は少しだけ作ってみた。
「あなたは才能のある人なのよ。注文に応じてその才能を切り分け、いろんな人を喜ばせるのね。しかも絵だから、なんでも描くことが出来て。絵はひとまずかたちでしょう。かたちのあるものを絵にするわけだから、いつでも、いくらでも、なんでも描けるのね。まったくの想像で描くとしても、最後はかたちのあるものとして、絵になるのよ。そうではないと絵は出来ないわね」
「僕がいまの自分に関して、うっすらと感じている不満は、そこにあるのか」
「そことは、どこのことなの?」
「かたちのないものは描いて来なかった、というような空白」